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「エンタテイメント論」(216)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :5月号

エンタテイメント論


第 3 部 エンタテイメント論の応用

1 序
●東京・渋谷地域で消える百貨店
 現在、米投資ファンドのフォートレスの傘下にある「そごう西武(株)」は、百貨店である「西武渋谷店(A館・B館・パーキング館)」を2026年9月30日で閉鎖すると経営決定した。

 此の事がTV、新聞、WEB等で大きく報道された。その閉鎖理由は、そごう西武側と地権者側との土地賃貸借契約が成立しなかったためと伝えられた。

出典:渋谷・西武デパート
出典:渋谷・西武デパート
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 同百貨店は1968年の開業以来、半世紀以上(58年)にわたり「渋谷の顔」として存在した。しかしこの閉鎖に依って渋谷地域には百貨店がゼロとなる。

 この閉鎖の背後には百貨店の事業収益性の劇的低下、百貨店事業の限界露呈、都市鉄道のターミナル駅近接のビジネス空間価値の激変、駅周辺地域の商業施設間の激しい生存競争などが実在する。

●日本の百貨店の盛衰
 紙面の制約から日本の「百貨店の歴史」の解説は割愛する。代わりに「百貨店の全盛~衰退~今後」を概説する。
1 1990年代⇒百貨店全盛の時期
 この頃が百貨店の全盛期であった。売上高は年間で約9?12兆円を記録していた。百貨店の数も1999年がピークで全国に311店舗存在した。

2 2000年代⇒百貨店閉店の始まり
 バブル崩壊を契機に日本各地に存在する百貨店の赤字店舗の整理が始まった。特に2000年、有楽町そごう、錦糸町そごう、船橋そごうの閉店は、百貨店事業の崩壊の始まりを象徴した。

3 2010年代⇒百貨店閉店の加速
 この頃から東京圏の百貨店の閉店が急激に顕在化した。それだけではない。地方を中心に百貨店の閉店が急増。その代表例が西武船橋店、伊勢丹松戸店、三越千葉店などの閉店である。

4 2019~2021年⇒百貨店閉店の大量化
 2019年、伊勢丹府中店、伊勢丹相模原店、ヤナゲン大垣店などの閉店。
 2020年、新潟三越、西武大津店、そごう徳島店、大沼百貨店などの閉店。
 2021年、そごう川口店、丸広百貨店、日高店などの閉店。

5 2023年~現在~近未来⇒百貨店閉店の継続
 2023年、百貨店の数は182店舗。1999年、ピーク時の311店舗から129店舗も閉店となった。しかもその殆どが地方の百貨店であった。今後も閉店数は益々増えると予想されている。

 現在生きる日本人の高年層は、若い頃、カップルや家族連れで百貨店を訪れ、色々な買い物をした。買い物を終えて疲れたり、空腹になると、店外には出ず、店内の様々な飲食店で休み、飲食を楽しんだ。楽しい会話が生まれ、様々な思い出でが醸成された。昔の百貨店は、モノを売る場としての機能だけでなく、思い出を生み出す場としての機能も果たした。現在の百貨店の衰退は今後も確実に続く。売る機能だけでなく、思い出を生み出す機能まで消滅する。残念である。

出典:家族でデパートに買い物
出典:家族でデパートに買い物
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●百貨店の店舗が1店舗の県とゼロ店舗の県
 2026年現在、百貨店が1店舗の県は以下の12県である。今後、「1店舗の県」が増えると同時に「ゼロ店舗の県」も増えるだろう。

 (1)茨城県 水戸京成百貨店、(2)山梨県 岡島百貨店、(3)富山県 大和富山店、(4)和歌山県 近鉄百貨店・和歌山店、(5)福井県 西武福井店、(6)香川県 高松三越、(7)高知県 高知大丸、(8)佐賀県 佐賀玉屋、(9)熊本県 鶴屋百貨店、(10)宮崎県 宮崎山形屋、(11)鹿児島県 山形屋(本店)、(12)沖縄県 デパートリウボウ

 2026年現在、百貨店がゼロの県は以下の4県である。今後「ゼロ店舗の県]は増えるだろう。

(1)山形県 2020年1月、大沼(山形店)が閉店。経営破綻が原因。
(2)徳島県 2020年8月、そごう徳島店が閉店。そごうグループの不採算店舗整理。
(3)島根県 2024年1月、一畑百貨店(松江)が閉店。
(4)岐阜県 2024年7月、岐阜高島屋が閉店。

●百貨店の衰退の根本原因
 日本の百貨店の閉店は、今後、その数を益々増やすと予想されている。この衰退原因は、当該百貨店が抱える固有の事情の中に実在しただけではなく、背後に共通的且つ本質的事情の中にも実在したと言われている。紙面の制約から詳細な解説はできない。代わりに需要と供給の両側面から衰退原因を簡潔に解説したい。

出典:需要と供給
出典:需要と供給
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1 需要の構造変化=中間所得者層の縮小と消費の二極化
 日本で「一億総中流」と云われ、経済的繁栄を誇った時代、巨大な数の中間所得者層は、百貨店の主たる顧客として百貨店事業を根底から支えていた。

 しかし日本が過去30年間、経済の伸び悩み、所得格差の拡大などに依って中間所得者層はは希薄化し、縮小化した。その結果、富裕層が勢いを増して実在する一方、勢いを失った中間所得者層と低所得層が実在すると云う消費動向と市場支配が進行した。更に下記の「消費の二極化」も進行した。

