グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第195回)
中東情勢緊迫化が落とす影

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :5月号

 3月から4月はグローバル研修のプログラム責任者にとり、新年度の研修案件すべてのフロント・エンド計画を行う重要な月である。

 プロジェクトマネジメントにおいてフロントエンド計画は重要な方法論であり、IT業界で盛んなアジャイル手法と対極にある。同意義の用語にはフロントエンド・ローディング(EPC業界)、フロント・ローディング(自動車業界、建築業界)がある。

 フロントエンド計画は、従来の基本設計と重複する部分もあるが、もう少し広範かつ密度が濃い。プロジェクトの最終投資決定(FDI)に先立って、プロジェクト定義、技術品質、納期、予算などの課題を徹底的につぶして、実施段階でのスコープ拡張、低品質、納期遅れ、コスト超過を防止するために行う。フロントエンド・ローディングあるいはフロント・ローディングはプラントエンジニアリング、自動車産業、総合建設業では、便益/コスト評価が済んでおり、効用が確認されているので定着しているが、自動車産業以外の製造業を含めて他の業界では一般的ではない。

 筆者が担当している多業種・多国籍の、あるいは特定業種・多国籍のグローバル研修でもフロントエンド計画を必ず行う。ただし、費用は自分持ちである。コースごとに、実施主体の研修仕様と年度ごとの目標に鑑み(例:アフリカ諸国に注力する)、また想定される研修生のレベルに合わせて、コース設計、シラバス設定および講師選定を行う。グローバル研修では、講師の専門知識をそのまま伝授するようなプロダクトアウト型研修では決して良い評価を得られない。

 もう一つは、どの国、あるいはもっとピンポイントでどの国のどの企業から研修生が来るかの読みがコースデザインを行うのに必要で、これを半年前くらいから行うが、今年度は、この読みができにくい。ずばり中東情勢の緊迫化で、どの国がどの程度の経済影響を受けており、それがどの程度続くかが読みにくい。米・イスラエルによるイラン爆撃、イランの迎撃が始まった2週間後の3月実施の東南アジアの国向けの来日研修では、当初予定(早期エントリー)の5分の1しか研修生が集まらなかった。

 中東産原油・天然ガス・LPG・ナフサに頼る経済構造となっているアジアの国々、特に南アジアや東南アジアではガソリン、ディーゼル油、LNG、LPG、ナフサは200%に迫る値上がりで産業や民需を圧迫している。ナフサに至っては、調達できないと、あらゆる分野に需要を持つ石油化学製品が生産できなくなり、大ピンチである。これでは、研修どころではない。

 ナフサについては正確な報道ができてない。関連産業出身の筆者から少し解説する。石油化学製品の基礎原料であるエチレンやプロピレンを生産するには大きく二つの方法がある。一つは、伝統的な方法で、アジアと欧州で主力な製油所の石油精製過程でナフサを取り出し、これをナフサ分解装置にかけて、エチレン、プロピレンなどの石化基礎品を生産する方法である。もう一つは産油国である中東や米国で主流の天然ガスのうちエタンを原料にエタン分解装置でエチレンを安価で大量に生産する方法で、中国やインドでもエタン分解が部分的に導入されている。生産量での比率では、ざっくり、ナフサ・ルートが6割、エタン・ルートが4割だ。

 問題は同じ分解装置であるが、ナフサ分解装置とエタン分解装置は原料が不可逆(互換性無し)なことである。エタンは中東以外からも(大量には米国から)調達可能であるが、2つの分解装置は異なるプロセス装置であるので、日本やアジアにあるナフサ分解装置では、エタンは全く使えない。エタン分解装置を新設すると仮定する。1プラントあたり1兆円以上の投資が必要で、納期は5~6年かかるし、現存するナフサ分解装置を遊休化できないので、これはあり得ない。

 では、日本やアジアの国の製油所でナフサを増産することができるかというと、経営的には、これができない。日本やアジアの製油所は重質の中東原油を処理する装置構成となっており、入口である原油蒸留装置から取れるナフサの収率は最大25%程度である。シェール由来の軽質原油を調達し、これを処理してナフサ収率を上げることはできるが、そうすると常圧蒸留装置(原油の一次精製装置)から取れる製品の50%に及ぶ重質残湯を処理する高価な二次装置が遊休し、製油所の採算が取れなくなる。従い、旺盛な石化製品の需要を賄うには、国産ナフサの倍に近い量を中東から輸入していたが(中東はエタンから石化製品を得られるので、自国製油所で取れるナフサと、天然ガス処理の過程で生産されるナフサに近いコンデンセートは輸出に廻せる)、これがホルムズ海峡の封鎖で当面入手難となると他の地域からの調達となるが、アジアや欧州の国が調達競争に参入しているため買い負けが起こりうる。

 日本で、原油の調達の多角化は進行中であるが(相手の合意を得たサウジアラビアの紅海側出荷の原油やメキシコ原油は日本の製油所に合った重質原油である)、新調達先からの供給量で中東からの原油輸入が回復するまで持ちこたえられるかが問題である。LNGは調達先の多角化が進んでおり、中東産は6%なので何とかなる。ただし、アジアの他の国はカタール産のLNGに依存しているので、大変な危機である

 やはり。ナフサの確保は深刻な事態であり、問題が長期化する様相をはらんでいる。 ♡♡♡

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