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〜うまくほめて正しく叱る〜

花水木(はなみずき):1月号

 連載第1回目 〜このコーナーのご紹介〜でお知らせのとおり、私たちが参画するPS研究会では、プロジェクトチームとしての満足とプロジェクトの成功を研究しています。今回は、これまでの研究のメインテーマともいえる「モティベーションの向上策」について、これまでの活動から生まれた話をお届けします。一般に、モティベーションの向上に効き目がある要素として、評価や自己実現など、いくつかがよく知られています。私たちは、お互いの存在やその人自身を認め、「メンバーを承認」することに着目し、「ほめる」という作業を通してモティベーションがどう変わるかを研究しました。

 どちらが言われて嬉しいですか?

 ここで、読者の皆様に質問です。

A.「そのネクタイ、いい柄ですね。」
B.「そのネクタイ、センスいいですね。」

 さて、AとBとではどちらが、ほめられた感じがするでしょうか?または、どちらの言い方をされたら嬉しい(または照れくさい)でしょうか?・・・言われたことないから、わからないですって?それでは、次はどうですか?

A.「この前のプレゼンテーション、よかったよ。」
B.「あんな立派なプレゼンテーションができるようになって、よかったな。」

 賢明な読者はもうおわかりのことでしょう。二つの例ともAは、相手に属する“モノ”を対象にしているのに対し、Bはそのモノを保持している“あなた自身”を対象にしてほめているのです。
 最初の例では、Aはネクタイの柄を、Bはそのネクタイを選んだいいセンス(を持つあなた)をほめています。つまり、よりその人自身に近いほうをほめています。そしてBのほうが嬉しくほめられ感があるのです。くすぐったい、照れくさいなどの感じも、ほめ効果のうちです。
 後者の例をみてみましょう。Aは“プレゼンテーションそのもの”がよかったとほめています。ほめる対象には“内容”に加え“あなた自身”が含まれるかもしれません。Bはそのような“あなた自身の成長”を、ほめています。成長をほめるには、過去からの継続した観察や比較のベースがあることが必要なので、高等テクニックといえるでしょう。こちらもBのほうが、より、心の奥まで届くのではないでしょうか。
 ほんのわずかの言葉の違いしかないのですが、もしかしたら、効果的なほめ方のパターンがあるのではと考えました。

 これが噂のMEHモデル(メーモデル)

 結果、図1にあるようなモデルができました。ヒトは仕事をやり遂げるためにいくつかのリソースを持っています。このモデルでは,それらのリソースをより自分に近いほうから@生まれつきの素質的なもの(1層)A蓄積される知識,スキル,経験,価値観,ものの考え方等(2層)B外に現れる仕事の成果物,行動,発言等(3層)の3つに層別しました。
ほめるとき叱るときのDoとDon't:MEHモデル  先の例でみたように、一番簡単なほめ方は、3層の行動や成果そのもの(ネクタイ、プレゼンテーション)をまずは話題にとりあげて、それを「よい」と言うことでしょう。それだけでも、「承認された」気持ちが高まり、モティベーションの向上に作用します。さらに効果的なのは、2層、1層に届くようにほめることです。内側に迫れば迫るほど、自分自身の内側(存在そのもの)を認められたと感じるからです。
 また別な例「ドキュメントの品質をほめる」で考えてみましょう。「あのドキュメントは良くできていたね(3層)」→「あなたはドキュメントを上手に作るスキルある(2層)」→「それをできるあなたは偉い、よい素質がある(1層)」のように、ドキュメントそのものから2層、1層にいたるようにほめると、ほめられた感じが高く、嬉しいものなのです。仕事へのモティベーションが、少しあがっているかもしれません。
 このようにほめるのは、特別な才能やクチ下手などは関係ありません。「慣れ」だけです。私たちは、多くの人がトレーニング次第で短時間に上達していくのを目のあたりにしています。まずはご家族や親しい友達に、こっそり試してみませんか?何のモティベーションがあがるのか、どういうことが起こるのか、とても面白いですよ。現在このモデルは、メーモデルという名前がついていて、少し進化しています。

