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「グローバルで通用しているビジネスの常識を学ぼう」 (5)

渡辺 貢成: 8月号

1. 契約その2
 前回はビジネスの基本中の基本である契約の話をしました。ついでに日本の商習慣がもたらした契約を軽く見る行動によって大きなトラブルに遭遇する話をしました。
 今月はビジネスの本場海外での契約に対する発想とその経験談をしましょう。

(1) 海外メジャーオイルであるシェル石油との契約
 筆者にとってはじめての海外プロジェクトでした。国内石油製油所建設プロジェクトを1つ経験した後、ドミニカ共和国に石油精製プラント一式を建設するという巨大プロジェクトのエンジニアリング・マネジャーを拝命されました。全てが初めての経験でした。
 ある日書類が届きました。契約書(案)、Project Specification, Code & Regulation, Standard, DEP(Design & Engineering Practice)の束です。高さで1m以上ありました。見積もり期限は5か月です。

 最初に感じたことは、全部読んでいたら仕事をする暇がないということでした。関係者別に書類を分割し、コピーをつくり関係者に配布しました。
・契約書
最初に契約書を読みました。文章と単語が難しくて理解できませんでした。営業に相談すると、契約書はラテン語系の単語が使われているので難しいから、法務に頼み日本語訳にするのでそれを読めということになりました。読者の皆さんも海外プロジェクトの場合は契約書原案から翻訳し、顧客の意図を明確に理解することを心がけてください。
・ Project Specification
プロジェクト仕様書です。素晴らしい内容で、詳細に書かれていました。石油プロジェクトは国内でも、英語をカタカナにした日本語を多く使っていましたから、知らない単語を辞書で理解すると、内容の理解は難しくありませんでした。私たちはこのSpecification がバイブルでしたから何回も読みました。他は関係者に見積もりに必要なところだけ読ませました。
ただ、英語でわからなかったのは、must, shall, should, will, would, adhere のような単語がでてきます。スペックに書いてあるものは絶対に守らなければならないものと、提案の内容がよければ、変更を認めるものとの区別があり、区別を理解するのが難しかったと記憶していますが、何しろ悩んでいる暇はない短時間の見積もりでした。
・ シェルのProject Specificationで感心したこと
明確に良く書かれており、自分たちの意思の通りにせよと明記しています
Minimum Requirement:このプラントは最低の要求仕様で設計せよ
自分たちが示した以外余分なものはつけるなという意味です
シェルが提供した書類にはそれぞれ矛盾点がある。従って書類に優先順位を決めてある。矛盾がある場合は優先度の高い書類の指示に従うこと:優先順位はContract、Project Specification , Code & Regulation , Standard , DEP , Contractor’s Documentsの順です。

シェルは設計期間、建設期間中を通じでスペック以上の要求をすることがありませんでした。理由を聞きました。シンプルが最高の技術です。安全で、信頼性を高めることができるからです。

Standard
シェルはオランダの会社(技術部門)ですが、スタンダードはAPI(American Petroleum Institution)Standard を採用しております。しかし、変更したい箇所をマークし、変更内容を明確に指摘しています。世界中にAPIスタンダードの資格保持者は5万といます。その人たちにシェルの要求を簡単に理解させることができる仕組みを採用しています。

日本企業のスタンダードは各社まちまちで、フィロソフィーがなく、ベストプラクティスの寄せ集め的です。変更しても何処が変更されたのか親切に示されていません。
APIスタンダードに熟知している資格者は、それなりに優遇されますが、日本企業のスタンダードを学んでも資格者としての価値を誰も認めてくれません。これは悲しいことです。時間をかけて学ぶことの意義を認めない方式となっているからです。

ベンダーの見積仕様書の位置づけ
先に示しましたように、受注者の見積仕様書は重要しされていません。日本人は、シェルが合意した金額は見積仕様書によって決められた内容だから認めるべきだと考えています。しかし、シェルは安全に運転できている実績のあるプラントを求めており、日本企業のアイデアを求めているわけではないのです。シェルはベンダーの仕様を細かくチェックして金額を合意したのではなく、金額そのものに合意しただけです。その証拠にベンダーの見積もり仕様書の優先順位は最下位です。

Coordination Procedure (業務遂行要領書)
これも重要な役割をします。承認図書の決定、承認者の認定、変更の取り扱いを細かく業務を始める前に取り決めておきます。ここでは種類の違う図面、書類の承認者の決定を事前に行い、承認者のサインのないものの受付はしません。例えば工事関連の図面だとします。現場監督の正式承認のサインのない図面で、工事現場で作業することが許されません。当時はインターネットがありませんから、国内でつくった工事図面を海外現場におくり、現場所長のサインをした図面を図面に“For Construction”としてシェル本社とシェル現場へおくります。現場は“For Construction”のマークのない図面は使うことができませんでした。
仕事は責任がとれる発注者・受注者が承認したプロフェッショナルな人物の保証がもとめられているという、ごく当然のしきたりに則って進められることです。日本人はこの種の仕事を形骸化しがちです。しかし、この決まりに従って実施することがトラブルが発生しないというメリットを実感しました。

 試運転に入りますと、顧客のスーパーインテンデント(試運転前テスト責任者)が全責任をもって、配管のメクラ(試運転に利用する配管としない配管の境界にメクラ板)を挿入します。部長クラスの偉い人ですが、一人で全てのメクラの取り付け、取り外しをします。安全の確認のためです。日本の原発で原発の内容を知らない、本社役員が冷却水の挿入を指令する危険を彼等は絶対にしません。

 契約の厳しさとは、それに続く作業の責任の厳しさでもあるわけです。
 前回お話した、ITプロジェクトで発注者が契約範囲外の要求をし、内容が膨らむのは安全性が、何の保証もなく犯されているという発想を日本人は持っていないのです。最近の日本人は製造業で世界一になったおごりがあり、モノつくりに関しては品質の高いものをつくりますが、コトつくり(マネジメント)で手を抜くことをしています。ISO9,000を取得したら、その後QA監査室を解体するという恐ろしいことを平気でしています。資格を取ったから、その会社の品質が保証されるのではなく、常に品質が保たれていることを監視、保証する組織があり、真剣にこの業務を遂行しているから信頼されるのです。QAを手抜きした電力会社は運転する資格はありません。米国では確実に運転資格を剥奪されます。

 今、私が書いていることは、欧米社会では常識です。本来ならQAの手抜きを指摘するべき立場の専門家が口を閉ざしています。日本ではやかましいことを言う青臭いやつだとさげすまれるからです。しかし、グローバルの常識を理解しないと海外に進出して手痛い目にあいます。これを良く憶えておいて下さい。

契約とは自分たちはプロフェッショナルとして、約束事は正しく守りますという神に対する双方の誓約書なのです。これが欧米の精神であること理解してください。

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