 富裕層は高級ブランド重視、ラグジュアリーブランド重視、外商などを通じたステータス消費重視などに向かった。一方中間所得者層や低所得者層は、適正価格重視、ディスカウント重視、低価格重視などに向かった。此の「消費の二極化」の過程でユニクロ、しまむら、ニトリ、ドンキ、EC(安価購買可能な電子取引)、ファストファッション(最新トレンドで大量生産・販売される低価格の衣料品など)が日本の市場を埋め尽くした。そして百貨店事業は危機的影響を受けた。

 百貨店は以前から「そこそこの品質」、「そこそこの価格」、「そこそこの品揃え」で事業を運営し、成功を謳歌してきた。巨大な数の中間所得者層をメイン顧客に置く事が出来た。彼等は「高級品でもないが、低級品でもない、高くもないが、安くもない」と云う「中間価値」を求めてくれた。

 しかし現在、中間所得者層の数は急減した。彼等の所得の水準も大きく落ちた。その結果、彼等は、筆者式に言い方を変え、ズバリ言えば、「中途半端な品質と価格と品揃え」で売る現在の多くの百貨店を見捨てたのである。多くの百貨店の経営者達が何故、もっと早く供給側の真の実態を認識しなかったのか不思議でならない。百貨店がそのポジション(地位)を失うのは当然の帰結である。

2 供給の構造変化=強力な競合他社の台頭
1 郊外型ショッピングセンター(SC)の台頭
 「消費の二極化」の流れに依って日本各地に「品質が良い、安価で、大量に、多くの品揃い」で提供される「大規模小売店舗(ショッピングセンター:SC)」が台頭した。

 大規模小売店舗における「小売業の事業活動の調整に関する法律(大店法)」の制定とその後の「大規模小売店舗立地法(大店立地法)」の制定は、郊外大型SCの存在、出店、運営を認め、支えた。その結果、SCの全国展開が一気に加速された。

 なお大店立地法は、大規模小売店舗の設置者が配慮すべき事項として立地に伴う交通渋滞、騒音、廃棄物等に関する事項を定め、SC大型店と地域社会との融和を図る機能を果たした。其の結果、地域住民はSCを歓迎した。

 大型SCは、多くの来店客を無料で駐車可能にさせる「超大型駐車場」の設置、ワンストップ・ショッピングを可能とする各種店舗の設置と運営、ファミリー向け娯楽施設も併設した。その結果、地方都市の中心市街地の居住者を含む都市全域の住民を一挙に集客した。其の結果、多くの収益を獲得し、SCの出店の勢いは更に加速された。

 特に地方都市の裕福な家族、中でもマイカー族は、商品の魅力が薄く、品数が少なく、値段も中途半端で、どこも駐車スペースが少ない百貨店を完全に見限り、見向きもしなくなった。

出展:イオン・レイクタウン(日本最大のSC)
出展:イオン・レイクタウン(日本最大のSC)
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 JR武蔵野線越谷レイクタウン駅北口駅前に立地する「イオン・レイクタウン」は日本一のSCである。イオンリテールとイオンモールの両社が共同で実現。本SCはkaze棟、mori棟、アウトレット棟の3棟で構成され、2008年10月2日グランドオープンした。3棟合計で190,000㎡の商業施設面積で店舗数は710,9400台の駐車場、7,100台の駐輪場を具備する。

2 カテゴリーキラーSPAの出現と百貨店の衰退
 百貨店が従来から「品揃え」していた家具、家電、紳士服、スポーツ用品などを「より専門特化させると同時に低価格化したモノ」を売る「カテゴリーキラー」が出現した。百貨店の出る幕は益々無くなってきた。

 特にアパレル業界はSPA(製造小売)化に力を注入し、自社の店舗やSCで直接販売し始めた。その結果、百貨店の「品揃えの優位性」は、最初は徐々に、その後は一挙に崩壊した。

 SPAとは何か? 色々な意味がある。WEBで調べて欲しい。本稿のSPAはアパレル業界のSpeciality store retailer of Private label Apparel」である。此れは「PBを販売するアパレル(既製服)の小売り専門店」の頭文字に由来する。1986年、世界的なファッション専門店である米ギャップの会長が自社の業態をSPAと定義した。日本では「製造小売業」と邦訳された。

 SPAとは自社で商品企画から生産、販売までを一貫して垂直統合させ、サプライチェーン・マネジメント(SCM)のムダを省き、顧客ニーズに即応できると云うビジネスモデルを云う。SPAと定義する条件としては、①商品の企画、生産、物流機能まで自社が保有していること、②小売業も営んでいる事の2つである。SPAは中間マージンが発生せず、利益率が向上し、迅速な商品の開発から事業化までが可能となる。当初は、アパレル業界、ファッション業界でSPAが使われた。しかし最近は、他の業界でも、カテゴリー専門店などを含め、製販一貫型のビジネスモデルであれば、SPAと呼ばれるようになった。

出典:製造小売り業
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 SPAで成功した企業は、スペインのインディテックス(アパレル製造小売業のナンバーワンのZARA等を運営)、スウェーデンのH&M(ファストファッションの雄)、アパレル業界やファッション業界以外ではインテリア・ショップであるスウェーデンのイケアがSPAの典型である。

 日本企業では、「ユニクロ」や「GU」を展開するファーストリテイリングがSPAの代表と言える。またファッションだけでなく、インテリア、食料品まで展開する総合型の「SPA」として、「無印良品」を育てた「良品計画」は世界的に名高い。

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