 正しい叱り方

 ちょっとしたミスをとがめられただけなのに、ひどく傷ついた気がしたことはありませんか。そうなると、ちょっと気分転換が必要で、モティベーションは急速に低下することでしょう。今度は、正しい叱りかたを考えてみましょう。
 これはほめる時とまったく反対で、成果物や行動、すなわち「3層についてのみ、言及する」ことです。たとえば、あるメンバーの発言のせいでお客様を怒らせてしまったと仮定します。3層のみを叱ってみましょう。うまくできますか?
 正しい叱り方は、「あのような発言は良くないよ」というように「発言そのもの」にフォーカスして叱ることです。叱る時は、1層や2層に届かないようにする配慮が必要です。このとき、「あんな発言をするなんてけしからん(2層のものの考え方を叱っている)「だから君はダメなのだ(1層の人格を否定している)」といった叱り方は、絶対にしてはいけません。このような発言は、存在を否定されたように感じさせ、メンバーの心を傷つけるのです。心が傷ついた状態では、いい仕事は難しいですよね。プロジェクトで必要なのは、3層のアウトプットなのですから、仮に欠点があっても1・2層を攻める必要はないと思いませんか。

 ちょっとした武器を手に

 今回は、研究会の成果から、モティベーションに関わる要素のひとつの「承認」ということから、具体的な「うまいほめ方」と「正しい叱り方」をご紹介しました。くれぐれもこれは正しく使ってください。決して逆に使ってはいけません。武器は凶器になります。また、もしあなたが叱られて不快になった時、なぜなのかを考えるためにも使ってみてください。慣れてくると、「あ、今この層に来た」ということが感じられるようになり、事前にガードすることができるかもしれません。
 私たちのPS研究会でも、最初に顔をあわせたら、まずは服でもネクタイでも(なんでもいいから?)ほめるように、暗黙のルールができています。そのようにして、まずは関係の第一歩を作るのです。ただし、雰囲気が和む代わりに、なかなか本題に入れないことがあります(笑)。

 編集者コーナー
 このコーナーの編集担当二人が語ります。
はなみずき(以下「は」)「今回のテーマは、“解説”ってことしか決まってなかったね。」
もくせいそう(以下「も」)「みずきちゃんの解説って分かりやすくていい!それにしても、このMEHモデルって、めちゃめちゃ役に立ってるで。議論が白熱した時でも、3層を意識して議論したら、たとえ決裂しても人間関係そのものに響くことが少ないねん。」
は:「なるほどね、そういう使い方もあるよね。それにしても、もくちゃんって、何を聞いても“役に立つなぁ”って受け入れるよね。その姿勢いいねぇ!」
も:「おっ。今の言葉、ずきゅーんと1層に来たよ!」
は:「それそれ。そうやって受け止めたことを表現するしさ。」
も:「このぉ、ほめ上手!(照)」
は:「練習の成果よ(笑)。話し変わるけど、そういえば、この号は1月発行ね。」
も:「お。そうやね!新年の挨拶かな?」
は&も:「2007年もどうぞよろしくお願いします。」


 著者、編集チーム:花水木(はなみずき:ペンネーム)
IT企業の技術職で、現在もソフトウェア開発のプロジェクトチームに参加しつつ、プロジェクトという閉ざされた空間で、いかに個人が幸せに過ごすかを追求中。当コラムの編集チームの編集長。
 編集チーム:木犀草(もくせいそう:ペンネーム)
関西弁バリバリのPS研究会メンバー。キャリア形成をメインテーマに研究活動中。木犀草の花言葉は「陽気、快活」。プロジェクトをサポートする木犀草になりたいな。当コラムの編集メンバー。
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Partner Satisfaction PS研究会について:PS研究会は、財団法人日本科学技術連盟のソフトウェア生産管理(SPC:Software Production Control)研究会のひとつで、2002年から動機付け(モティベーション)に関する研究を続けています。2003年から、PMAJ(旧:JPMF)のIT-SIGのひとつ「パートナー満足と人材活用(PS&HM)ワーキンググループ」としても活動しています。詳しい紹介はこの連載の第1回目をご覧ください。
 バックナンバー
第1回目 〜このコーナーのご紹介〜
第2回目 〜ソフトウェア技術者が働きやすい作業場所とは?〜
第3回目 〜プロジェクトチームにおける新人の居場所〜
第4回目 〜挨拶は“安全な仲間”のシルシ〜
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