働きやすいプロジェクト環境のために
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〜働きやすいプロジェクト環境のためのDon't〜

花水木(ペンネーム):9月号

 このコラムは2006年9月号から開始しちょうど丸2年、今回が25回目の連載である。これまで、「働きやすいプロジェクト環境のために」というテーマでPS研究会のメンバーに執筆してもらい、毎回いろいろなヒントや具体的なアクション(Doに複数のsをつけたDos)を記載してきた。今回は視点を変えて、働きやすいプロジェクト環境にするためにやってはいけないこと(Don'ts)に焦点を当ててみたいと思う。

  モティベーションに興味なし

 筆者は、このオンラインジャーナルという場をお借りして情報発信することは、日本全国に向かって拡声器で叫ぶことと同じであると思っている。各地からのメンバーから送られてくる原稿を読んでいると、日本全国津々浦々にPSの思想が浸透し、各地で「働きやすいプロジェクト環境」が作られているように感じる。しかし、現実はそうではない。最近関わったある組織では、目を覆いたくなるようなことが実際に行われている。
 その組織は、近年大幅な人員増を計画し、現在も積極的に中途採用を続けている。人員構成的には、古株メンバーと、最近入社した中途メンバーという二極化構造が見られる。それぞれのメンバーは、新製品を扱い、お客様との接点が多い組織であることから、きわめて多忙である。また、徹底した成果主義であることも理由なのか、全体に、殺伐とした雰囲気をかもし出している。
 この組織で、中途入社組の現状を調査する機会があった。調査の結果、「メールや会議が多い」「略語(隠語)が多い」「ケアされずに自分が放置されている気がする」・・・などの不満があったが、これは筆者の想定内であった。次いで、「揚げ足をとるヒトが多い」「メールの表現がきつい」「あまりに細かい指摘にやる気をなくす」・・・なども多く聞かれた。これにはビックリであった。いまだにこういう環境が存在するのだ。
 一方で、マネジャー(おおむね古株)の意見も調査した。返ってきた回答は、「メールや会議が多いのはこの会社のカルチャー」「略語を使うほうが短くてかっこいい」「やることをやってくれれば何をしてもよい」「スキルが低い人が入社してきて困る」などが寄せられた。まぁ、これらは想定範囲。しかし、「モティベーションが低かろうと、やることをやってくれればそれでよい」「メンバー個人がどういう気分で仕事していようがかまわない」には驚いた。

 モティベーションの高低で生産性に10倍以上の違い

 驚きの結果を前に、筆者自身、「何のために働きやすいプロジェクト環境」を提唱しているのか、改めて考えてみた。過去のPS研究の資料を紐解いてみると、「モティベーションの高低で生産性に10倍以上の違い」という記述がある。そうそう、これだ。
 知的労働の場面では、たとえば、ある人が10分で作った資料と100分かけて作った資料とで、その内容や品質に10倍の差は出ない。むしろ短時間で作ったもののほうが、要点が整理されていて優れていると評価されることも、現実には多い。ならば、いかに短い時間でよいものを作り出すか。これが生産性であり、知的労働者の課題である。そして、生産性向上の大きな要因のひとつがモティベーションである。短時間に集中して、よいものを作ろうと思えるかどうかはモティベーションが大きく関わっているのである。
 これから集中してさぁ取り掛かろうときに、ささいなことで嫌な気分になるとその仕事に手を付けられなくなる。そこで、気分を直すために休憩したり、タバコを吸いにいったり、何かを食べたり、といったリカバリの時間が必要になるのである。IT業界にはこの時間すらとらない人も多いようだが、その怒りは水面下に蓄積され潜在的にモティベーションに悪影響を与える。モティベーションが下がると、それに関わる作業は後回しにしたくなる。結果、他の単純作業に没頭したり、重要でない案件から片付けたりする。これではトータル時間で見たときの作業効率が極端に悪くなる。先のマネジャーは、このことを、知っているのだろうか。自分はそういう嫌な気分になったことはないのだろうか。

