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「日本の宇宙開発ベンチャーを巡るいくつかの動き」(その4)

長谷川 義幸 [プロフィール] :11月号

 今回は、フィンランドと米国のSAR衛星コンステレーションを目指している民間会社の動きを紹介します。

〇 アイサイ(ICEYE)(フィンランド) (*1)
 世界の陸海空の軍事作戦での指揮統制や情報収集のやり方は、通信、地表監視、早期警戒等の衛星システムを最大限活用する方向に進んでいます。例えば、ロシアのウクライナ侵略で、レーダー衛星(SAR)の画像が、カナダやフィンランドの企業からウクライナ政府に提供され、昼夜ロシア軍の動きを伝えていることが報道されています。高度数百Kmの低軌道に多数の小型衛星を連携させて運用する衛星コンステレーションの利用により、継続的に目標探知と追尾を行う技術が大いに活用され効果をあげてきました。
 アイサイ(ICEYE)は、戦争勃発時には、人や車の動きを識別できるほどの高解像度の1ピクセルあたり25cmという分解能の画像を取得できる18機の衛星を運用していました。 (*2)

 アイサイは、2014年にフィンランドの大学を拠点に設立され、2025年4月現在までに計48機の衛星の打ち上げに成功しており、天候に左右されない高精度のSAR衛星により地上面情報を1時間単位で取得し、政府や企業向けに、洪水・暴風雨などの“災害被害評価”や“不審船監視”等のサービスを提供しています。
 スペイン、ポルトガル、イギリスに拠点を持ち、2021年に米国・カリフォルニア州アーバインにも製造拠点を開設。同年6月には東京にもオフィスを開設しました。

衛星観測コンステレーションのイメージ  アイサイが手がける小型SAR衛星は、打ち上げ質量が100kg以下で、2018年の2号機においては、打ち上げから4日目で、衛星から撮影された画像を公開するなど、衛星事業会社としての技術力を示しています。
 また、2021年3月には保険会社のスイス・リーと、洪水リスクの管理や保険金支払い迅速化を目的とした戦略的提携、2022年2月には東京海上HDと、衛星画像による屋根・家屋被害の特定、農業災害被害の特定、事故予兆サービスの開発の3点を目的とした資本業務提携を発表しました。東京海上との提携(注1)では、衛星画像の分析技術を持つパスコ、三菱電機が協業に含まれており、各社の技術を用いた人工衛星画像の分析と被害予測、損害評価サービスの改善を進めていくとしています。
 2022年2月には累計調達額が約410億円となり、その調達先には宇宙関連の投資会社のSeraphim Spaceを筆頭とし、航空宇宙や安全保障関連の製品製造を手がける英メーカーBAE Systems、鹿島建設の投資会社(注2)が参画しています。現在世界各地の拠点にて400人の社員を雇用しており、2020年から2021年の収益成長率は約400%に達しています。宇宙の技術により、自国を宇宙先進国に押し上げた企業は多くないのですが、アイサイ(ICEYE)はその一つです。
(注 1) 東京海上日動火災保険(株)
(注 2) 鹿島建設の投資会社

〇 カペラスペース(Capellaspace)(アメリカ) (*3)
 カペラスペースの設立は2016年3月で、米国務省がSARデータの流通について規制緩和した直後にNASAジェット推進研究所の研究者が立ち上げました。同社のセールスポイントは、「いつでもすぐ撮像」で、顧客から撮像の要求を受けると、すぐに撮像体制を組んで指定地域を撮像し、その撮像データを素早く衛星から地上局にダウンロードして数時間程度でユーザーに届けるスピード感です。このために、静止軌道にある通信衛星と直接通信するための「衛星間通信装置」を装備しています。
カペラスペース(Capellaspace)  従来は顧客から地表の撮像を受注すると地上局から通信衛星を介してSAR衛星と通信できるのは周回ごとに1回、約1時間半毎でした、これでは「いつでもすぐ撮像」にはなりません。そこで、カペラスペースは常に地上局の上空にある静止通信衛星に撮像コマンドを送信。その衛星から対象のSAR衛星にその撮像コマンドを転送できるようにしました。また、衛星には高分解能で撮像できる周波数の高いXバンド(8G~12GHz)を使用し、アンテナも大型のものを搭載しています。
 Capella2は直径3.6mの展開式パラボラアンテナを持つ、重量100kgのSAR衛星の運用機です。この運用機による衛星コンステレーションは、地球を南北に周回する12の軌道に各3機ずつ合計36機の衛星を配置するので、地球上の特定地点を、1時間間隔という高頻度で撮像できます。
 カペラスペースはアメリカの国家偵察局をはじめ、国家地理空間情報局や空軍、海軍、宇宙軍などの政府機関と契約を結んでいる実績がある企業です。
 2025年1月20日、国家偵察局はBroad Agency Announcementの結果(注3)、エアバス、カペラスペース、アイサイ、PredaSAR、UMBRAの5社のSAR衛星事業者と契約を締結したと発表しました。各社はSAR衛星データのモデリングやシミュレーションなどを行う予定で、カペラスペースは戦闘地域でデータをダウンリンクする実証なども提案しています。
 米国政府は衛星分野における技術の獲得に注力しているようで、これまで米国企業だけに限られていた契約を、米国企業以外の欧州のエアバスとアイサイにまで広げたようです。
(注 3) Broad Agency Announcement(BAA)は米国政府機関が最先端技術の進歩や知識・理解の向上を目指した科学的研究や実験の提案を募集する方法のひとつで、提案依頼書(RFP)とは異なり、問題提起や解決策の提示が求められる。

〇 SAR衛星コンステレーションのまとめ
 宇宙のニッチ分野である多数の衛星を同期して運用するSAR衛星コンステレーションという地球観測のまだ開拓されていない市場に、アメリカ、フィンランド、日本などの宇宙ベンチャーが参入し、新たな市場を開拓しようとしています。SARは電波照射に電力を多く消費するため大型の太陽光パネルが必要ですが、小型化が難しいのです。小型衛星では、大型の太陽光パネルを装備しにくく、十分な電力が得られないため、撮像時間が短くなるという難点があり、世界の小型SAR衛星会社は現在5社程度です。
 宇宙技術はすでに成熟期に入っており、開発された技術を新たな産業につなげていく商業宇宙活動の中に日本も入り始めたようです。日本人のきめ細かさと顧客に対する真摯な姿勢を生かして日本の宇宙ベンチャーが世界で活躍してほしいですね。

参考文献
(*1) リンクはこちら
(*2) 週刊新潮、「自衛隊宇宙作戦隊の理想と現実」、2025年9月18日号
(*3) リンクはこちら
(*4) 「特集宇宙ビジネス新時代」、週刊エコノミスト、2024年7月30日

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