図書紹介
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時の家
(鳥山 まこと著、(株)講談社、2025年12月25日発行、2刷、139ページ、1,900円+税)

デニマルさん : 5月号

今回紹介する本は、第174回(2026年上半期)芥川賞の受賞作品であり、本作品と『叫び』(畠山丑雄著、新潮社)も同時に受賞している。因みに、直木賞は、『カフェーの帰り道』(嶋津輝著、東京創元社)であった。この“話題の本”では、芥川・直木賞と本屋大賞については毎年取り上げさせて貰っているが、筆者の個人的な好みもあり直木賞と本屋大賞が多く、芥川賞は20年間で5冊程度である。それに比べて直木賞は9冊で、本屋大賞は14冊もあり、毎年どちらかの本を紹介している。そこで今回は、久し振りに芥川賞受賞に関する諸々のニュースを追ってみました。2026年1月、芥川賞選考委員会は、候補5作品から上記2作品を選んだ結果を公表した。選考委員を代表して平野啓一郎氏の講評では、「受賞作は決まったが、かなりの僅差で難しい選考だった」と総括して、それぞれの選考ポイントを語っている。「鳥山さんの『時の家』では、スピードが求められる世の中で、一つの家を舞台に、そこに住んできた人々の営みをディテールにこだわって描写し尽くすことを、非常に強い意志でやり抜いた点が評価された」と細やかな描写に注目している。一方の平野さんの『叫び』については「諧謔(かいぎゃく)味のある文体で物語の推進力がある。非常に低俗な話から、郷土史にアクセスしつつ、戦中の満州にまで話を展開していくスケールの大きさもある。一種のナンセンスを極めたところに魅力を感じた」と物語の推進力が評価された。この評価ポイントから、筆者は『時の家』を選択して、ここで取り上げることに決めました。理由は芥川賞の選考基準や直木賞との相違点等々を考慮した経緯がありますが、詳しくは後述します。さて『時の家』の著者の鳥山氏は、受賞後の贈呈式で喜びを語っている。「私は、建築士でもある。受賞作が生まれたきっかけは、妻と設計した自宅の施工中に、窓の横に職人らによる走り書きのスケッチを見つけたことだった。自分の家がたくさんの人の経験、苦労や検討が積み上がってできること、同時にこうした痕跡のようなものは仕上がってしまえば何も残らないということに気づき、何とかして残さなければいけないと考えた。 一方で、建築は家に限らず、設計にも様々な専門分野があることにも気付いた。まだまだ書くべきものがあり、それを書く事が今の自分をわくわくさせている」と作品を総括している。
著者の経歴をご紹介しましょう。1992年兵庫県宝塚市の生まれで明石市在住。京都府立大学環境デザイン学科卒業。一級建築士の建築家で作家として執筆活動。2023年小説『あるもの』で、第29回三田文學新人賞を高い評価を得て受賞し、小説家としてデビュー。2025年『時の家』で第174回芥川龍之介賞と第47回野間文芸新人賞も同時に受賞している。その他に『辿る街の青い模様』(「駅と旅」掲載)、『アウトライン』(「群像」掲載)、『欲求アレルギー』(「三田文學」掲載)等を発表。主に建築をテーマにした小説やエッセイを執筆。

芥川賞作品について             直木賞との対比
芥川賞は1935年(昭和10年)に文藝春秋の創業者・菊池寛が友人である芥川龍之介の名を記念して制定した。同時に直木三十五の名も加えて芥川・直木賞とし、日本で最も歴史ある文学賞である。特に芥川賞は、新人作家による純文学の短編・中編作品の中から選ばれている。ここでの純文学とは「主に文章の美しさや表現方法の多彩さ(芸術性)に重きをおいた小説」と言われている。芥川賞を受賞するには過去半年以内に雑誌や同人誌で発表された作品が候補となり、編集者や選考委員に評価される。そして受賞作品は「文藝春秋」に掲載され、受賞者には懐中時計と100万円の副賞が授与されると資料にある。因みに、芥川賞と直木賞は、同時に公表されるのが恒例である。そこで芥川賞と直木賞との相違点を確認してみましょう。①対象作家:芥川賞は新人作家に対して、直木賞は中堅作家、またはベテラン作家。②対象作品:芥川賞は純文学(「芸術性」や「形式」が重んじられた文学作品)で短編から中編に対して、直木賞は大衆小説(「芸術性」よりも「娯楽性」に重きを置いた小説)で短編から長編作品まで含まれている。③選考対象メディア:芥川賞は文芸誌(文學界、新潮、群像、すばる、文藝)に掲載された小説から候補を選び、直木賞は単行本として刊行された小説を候補としている。因みに選考対象作品は公募方式を取っていない。④選考方法:それぞれの賞の選考委員が合議で決定している。⑤受賞作品の掲載雑誌:芥川賞は「文藝春秋」に対して、直木賞は「オール読物」となっている。以上から、芥川賞は「純文学の新人作家に与えられる文学賞」であり、直木賞は「大衆文学の中堅作家に与えられる文学賞」と言われている。筆者が直木賞に魅かれるのは、純文学ではなく娯楽作品だからでしょうか。

「時の家」について             記憶をスケッチする
本書は、築40年を超えた「ある家」が舞台で、この家に暮した三代の住人が訪問者である青年のスケッチによって過去の記憶を呼び起こされ、その情景と時間の物語である。そこに登場する方々は直接的に会話を交わすことはないのだが、その家という空間を通じて深く繋がっている様な一体感がある。独特な空気感が作品全体に漂っている作品でもある。これは主人公である青年が書き出すスケッチ風の文章にあるのではないか。今は空き家となって解体を待つ一軒の「家」。そこにある部屋の隅々、床の軋み、柱の傷、壁の漆喰、柱の籐巻きひとつ、屋根の勾配、壁の染み、床材の素材感など、家を構成する要素への眼差しが非常に温かく丁寧にスケッチしている。この作品を読んで感じるのは、芥川賞の選考委員が論評した圧倒的な「描写力」です。著者は建築士なのだが、それが単なる知識の披露ではなく、物質への敬意と愛情が文章から溢れ出て文学的な表現として昇華されている。新たな建築文学の誕生を予感したので調べてみたら、建築文学が既に存在していた。資料には「建築文学とは、建築に関連するテーマや要素を持つ文学作品を指します。これには、建物や空間の描写、建築家の視点、または建築が人間の生活や文化に与える影響を探る作品が含まれます。建築と文学は異なるジャンルですが、両者の間には深い関係があり、建築の美しさや機能性が文学的な表現を通じて探求されることがあります」とある。本書はまさに建築文学であり、家屋の空間に温かな人の繋がりと優しさを感じさせる物語を読ませてくれる良書である。

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