 Don'ts

 嫌な気分にさせないための項目はかなり簡単な話だ。簡単だが言われないと気づかないことでもある。ここでいくつか思いつくままに挙げてみる。
●人の揚げ足をとるのをやめる
 「天気がいいですね」「そうですね」という会話すら成り立たない人がいる。いつでも「レビューモード」でいて相手の隙を指摘しようとするからである。「その根拠は何か」「こんなに雲がたくさんあるのに天気がいいとは何事か」などという切り替えしを好む人は、きわめて少ないのである。
●メールでの詰問調をやめる
 ビジネスメールの文章はきつくなる、と心得ること。「なぜ何々したのですか。」は責められている印象を受ける。書き直すなら「何々なさった理由を教えてください。」くらいだろう。その他、何かを依頼する際も「何々してください」ではなく「何々していただけると(私は)幸いです。」に一段下がったほうがよい。「お手数ですが」「お忙しいところ恐縮ですが」といったクッション言葉を使うのもよい。
●相手のことをよく知らずに、初歩から勉強しろといわない
 特に中途採用で入社してくる社員は、直前のキャリアにフォーカスされて、それをベースに現在のスキル等を推測されることが多い。しかし直前のキャリアだけではなく、それ以前の業務に、その領域を担当・勉強していたことがあるかもしれない。そういう人に初学者用の入門書(たとえば「サルでもわかる・・・」)などを渡して初歩から勉強しろというと、モティベーションががっくり下がって嫌な気分になる。その人が社会人になってからの歴史と仕事内容をしっかりヒアリングすべきであり、そうしないとその人の全体像をつかむことは難しい。
●相手の人格、生育環境、性格などを指摘するのをやめる
 これについては、連載の第5回目「うまくほめて正しく叱る」を参照いただきたい。いまだに第一層や第二層への攻撃が行われていることにがっくりくる。
 要するに、相手をちゃんとヒトとしてみているか、自分の都合だけでコミュニケーションしているのではないか、ということに気づくかどうか、ということだ。

 まだそちらに居ますか/ようこそこちらの世界へ

 上記のDon'tsが平気で行われていることを「いまだに」という表現した。なぜなら、すでにPSの活動を社員に少しずつ浸透させ、じわじわと働きやすいプロジェクト環境を作って生産性を上げている企業が、いくつか存在するからである。まだ気持ちよく仕事することを経験していないの?こちらの世界を知らないのね、という思いである。
 筆者もPS研究会のメンバーと居ると、お互いを尊重しあい、時に盛大にほめあう。何を言っても嫌な気分になる言葉は返ってこないから、精神的な鎧をはずすことができて、その分、他のことにエネルギーを使うことができる。きっと生産性もあがっているはずだ。
 一昔前まで、「環境に優しい」という評価軸は、企業の辞書になかった。今では環境がその企業としての価値を決める指標のひとつになっている。同じように「ヒトに優しい」という評価軸がフォーカスされ、穏やかな気持ちで仕事ができる企業が高く評価されるようになることを願っている。


 編集者コーナー
 このコーナーの編集担当二人が語ります。
木犀草(もくせいそう、以下「も」)「ちょっとこのメール見てよ〜」
花水木(はなみずき、以下「は」)「何なに?“先日の件、9時に電話ください”って誰から?」
も:「営業さんなんだけど、先日の件っていってもどの話か分からないし、朝の9時に電話したらいいのか21時に電話したらいいのか、わかんないんだよねー」
は:「典型的な自分中心メールだね。」
も:「でね、今朝の9時に電話したわけよ、いちおう。そしたら“9時ジャストに電話したら朝礼中だから出られないって分かるでしょ?気が利かないなぁ”ってキレられたんだよー。ありえなくない?こっちも朝から気分が悪くなるっちゅうねん。」
は:「あり得ない〜。そりゃ、朝から災難だったね。」
も:「ほんと、人災だよ。清々しい朝の気分を返して〜って感じ。」
は:「だから席にいなかったんだ。」
も:「そ。不要書類のシュレッダーしたり、コーヒー飲んだりして気分を紛らわしてたよ。午前中は企画書仕上げたかったのになぁ。」
は:「最初のメールでちょっと気配りがあれば、こんなことにならなかったのにね。」
も:「ほんとにね、相手あってこその仕事だもんね。あたしも気づかずにやってるかもしれないから、自戒のために、もう一回、オンラインジャーナルのバックナンバー読んでみようっと!」
は:「それは嬉しいけど、気分転換しすぎじゃないの!?笑」
も:「でへっ、ばれたかっ。午後からは集中して仕事しまーす。」


 執筆・編集チーム:花水木(はなみずき:ペンネーム)
PS研究会メンバーで本業はIT企業の技術職。現在は、教育企画部門に所属し、現場に役立つ研修を試行錯誤している。長年プロジェクトという閉ざされた空間で、いかに個人が幸せに過ごすかを追求中。花水木の花言葉は「私の思いを受けてください」と「華やかな恋」。当コラムの編集長。
 編集チーム:木犀草(もくせいそう:ペンネーム)
関西弁バリバリのPS研究会メンバー。キャリア形成をメインテーマに研究活動中。木犀草の花言葉は「陽気、快活」。プロジェクトをサポートする木犀草になりたいな。当コラムの副編集長。
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Partner Satisfaction PS研究会について:PS研究会は、財団法人日本科学技術連盟のソフトウェア生産管理(SPC:Software Production Control)研究会のひとつで、2002年から動機付け(モティベーション)に関する研究を続けています。2003年から、PMAJ(旧:JPMF)のIT-SIGのひとつ「パートナー満足と人材活用(PS&HM)ワーキンググループ」としても活動しています。詳しい紹介はこの連載の第1回目をご覧ください。
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