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「グローバルで通用しているビジネスの常識を学ぼう」 (4)

渡辺 貢成: 7月号

1. 契約
  今回はビジネスの基本中の基本である契約の話をしましょう。ついでに契約を軽く見て発生する種々のトラブルも学んでください。
1 ) 海外では契約書なしに仕事を始める会社はありません。
日本人の多くは、契約書を読むのが嫌いです。顧客から、「オイ、急ぎなんだ、直ぐ始めてくれ」といわれると、「わかりました」と直ぐ仕事を始めてしまう。これが顧客への忠 誠心だと考えていませんか。

 では、仕事を進めてから顧客が「この仕事幾らだよ」と安い指値があったらどうしますか。プロマネのあなたは、実際に掛かる金額を提示して、交渉するでしょう。だがここで顧客ともめると顧客の印象が悪くなります。「お前でなく、上司を連れてこい」ということになります。上司も気分が悪くなり、あなたの評価が下がります。日本の顧客はキャンセルはしませんが、上記の話は80%の確率で起こる問題です。基本が大切だということは、このような経験則も含まれていることをまず、理解しましょう。

契約の種類
P2M標準ガイドブック第9章 関係性マネジメントに記載の契約の説明を引用します。
契約の価格設定方式による契約の基本類型を3つに整理できます。
図1 契約の種類
定額請負型契約
定額で定められた仕様の範囲内で全責任を請負う契約方式です。顧客は決められた金額で実行してくれる業者に任すことができれは安心です。しかし、受注者は、受注後発生するリスクをかぶる公算が高くなります。このため、契約時点でリスクの存在を認識し、リスクマネーを見積もりに含めなければなりません。
  リスクには事業リスクとプロジェクトリスクがあります。事業に関するリスクは当然事業者が支払うものです。プロジェクト受注者の不備によるリスクだけ受注者が支払うことになります。契約とはこれらのことを明確にして仕事を始めることを意味し、契約なしに仕事をすることは非常に危険です。契約の不備は赤字のプロジェクトの要因となります。また、リスクの高い仕事は②実費償還型契約で実施することを交渉しましょう。
実費償還型契約
実費償還型契約はある条件下で、消費される費用のすべてを発注者が負担するという契約です。通常研究開発プロジェクトや新しい先の見えないプロジェクトで採用されています。この場合当然のことながら、リスクも顧客が支払うことになります。
単価契約
単価契約は土木・建築分野ではよく使われている方式で、コンクリート単価/m3など、単位量当たりの単価をきめ、金額は施工した量で決める方式です。

2 ) 欧米型契約方式と日本型契約方式の相違と留意点
一般に米国では②の実費償還型契約が多く、日本は定額請負型が多いという特徴があります。これらはその国の商習慣に由来します。
図2 日本型方式と欧米型経営方式の特徴

図2は日本型契約方式とその由来。欧米型契約方式とその由来を示したものです。 欧米型契約はキリスト教から来ています。発注者と受注者は神の前で契約し、両者の立場は対等です。理由は「発注者は発注者でしかできない業務があり、その権限と責任を発注者は守る必要があり、同様に受注者は受注者にしかできない業務があり、その権限と責任を果す必要がある」ことを両者が認識しているから、対等を理解しています。
ここで米国社会が実費償還型契約を多く採用されているのは2つの理由があります。第一は研究や新しい事業を展開するケースが多く、定額請負型契約が難しいこと。第二がリスクマネジメントの費用です。未知のものに対するリスクは当然発注者が負うべき性格のものであることを理解しています。もし受注者にリスク込みで請負わせると、受注者は過大なリスク計算し、見積もりに加算するので、定額請負型契約は発注社に不利だと考えています。更に付け加えると、米国はロイヤーが数多くおり、受注者は競争入札に際して安く見積りするが、受注後ロイヤーは顧客の仕様書の不備を徹底的に探し、追加請求するため、定額請負型は危険だと考えています。米国企業のWin/Winの発想は発注者が受注者に対し、追加請求をある程度で勘弁してよという意味合いであるとうジョークを聞きました。

