「日本の宇宙開発ベンチャーを巡るいくつかの動き」(その3)
先月紹介したSAR(レーダー)衛星コンステレーションの続きを紹介します。
〇 QPS研究所 (*1) (*2)
QPS研究所は、世界トップレベルの100kg台の高精細度小型合成開口レーダー(SAR)衛星を開発、衛星コンステレーションを活用したインフラ管理業務の高度化・効率化や新たなサービス創出を目指している九州大学発の宇宙ベンチャー企業です。
九州に宇宙産業の基盤を築き上げ、全国25社以上のパートナー企業と協力しながら、新たな経済圏を創造することにあります。衛星データとディープラーニングを活用し、農業、海洋・漁業等や物流の効率化、インフラ老朽化の検知、災害時の状況把握、自動運転向けの高頻度高精細3Dマップの実現を目指しています。
この会社のすごいところは、世界トップレベルの100kg台高精細小型SAR衛星を実現したことで、1m以下の高分解能でありながら、従来の衛星に比べて20分の1の100kg台へと軽量化、コストも約100分の1と、常識を超えるイノベーションを実現している点です。
2005年6月15日、「九州発の小型衛星」を作ることを目指して任意団体として活動を続けてきたQPS(Q-shu Piggyback Satellite)研究会の中から、九州大学の学生達を中心とするQPS研究所を設立しました。創業者の一人は八坂哲雄氏(元九州大学教授)です。
衛星には古事記にでてくる神様の名前、「イザナギ」「イザナミ」などを付けています。
今年3月の9号機には、『スサノオ-Ⅰ』を皮切りに、数ヶ月の間に3機の打上げを実現していて、6月12日には、「ヤマツミ-Ⅰ」が米国ロケット・ラボ社のロケットエレクトロンによって打ち上げられ、画像撮影に成功しています。
この衛星のSAR性能は、分解能1.8mの通常モードと分解能46cmの高精細モードの観測が可能で、7月1日から高精細モードで初観測を開始しました。
最初に撮影した写真(添付)には、長崎県長崎市の山の稜線、斜面に立ち並ぶ建物、港を行き交う船などを細かく確認できます。世界遺産に登録されている長崎造船所には迫力あるいくつもの巨大なクレーンが見えます。
〇 さて世界の偵察衛星の分解能はどのくらいでしょうか。
アメリカ国家偵察局のKH偵察衛星シリーズでは総重量20t以上もの巨体を、必要に応じて500km~600kmの通常の軌道高度から150kmまで降りてきて撮影を行なう事で、自動車一台一台のナンバープレートを読みとることができる解像度10cm以下という世界最高レベルの解像度までを実現しているといわれています。
また、ロシアのウクライナ侵攻以降、マスコミによく登場する米国民間企業Maxar Technologies社の衛星は、超高分解能光学衛星画像で有名ですが、4機の高性能衛星をフルに活用することで、同一地域をほぼ毎日撮影可能です。広域な8バンドマルチスペクトルセンサーを搭載しており、その分解能は30cm、40cm、50cmで世界各地の最新の撮影画像も取り扱っています。 (*3)
Maxar Technologies社の衛星は光学衛星なので、夜間や雲があると撮影に影響がでます。それに比べ、昼夜、天候に左右されないで常時撮影できるQPS研究所のSAR衛星は、光学式に比べ非常に優位になります。その分解能は世界トップレベルです。
2025年度から公募に着手した防衛省の「攻撃目標の探知・追尾能力の獲得を目的とした衛星コンステレーションの構築」に、シンスペクティブ株式会社と共に、QPS研究所の参加が有望視されています。
中国も小型衛星コンステレーション構築を急いでいるようです。中国が独自の通信網を構築する背景には、台湾有事を念頭に軍艦や戦闘機への情報支援能力の向上も含めた安全保障を強化する目的とされています。国有企業「中国衛星網絡集団」が低軌道に5万基を超える通信衛星を打ち上げる計画で、2035年まで13,000基を運用し、別の企業は15,000基の運用を目指し、昨年夏から打ち上げを開始しています。また、衛星打ち上げのために、年間32回のロケットの打ち上げが可能になる発射場を海南省に増設、昨年11月より打ち上げを開始しています。 (*4)
〇 まとめ:SAR(レーダー)衛星コンステレーションの現状
筆者がJAXAに入社した1970年代に、N-1ロケットに搭載された試験衛星は軌道投入・姿勢制御・運用等の技術習得、打ち上げ時の機械的環境条件及び軌道投入後の衛星の環境測定を目的としていたシンプルなもので総重量83kgでした。今回ご紹介したSAR衛星のような詳細な地球観測衛星を開発できる技術はありませんでした。
現在、電子装置等の小型化・軽量化によっての100kg程度の高機能撮像衛星を民間で作れる時代になったことを明確に示していますね。
先月号のシンスペクティブ(株)を含めて小型SAR衛星を商業運用している会社は世界に5社しかありません。日本もようやく民間の力を発揮する時代になったようです。
次回は米欧の会社を紹介します。
(注) |
衛星コンステレーション(星座)とは
多数の小型衛星を一体的に運用する形態のこと |
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参考文献
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