図書紹介
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棺桶まで歩こう
(萬田 緑平著、(株)幻冬舎新書、2026年1月25日発行、6刷、222ページ、940円+税)

デニマルさん : 6月号

今回紹介する本は、昨年末から書籍売上ランキング(新書部門)で上位を占めるベストセラーとなっている。その人気の背景にタイトルの奇抜な表現だけでなく「歩けなくなるまでは、死なない」というテーマが、「死とは何か」という哲学的な問題を分かり易く書いてあるからでしょうか。筆者は日本の高齢化問題に関する本を何回となくここで紹介してきた。過去の資料を調べると『おひとりさまの老後』(上野千鶴子著)を2008年3月号で取り上げ、『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(中村仁一著)を2012年6月号で、『70歳が老化の分かれ道』(和田秀樹著)を2022年2月号で紹介している。高齢化に関するものは一部で、20数年間の月次連載で40冊近くもある。思い起こせば毎年何らかの高齢者の健康・医療問題や老後の生き方等々を追い求めてきた様に感じる。過去の多くの本は、「病気にならないために」「長生きするために」「病気の早期発見、早期治療」等で“延命”主体の世界的な長寿国を探ってきた。しかし、一度ガン等の重度の病気診断(ステージⅣの診断)となって病院に入院すると手術以外に放射線や抗がん剤治療で腫瘍を叩く苦しい治療を受けねばならない。加えて口から食事が出来なければ腹部に穴を空けて直接食物を入れる胃瘻(いろう)での栄養補給や、呼吸障害での人工呼吸等の延命策が各種手厚く施されている。人命尊重の病院としては当然の対処策であるが、患者や家族にとっては苦しい治療策である。その結果で長寿が保たれているのは、喜ばしいことなのであろうかと問題提起したのが本書である。だから「死ぬまで元気で歩いて、棺桶まで歩こう」と訴えている。その為に著者は「人は病気ではなく、老化して死ぬ」のだから老化する過程でやるべきは「歩く事である」と断言する。「歩ける人は死なない」ので“棺桶まで歩こう”と檄を飛ばしている。著者は医師としての長年の経験から多くの実例を交えて本書を纏めている。それでは著者をご紹介しましょう。本名は萬田緑平、1964年生まれ。群馬大学医学部卒業後、群馬大学医学部附属病院第一外科に17年間勤務。手術、抗がん剤治療、胃瘻での対処等を行う中で、医療のあり方に疑問を持つ。2008年から9年間にわたり緩和ケア診療所に勤務し、在宅緩和ケア医として4歳から102歳まで2000人以上の看取りに関わる。その経験から「人はみな平等に“死”を迎える、最期の瞬間をどう迎えるかは人それぞれ。病院や介護施設で終末ケアを受けて天寿をまっとうする人が多い昨今、終末期に自宅で過ごしたい患者をサポートする在宅緩和ケアもある。「人生の最終章には、『家で死ぬ』という選択もある」を実践。現在は、自ら開設した「緩和ケア 萬田診療所」の院長を務めながら、「最期まで目一杯生きる」と題した講演活動を全国で年間50回以上実施。著書に『穏やかな死に医療はいらない』(河出書房新社)、『家で死のう! 緩和ケア医による「死に方」の教科書』(三五館シンシャ)等がある。

棺桶まで歩こう(その1)          長寿=延命治療の疑問
日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性87.13歳(2025年7月、厚労省発表)で、世界ランキングでは女性が第1位で男性は第7位である。世界の長寿国として知られているが、健康寿命では男性72.68歳、女性75.38歳となる。健康寿命については「制限なく日常生活が出来る期間」と定義している。と言うことは平均寿命と健康寿命の差の期間は「健康上の問題で日常的に介護など何らかの支援を必要とする」と厚労省は定義している。その期間は、「自分の力で歩けず、食事や入浴に介助が必要な期間」が、男性で約8年、女性で約12年も続くということだ。そこで著者の在宅緩和ケア医としての経験から、亡くなる直前まで自分の足で歩き、好きなものを食べ、家族と笑って過ごすことが必要であるとして、「棺桶まで歩く」本書を纏めたと書いている。だから高齢者は、病気になる前から自分の身体を動かして「歩くこと」を持続して健康維持に努める。そしてもし病気になって病院のお世話になったら、各種の延命治療(点滴での栄養投与や食べ物等を胃瘻補給したり、機械で呼吸させたり、心臓を動かす処置等々)を希望しないで自然に従った選択もある。それら治療の選択は、医師の判断だけなく患者や家族の考えも尊重されるべきであると著者は書いている。

棺桶まで歩こう(その2)          歩行能力が生存の条件
先に著者の自己紹介にある通り緩和ケア医師として多くの患者を診て来た。その結論は「歩ける身体は最高で最大の資産である」ということだ。そして「歩行能力が患者の生存に大きく関係している点」に注目した。即ち「患者が自力で歩くスピードと歩幅を見るだけで生存の余命を正確に予測出来る」と確信したと書いている。具体的には、「スタスタと歩ける人」⇒『おおむね10年以上の余命がある。「椅子から自分の腕の力を使わずに立ち上がれる人」⇒『余命1年以上』。「自力で立ち上がれない人」⇒『余命半年以内』。「ちょこちょことしか歩けない人」⇒『余命数か月』。「全く自力で起きて歩けない人」⇒『余命1ヵ月以内』と纏めている。全てがこの範疇に入るとは限らないが、我々の歩行能力が生存条件の目安になる事は一般的に理解できる。故に自力で歩ける人は死なないから「棺桶まで歩こう」と言える。

棺桶まで歩こう(その3)          「心の元気」が歩行能力を高める
著者は、「人は病気ではなく、老化して死ぬ」と書いている。その病気を治し治療するのが医師であるが、老化を治すことは出来ない。「不老不死」は止める事が出来ない。先に触れたように「肉体的老化による衰えは避けられない」が、歩行や運動等である程度「肉体的衰えを補完し、観察することが可能である」とも書いている。この歩行能力を支える精神的気力(元気)も大切な要素であるという。医師の経験や想像を超える精神的元気で、天寿を全うした事例を沢山診てきたことも書かれてある。著者の診断方針には“身体の元気よりも心の元気”がある。巻末にリビングウイル(生前の意志)を大切に尊重すると書かれてある。最後まで自分の意志で行動出来る。そこで著者は、人生の最期まで目一杯生きるから棺桶まで歩いて、“皆さんありがとう”と言える人生はカッコいいと思いませんかと結んでいる。

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