働きやすいプロジェクト環境のために
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〜働きやすい環境を実現するためにPSができること〜

松ぼっくり(ペンネーム):11月号

 本コラムはPS研究会のメンバーを中心に執筆しています。今回は、最近のPS研究の事例を紹介しつつ、あらためてプロジェクトの中心に「人」がいることを考えてみたいと思います。

  ESとPS

 ES(Employee Satisfaction:従業員満足)という言葉は21世紀になってさらに多くの企業が着目しています。社員の満足なくして企業は成り立たない、ましてやお客様満足など望むべくもないという考え方が主流になっています。一方で、PS(business Partner Satisfaction:パートナー満足)はいかがでしょうか。このコラムを読んでくださっている方にはおなじみかもしれませんが、PSはまだまだ十分世の中に認知されていない気がします。
 プロジェクト作業は複数の会社のメンバーが集まって作業をすることが多いため、自社だけに閉じたESではなく、PSというより大きな概念を持って対応する必要があります。特にITプロジェクトに従事する人口は50万とも60万人とも言われており、この業界の労働環境の問題が徐々に明るみになっています。これだけ多くの人達が、自分達のSatisfactionをかえりみられずにいること自体が大きな問題だと思います。

 そもそもPSとは

 日本語の語感として「パートナー満足度」と聞くと、発注先あるいは下請け会社の満足度のように思われる方もいるでしょうが、PSはESのスコープを拡大したものとしてとらえてください。つまり、所属会社の異なるひとりひとりの作業者が感じる満足度のようなものということになります。
 Satisfactionとついていますが、満足度という言葉ひとつで規定できるものではありません。私たちPS研究会では、この“満足度のようなもの”を「職場満足」「職務意欲」「ストレス」の3つの要素から成り立つ「個人の肉体的・精神的な状態」と考えています。かつてはPSを「そのプロジェクトに従事し続けたいという気持ち」と考えたこともありますし、「意欲が高まっていくような、心の問題」ととらえていたこともあります。研究が進み、現在は上記の3つの要素でPSを考えています。
 これら3つの要素のうち、職場満足は「その職場に従事していたい」という欲求であり、環境面や職場全体から感じられることです。2番目の職務意欲は、自分に与えられた仕事の内容についてどのくらい「やる気になっているか」また、自分に向いている仕事だと感じているかという感情です。最後にあるストレスは、日常用語にもなっていますが、肉体的および精神的な疲労感をさします。力が余って頑張ろうとしすぎているような場合も、ストレスが高いと考えます。

 PSを測りました

 先日、筆者はあるプロジェクトでPSの測定をしました。(財)日本科学技術連盟の協力を得て「PS測定票(第5版)」を用い、約300名へのアンケート調査によって測定しました。  この結果、各グループに特徴的な状況が現れていました。
 そこには、特定グループの忙しさや、リーダーとメンバーの関係がよろしくないことなどが、見事にグラフ化されていたのです。その他、現場のメンバーがあまり感じていなかった問題点さえも、調査から浮き彫りになるような例もありました。

覇気減退×グループ

 ひとつ、例を示します(図)。このグラフは、作業グループごとの「覇気減退(はきげんたい)」つまりやる気が落ちている状態を示しています。ひとつの作業グループに、赤と緑の2本の棒グラフがあります。赤はそのグループのリーダーの分布を示し、緑がメンバーの様子を示しています。1本の棒グラフの箱部分に全体の50%が入り、残りの50%がヒゲの部分に入るように調整しています。
 左の2本のグラフを見てください。リーダーは覇気減退していませんが、メンバーは減退気味で、かつバラツキが大きいことを示しています。一見、「やる気まんまんのリーダーに、やる気がばらばらのメンバーがついていく様子」で、それは特に問題なしと見えます。しかし実は、このグループは5年以上も一緒に作業しているのです。長い期間、リーダーだけがやる気まんまんで、メンバーはついていっておらず、空回りしている可能性があるのです。
 一方、他のグループでは比較的、リーダー(赤グラフ)のほうが覇気減退の傾向が強いように見えます。その差は何でしょうか。こういうことを考え出すと、実際にプロジェクトに従事している複数の人に聞かないと実情が判らないのです。現場の声と統計処理の結果をつき合わせてはじめて、「因果関係らしきもの」の輪郭が浮かんできます。
 今回の調査を通して、プロジェクトの色々な状況が見えた反面、統計的には有意とされた分析結果であっても、実態にフィットする解釈が難しいことが分かりました。プロジェクトの事情を知らない人が見た場合、誤った理解をしてしまう危険性があることにも気づきました。結果グラフの読み取りかたについては、これからもPS研究会で討議を続けていく予定です。

