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PMプロフェッショナルへの歩み―17
インドネシアから帰国してからPFI事業での企業経営の経験が筆者のプロジェクトマネジメントにどのような影響があったかよく考えてみました。
- ① ジャワ島の総面積の約25%(約34,337Km2)がプロジェクトエリアであり、日本の四国の面積18,800Km2より大きくこのように広い面積を扱った経験は初めてでした。それもジャングルが多く各所に多くの部落や町もあり、各所にある建設またはリノベーション中の電話局を中心とした現場事務所との技術的整合性やスケジュール管理そして進捗管理に苦慮しました。そのため面的現場管理を鳥瞰的にみることのできるよう現場と本部に担当を置き相互連絡を密にとりその結果を図解による見える化を図る方法をとった。
- ② 筆者の本部は多国籍(インドネシア、オーストラリア、日本)からなり業務の進め方や経験の違いによる意見の食い違いが多く発生し、多くの齟齬が発生し、お互い険悪な状況となった。そこでISO9001国際規格の採用により業務のやり方の統一を図り、業務品質の向上を図ることができた。
- ③ 筆者がこの事業に配属される前はプロジェクト組織が屋上屋となっていて、トップの指示がスムーズに伝わらず、途中で断絶したりして本部の意思が各部門や広域現場に正確に伝達されないことが多かった。本部長直属のオーストラリア人のプログラムマネジャを廃止し、本部長の意思が各部門及び現場に直接伝わるようにした。
- ④ 建設本部にはそれぞれ線路、交換、無線、伝送そして交換局及び内部設備等と各専門があり、これらを統合管理するには業務の識別管理を行い、正確なドキュメント管理及びスケジュール管理そしてそれに沿った進捗管理の見える化を行った。これを設計部門、建設部門そして調達部門の関係者にも進捗具合が見えるように工夫した。その結果現場も各部門も進捗の見える化によりお互いの競争心を良い意味で煽ることができ工事進捗に大いに貢献することになった。
- ⑤ 本部長が現場を回り、現場や職員とのコミュニケ―ションを絶やさないようにした。リーダシップのある行動、効果的関係調整力のある行動、問題発生時での適切な行動、適切なマネジメント、そして責任ある多様な行動において、人種、職制に関係なく対応ができ本部員全体が前向きに動くようになった。
- ⑥ 設備建設進捗は投資家及び銀行にとっては将来の事業収益に大きく影響するため、筆者の本部には大きな責任が課せられたが、インドネシアの政治状況の劇的変化と為替の変動といったカントリーリスクの真っただ中でも、社内各本部の意見の相違等を乗り越えて各種のリスク対応を行い、何とか予定通りプロジェクトを完了させることができた。
このような多国籍のスタッフを抱えたプロジェクトでは仕事のやり方、それぞれの企業風土の違い、コミュニケ―ションの違いによる意思疎通の齟齬、そして広大な面積の現場を対象としたマネジメント等々多くの難題を抱え、これまでの経験ではない多くの難問を抱えたプロジェクトであった。しかし、今後のPMプロフェショナルの歩みの一歩として多くの学びを得ることができました。
さて、インドネシアの事業を終えて日本での休暇を終えて会社に出たら、今度はNコムから「スリランカから電話があり会社にすぐ来てほしい」との連絡がありました。
Nコムの担当の説明では「スリランカテレコムという電話公社にN社が投資して役員を派遣して業務を行っているがそこのCEOからすぐにこちらに来てほしい。」とのことでした。
この時、N社に移ってから筆者に依頼する業務のほとんどに何らかのトラブルがあり、「またインドネシアのようなトラブルの発生か!!」と、なんとなく嫌な感じがしました。
3年半にわたるインドネシアでの難事業を経ての帰国だったのでゆっくり日本で休暇をと思っていましたが、断ることもできず、まずは現地の事情を知る必要があると思い、スリランカに出かけることにしました。
その前にスリランカ国の現況を調べてみると宗教の違いからこの国は内戦状態となっていて、首都のコロンボでもトラックに仕掛けられた爆弾が破裂し、窓ガラスが吹き飛びN社の社員にも影響があったことも耳にしました。
スリランカの空港についてまずびっくりしたのは荷物検査が厳しく、また外へ出ると要所に兵隊が立っていて、やはりこの国は戦時体制なのだと実感しました。また、空港からホテルへ行く道も整備されていないガタガタ道であり、道路わきには多くの兵士が銃をもって構えていました。
そして、ホテルへ着いたのが夜遅くであったのでそのまま床につきました。
翌日、迎への車で会社に出かけましたが、会社に着いたら更に驚かされたのは、会社の門を入るといきなり車が一段高いところに上がり、セキュリティーが鏡をもって車の下をチェックし始めたことです。後で聞いた話ですが、車の下に爆発物を仕掛けられているかどうかのチェックということでした。