日本型の契約は通常甲・乙の関係になっています。乙は甲に迷惑をかけないことが前提で、細部の仕様を省略し、一般約款として取り扱っています。ここでの大きな約束事は「問題が発生した場合、双方誠意をもって解決する」が基本となっています。しかし問題が発生すると当然甲は「君達の誠意とは何かね」と最初に譲歩をせまります。甲が負けたのでは様にならないからです。簡単にいえば「我々は長い付き合いを望んでいるのだよな」という発想です。
 では何故このような契約方式ができたのか考えてみました。明治になり西洋のビジネス方式を学ぶ必要に迫られました。このときカネがあり、力があったのは官でした。国は外人を招聘するか、有能な人材を留学させ、帰国後は官として指導し、多くの国策会社を育ててきました。契約は先生が甲で、生徒は乙でした。甲・乙の関係で乙が潤ってきました。「問題が発生したら双方誠意をもって解決する」という文言は、お前達俺たちの顔をつぶすなよ、お前達の会社を潰すようなことはしないから安心せよ」というものだと理解しました。
図3 PM管理:契約とリスクマネジメント  しかし、時代が変わり、今では乙に力があり、実力では逆転していますが、甲・乙の関係だけが商習慣として残され、矛盾が表面化しています。その意味で、日本では顧客が非合理的な要求をするようになり、受注者に大きな影響があるばかりでなく、結果的に発注者自らにも悪影響が出ています。その事例を示します。
  図3はリスクマネジメントの図です。図は契約が成立されていないと、プロジェクトは全てが不確実性で、リスクだらけとなります。そのため受注者は契約の精度を高くすることで不確実性の度合を大幅に減らします。しかし契約を完璧にしても、不確実性は残りますので、どのようなリスクがあるか検討、認識し、対策を講じます。その手順を示したのが図3です。リスクマネーとは図中左下のコンテンジェンシー予算になります。

3 ) 構想計画/契約不備による問題の発生
契約の精度を上げる話をしましたが、精度を上げるためには構想計画を確実に実行しなければなりません。欧米社会では構想計画の不備はプロジェクトの失敗に繋がりますので、発注者が的確に実行します。しかし、日本の企業は自社のIT投資に対する構想計画を行わずに、ベンダーが推奨するソリューション・パッケージを簡単に導入しています。そのために種々の障害がでています。検討しないことによって起こされたリスクが多く、これが受注者の責任として処理されている事実を挙げたのが図4です。
図4 SIプロジェクトにおける発生トラブルとその内容分類
 図4はITプロジェクトで受注者が蒙ったリスクを整理したものですが、本来的に発注者が責任をとるべきリスクが受注者の負担で処理されています。

 日本の商習慣では、発注者が気がつかなかったリスクは発注者にとって想定外の事例であり、双方が誠意を持って処理する項目として取り扱われ、日頃のご愛顧の代償として、受注者が引き受けているという状況のようです。
 このプロジェクトの受注者が海外企業ですと、図中の発注者が責任をとる範疇のリスクは発注者が引き取ることで納まります。
 IT産業はこれらのリーゾナブルでない商慣習に支配されているため、3K化問題が社会的に指摘されています。

 図5は海外プロジェクトでは考えられない日本の発注者による変更要求が出されている現状を纏めた図です。
図5 変更管理
 図5は構想計画を十分に行わず、要件定義を纏めず、不十分な契約形態で実施しているプロジェクトの事例で、顧客は2で契約したが、業務の進行に従い、要求が4まで膨れ上がります。受注者のプロジェクトマネジャーは必死の思いで要求を2までに減らしますと、発注者の現場から要求が出され、3にまでエスカレートします。その結果納期遅れ、予算超過という結果となります。

 上記のスライドで示した業務遂行方式はグローバル社会では正常な業務手法とは見なされていません。皆さん方がグローバル社会で生きたいなら、日本的商習慣から早く脱皮することが望まれます。
 筆者は石油メジャーであるシェル石油の製油所をドミニカ共和国に建設した時の契約とエンジニアリングのやり方で、多くのメジャーの業務遂行方式を学びました。来月はこのお話しをします。彼等は理屈に合わないことは絶対にしないし、対等の付き合いをさせてもらえました。筆者は彼等に尊敬の念を感じ、それ以降のエンジニアリング人生で、ステークホルダーに喜ばれることを信念とし、これを実行してきました。来月はかれらから学んだ多くのノウハウをお話しします。

以上
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