 PSの可能性

 近年、様々な会社に所属する人がそれぞれの事情を抱えながら作業を進めるという、プロジェクト型での作業スタイルが増えてきています。しかも、IT業界は、同じことを延々と繰り返すような仕事は少なく、いつも新しくより創造的な仕事が多いことが特徴です。このような環境下では、綿密な工数計画と作業計画を持って進めるだけでは、何かが足りない。その結果、説明のつかない失敗をしてしまうことが多いようです。
 筆者は、その「何か足りないもの」を追い求めています。今のところ、プロジェクトに従事する作業者ひとりひとりが「目的」を共有し「自分の役割」を意識すること、初めて遭遇する困難に「自分なりの工夫」をして乗り越えていくためには、「仲間」や「責任感」や「希望」や「喜び」など、様々な要素が必要なのだと考えています。
 そして、科学的および非科学的な要素からPSをとらえ、ビジネスパーソンの行動の根本的な原理を明らかにしていくことや、PSを測定し改善していくこと自体が、働きやすい職場環境、ひいてはプロジェクトの成功に通じるのではないかと思っています。


 編集者コーナー
 このコーナーの編集担当二人が語ります。
花水木(はなみずき、以下「は」)「おおお、なるほどねー。今回の松ぼっくりさんの原稿読み応えあるわー。これで思い出したんだけど、PSに出会ってから、もう6年以上経つんだね。」
木犀草(もくせいそう、以下「も」)「出合って6年かぁ。6年の間にいろんなことがあったね。」
は:「PSのとらえ方も広がってきたしね。」
も:「最初は、モチドラ(モチベーションドライバ)も7つだったけど、9つになったしね。」
は:「そうそう、それを整理する上位概念ができたりね。」
も:「アンケートでチームごとの差が見えるようになってきたり。」
は:「世間でも、仕事をするときに“人”を大事にしようという動きが増えてきたよね。」
も:「そうだよねー。やる気を出すかどうかでプロジェクトの成功って変わるんだよっていろんな人が言うようになったもんね。」
は:「やっと世間がおいついてきた!笑」
も:「ほんと、私たちって時代の最先端?かっこよすぎー。笑」
は:「あはは、このコラムの読者も増えてきたのも嬉しい変化だしね。」
も:「そうそう!ってことで、私たちのモチベーションアップのために秋の味覚を堪能しに行こうよ!」
は:「PSの発展とどう関係あるか分かんないけど(笑)・・・行こっか!」
も:「わーい。じゃ、松ぼっくりさんの奢りで!笑」
は:「ん?なんで?ま、いいか、誘ってみよう!笑」


 筆者:松ぼっくり(まつぼっくり:ペンネーム)
PS研究会メンバーでフィールドスタディチームであるMM4の主査。本業は大手ベンダーでシステム開発のPMとラインの責任者を兼ねている。個人的には毎週のように関東、関西、九州を移動しており、効率の悪い作業スタイルを確立させてしまった点を反省しつつ、地域性の違いを楽しんでいる。松ぼっくりの花言葉は「どんびき」。時々周囲の人がびっくりするような失礼な言動を吐く。
 編集チーム:花水木(はなみずき:ペンネーム)
PS研究会メンバーで本業はIT企業の技術職。現在は、教育企画部門に所属し、現場に役立つ研修を試行錯誤している。長年プロジェクトという閉ざされた空間で、いかに個人が幸せに過ごすかを追求中。花水木の花言葉は「私の思いを受けてください」と「華やかな恋」。当コラムの編集長。
 編集チーム:木犀草(もくせいそう:ペンネーム)
関西弁バリバリのPS研究会メンバー。キャリア形成をメインテーマに研究活動中。業務では人材育成企画と並行してPMOを担当。木犀草の花言葉は「陽気、快活」。プロジェクトをサポートする木犀草になりたいな。当コラムの副編集長。
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Partner Satisfaction PS研究会について:PS研究会は、財団法人日本科学技術連盟のソフトウェア生産管理(SPC:Software Production Control)研究会のひとつで、2002年から動機付け(モティベーション)に関する研究を続けています。2003年から、PMAJ(旧:JPMF)のIT-SIGのひとつ「パートナー満足と人材活用(PS&HM)ワーキンググループ」としても活動しています。詳しい紹介はこの連載の第1回目をご覧ください。
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