このようないくつかの厳格なセキュリティーを終えていよいよ本題のCEOとの話のため社長室に連れていかれました。
CEOの話は以下の通りでした。
「この仕事はスリランカテレコムという電気通信公社の民営化を目的としたもので、仕事の内容は民営化後の会社の経営と公社的体質の改革が目的とのことでした。」この話の内容があまりにも大きすぎるし、特定の分野に特化したプロジェクトとは異なりCEOは筆者に何を期待し、何をさせるのか????でした。
そして、CEOは現在のスリランカテレコム(SLT)の現状と心配していることについて以下のように説明してくれました。
「スリランカは労働組合が強く、多くの外資系の企業が倒産しているようであり、このSLTも同じ状況であり、管理職組合を含め33もの組合がある。良かれと思って日本流の近代的な施策を採用しても反対され、デモが頻発している。そのため、思い通りの民営化に必要な改革ができていないでいる。 その結果として、事業運営にも支障が生じている」との話でした。
筆者は「CEOが何故私にそのような話をするのか?」と疑問に思いました。
よくよく話を聞くと、労働組合に関係する労務、そして人事・総務・財務・調達・設備管理、法務を統括するCFOが組合対策に失敗し、またCEOとの折り合いも良くないようで、本人からも日本に帰国したいとの強い要請が出ていたようです。
CEOはその代わりの人を探していたようで、N本社に掛け合っても適当な人材が見当たらないでいたようでした。そこに筆者がインドネシアから帰国し、何もしないでいることを知ったことから筆者を指名してきたようでした。
CEOの話から彼は何を求めているかすぐに解り「自分は技術者でありかつプロジェクトマネジメントを主務としている者なので、財務や人事、総務、労務等は知識も経験はありません」と言いました。
しかし、CEOはそれでも執拗に筆者に説明をし、要請を受けるようにと強要し「君はインドネシアでの企業で役員をやってきたのであれば、役員の役割は経営の健全な運営であり、技術だけではなく全体最適な能力が必要であることはわかっているはずだ!!、技術だけではなく他の職務の経験も必要である。」と筆者をほめたり脅したり、相当CEO も困っている様子でした。
そこで筆者は妥協案として「財務は企業としても重要なファンクションであり、私にはふさわしくありません。また総務・人事はなんとかなるが労務は難しいので外してください」とお願いしました。
「しかし、労務が一番この企業では問題となっている部分だからこれは外せない」とのことでした。このようにCEO の真剣な要望を断ることもできずプロジェクトマネジメントで学んだ、「不確実性の高い環境下において、自分の置かれた環境を考慮し、与えられた使命をモニタリング(監視)と評価に基づき、計画を柔軟に見直し・修正しながら管理する手法といったマネジメント思考を思い出し、何とかなるだろう!!」とまさにインドネシア語のTidak Apa Apa」と最後は何とかなるだろうと了解しました。結局、話し合いにより、財務は外してもらい、そのほかの役務を引き継ぐこととなり役職名はCAO(Chief Administer Officer)となりました。
その後短い時間であったが、いろいろとこの会社の内情を心ある社員たちからこの会社の内情の聞き取りを行合い簡単な現状分析をしました。その短時間でわかった印象では:
- 日本人で構成されているCEOはじめ担当役員や管理職と労働組合及び現地社員との確執が生じ、そのため業務に支障が生じて、必要な活動ができていない。
- スリランカ国の労働者保護に重点を置いた労働関係規約や法規が問題となっている。そのため民間企業になってからも社内規約がなく、また人事についても不平等なシステムとなっている。
- 組合の数が管理職組合も含め職種、各階層等33組合もあり収拾がつかないでいる。従業員数:約9000人の企業(契約職員を入れて10,000人以上)で事業所も全国にある。しかし、従業員の行動規範を示した規約が不明確。例えば遅刻、就業開始時間になっても食堂で食事をしているのが習慣的になっている。要するに時間を守らない。
- 調達業務での不正や資材・機材の横流し等が多数発生しているが日本人側は誰も監視及び管理をしていない。
この企業の状況を知れば知るほど、与えられた職務の難しさを痛感する思いでした。
しかし、ここでの仕事はすでに受けてしまっているので、暗澹たる思いであったが正式赴任の準備のため日本に一時帰国することになりました。
来月はこの続きです。
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