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「エンタテイメント論」(214)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :3月号

エンタテイメント論


第 3 部 エンタテイメント論の応用

1 序
●Back To The Future & Back To The Present
 前号の最後に掲載したユニバーサル映画「Back To The Future」のポスターと同映画をもじった「Back To The Present」のポスターを本号で再度掲載した。この映画を観た読者諸氏がこのポスターや以下で掲載の写真を見て本映画のシーンを再度思い出して欲しいためだ。またこの映画を観てない読者諸氏に是非、観る事を勧めたいためだ。兎に角、理屈抜きで楽しい痛快な映画だ。

 さて「現在から未来への思考」は、それを象徴する言葉として「Back To The Future」に合致する。それだけでなく、この思考は「より深い意味」を持つ。一方「未来から現在への思考」は、「Back To The Present」に合致する。この思考も「より深い意味」を持つ。この「より深い意味」は、今後、徐々に解説していく。読者諸氏、クイズと思ってこの意味を考えて欲しい。

出典:Back To The Future、BackToThePresent

●Back To The Futureの初作映画
 「Back To The Futureの初作映画」の公開は1985年。当時、全世界・年間興行収入No.1を記録した。世界でも日本でも大ブームを巻き起こし、タイムトラベルSFの最高傑作となった。

 この映画の製作総指揮は「E.T.」や「ジュラシック・パーク」で世界を魅了した「スティーヴン・スピルバーグ」。監督は後に「フォレスト・ガンプ/一期一会」でアカデミー賞®を受賞した「ロバート・ゼメキス」である。ゼメキスはボブ・ゲイルと共に脚本を作成。マイケル・J・フォックス、クリストファー・ロイド、リー・トンプソン、クリスピン・グローヴァー、トーマス・F・ウィルソン等が出演した。昨年、日本ではこの映画の「公開40周年記念」の上映やイベントが実施された。

出典:右・主役 マイケル J フォックス 左・監督 ロバート・ゼメキス
出典:右・主役 マイケル J フォックス
左・監督 ロバート・ゼメキス
screenonline.jp/_ct/17773907

●Back To The Future初作&続編の大ヒットと続続編Back To The Present?も大ヒット
 Back To The Futureの初作映画で、過去にも、未来にも移動を可能にする「次元転移装置」を発明した科学者が初めて登場する。此の装置は若者の憧れの「デロリアン車」に装備された。

出典:米国MCAユニバーサル・スタジオのデロリアン車
出典:米国MCAユニバーサル・
スタジオのデロリアン車
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 科学者と親しい主人公は、或るハプニングに巻き込まれ、過去に飛び、若い頃の科学者に会う。主人公は様々な事件に遭遇し、科学者の才覚で何とか過去から現在に戻る事(Back To The Future)が出来た。この映画は既述の通り大ヒットした。そのため続編が作られ、主人公は過去に飛び、インデアンに追撃されるなどの劇的物語が制作された。此の映画も大ヒットした。

 これらの大ヒットを基に更に続続編が制作された。この続続編の主人公は「次元転移装置」で未来に飛んだ。劇的に変貌した未来で様々な体験を積み、何とか現在に帰って来る(Back To The Present)と云う映画が制作された。これも大ヒットした。

 しかし此の映画の題名は「Back To The Present」ではなく、「Back To The Futureの続続編」と命名された。主人公は未来に飛び、現在に帰還したのだから「Back To The Present」でなければならない。しかし「大ヒットした映画のタイトル」を変更する事は、興業上の大きいマイナス・リスクを伴う。理屈より儲けを優先し、映画タイトルを変えず、続続編のナンバーが付けられた。

●筆者の個人的な「成否研究」と「思考の暗礁」
 Back To The Futureの初作映画が公開される約10年前、筆者は新日本製鐵(株)のニューヨーク駐在員をしていた。筆者は仕事の合間に「アメリカン・ドリーム」大好きの米国人の友人達と会食やゴルフなどの交流を楽しんだ。

 しかし彼等と固い議論もした。例えば「或る事業プロジェクト(PJT)は成功したが、別のPJTは失敗した。何故か?」と云う様なPJT成功論を戦わした。筆者は此の事に刺激され、PJTを含む多くの物事の成否を分ける根源的要因は何か?と云う「成否研究」を個人的に始めた。米国から帰国後もこの研究を仕事の合間に個人的に続けた。

 この成否研究の過程で「現在から未来への思考」と「未来から現在への思考」の重要性に気付いた。その結果、夫々の思考の本質は何か? この2つの思考の相違点は何か? 政治、行政、司法、経済、経営、生活などの実世界で如何に活用されているか? などを研究した。しかし明確な「答え」を把握できず、考えれば、考える程、分からなくなり、遂に「思考の暗礁」に乗り上げた

出典:思考の暗礁
出典:米国MCAユニバーサル・
スタジオのデロリアン車
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 筆者が「思考の暗礁」に乗り上げた経験は、過去に数え切れないほどある。読者諸氏も同じであろう。未知の分野で、未知の仕事を、未知の人物と遂行し、その成功を目指して挑戦した時、成功に導く「優れた発想」が全く浮かばず、「思考の暗礁」に乗り上げる事が「常態化」した。特に常態化した事態は思い出したくない。それどころか、もっと思い出したくない事態が起こった。

●筆者を襲った「悲劇」と「夢」の発見
 この事態とは、癌の宣告から僅か3カ月で妻が他界した事、そして残された中学生と小学生の娘二人を抱えた悪夢の日々を過ごした事であった。娘二人が抱き合って庭で夜空を見上げ、母を慕って密かに泣いている姿を筆者は何度も目撃した。その度に苦痛から血尿が出た。まさに体にも、心にも拷問を受ける悲惨な毎日であった。娘二人はもっと辛かったであろう。

出典:病院の手術室とベッド、墓場と悲しむ人々、拷問

 筆者は、この悲劇からかなりの年数を経た「或る日」、「或る曲」を偶然、自宅のラジオで聞いた。何故か「この曲」を奏でたいと感じた。この悲劇でグランド・ピアノを弾く気は完全に失せていた。しかし此の時、初めて弾きたいと感じて弾き始めた。しかし依然として辛い、悲しい、苦しい毎日を思った瞬間、不覚にも鍵盤に落涙した。この状況はこの事を書いている今も鮮明に思い出される。

 突然、耳元で「いつまで、くよくよしているのか。馬鹿もん!」と云う「声」がした。錯覚であった。次の瞬間、「或る事」を「直観!」した。

 この直観に導かれ、自宅の3階の屋根裏部屋に駆け込んだ。この悲劇で「成否研究」を止め、放置した大量の研究資料を山積みの段ボール箱から次々と引っ張り出した。自分でも何故か分からなかったが、片っ端から夢中で読み漁った事であった。

 大量の研究資料に登場する数多くの成功者と失敗者は、異口同音に語った。「夢」があったから極限まで知恵を絞り出し、不可能と諦め掛けた「夢」を叶える事ができた。「夢」があったから辛い事も、困難な事も、逆境も乗り越え、成功できた。「夢」があったから何度失敗しても、挫けず、最後に「夢」の成功の頂きに辿り着く事ができた等々であった。

 筆者が長年、必死で追求した「成否を分ける根源因子」が「夢」である事が分かった。まさに、「夢の発見」であった。不思議な感動を覚えた。

出典:ピノキオ、星とピアノ、ファイル、I have a dream

●「夢の発見」に依る「感動」に次ぐ「新たな疑問」の発生
 「夢の発見」に感動し、研究資料を再整理し、成否研究は一挙に進展した。しかし暫くすると「新しい疑問」が湧いてきた。感動を感じている自分には「此の疑問」が感動の気持ちを減殺すると感じ、疑問否定の心情えが芽生えた。しかし別の自分が目覚め、これを許さなかった。

 「偽物」ではない「本物」の「夢」を持った人物が「夢」を叶えると多くの成功者と失敗者は語った。しかしその「夢」が本物か? 偽物か? 何を根拠に、如何に判断すれば良いのか?は語らなかった。ならば自分で考えるしかない。色々考え、色々調べ、色々議論した(友人や知人などと)。しかし考えれば考えるほど、調べれば調べるほど、議論すれば議論するほど分からなくなった。そして「思考の暗礁」に乗り上げた。
つづく

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