PMプロの知恵コーナー
先号   次号

PMプロフェッショナルへの歩みー10

向後 忠明 [プロフィール] :9月号

 いよいよ、プロジェクトの実行段階に入ることになりました。
 提案フェーズにおいては十分な時間をかけて契約を取りまとめることができました。技術的には日本の全銀システムをベースに顧客側の要求を組み入れて進めることにしました。

 これから実際に本プロジェクトを進めることになるのですが、経験のない一国の中枢金融機関である中央銀行(CBT)の大型システム開発でもあり多くの問題や課題が発生することもあると考え、提案書や契約書に各種提言をまとめておきました。しかし、この提案も筆者のこれまでの各種プロジェクトの経験から、実行段階でさらに多くの問題や課題が発生することも想像できました。

 そこで筆者は本プロジェクト遂行実行スタッフ編成には海外プロジェクトであったことを考慮し①システム開発経験者で英文の読み書きのできる人材②英語の読み、書きそして会話に堪能な人材等々をMUSTとして要求し、特に③全銀システム開発経験のあるND社からは英語ができなくても良いという条件でこのプロジェクトへの派遣を要求しました。

 なお、このように一緒に仕事をやったことがないメンバーの参加であり、彼らがどのような力量や特性をもっているかわかりません。その上、PMとしても他社からの出向者であり、かつシステム開発の経験もない、このような状況下でこの重要なプロジェクトにND社も人材の派遣にOKを出すかまたNI社の社員がPMの指示に従うかが心配でした。しかし、契約もすでに行われPMとして指名されたからにはPMプロフェショナルを目指す筆者としては引き下がれない状況下に置かれました。そのため以下のような手を打ちました。プロジェクト組織編成に当たって最も重要なことはそこに加わるスタッフであることはすでに述べたとおりです。しかし、このプロジェクトは派遣されたスタッフも筆者もお互い知らない者同士であったことから、互いを知ることが重要であり、そのための自己紹介等も行いこれまでの仕事経験や担当したタスクなどを聞き「好き・嫌い」と「得意・不得意」等を確認し会い、お互いの理解を得るようにしました。

 このような環境下でのシステム開発の全容もわからない人達の集まりであったが、少しでもシステム開発の流れを知るため一般的なバンキングシステムの仕事の流れをND社から派遣された技術者からスタッフとともに聴講しました。その仕事の一般的流れとその中でどのようなことを行うのかを説明してもらい、このプロジェクトの全体像を理解しようとしました。特に、このプロジェクト全体計画作成の参考とし、各ステップで何をするのか、特に基本設計のための基本調査、ニーズ分析、要求仕様化に十分な時間をかけ行わなければならないことをスタッフ全員に心掛けるようにしました。特に「PMプロフェショナルへの道―8」にて説明したように基本設計前の要求分析にての顧客との密な打ち合わせを十分でないことがプロジェクト失敗の原因となっていることに鑑み、この工程には十分な時間を取り顧客要求を明らかにするため密なコミュニケーションをとる必要性があることと「PMプロフェショナルへの歩みー9」にて説明した本プロジェクトを進めるにあたって下記をスタッフ全員に業務遂行中での心構えとして説明しました。

  1. ① コミュニケ―ションの重要さ
  2. ② 必要に応じての人材の補強
  3. ③ 基本戦略の確認
  4. ④ 契約に従った仕事の進め方等

 上記をPMとしてスタッフに再確認とその理解をさせた上で、プロジェクトのスタートのGO サインを出しました。そして、早速必要スタッフとともにCBTへ最初のステップとしてND社から派遣された技術者から教えてもらった下記に示す一般的なバンキングシステムの仕事の流れに従ってフェーズ1の基本検討及び基本設計作業に入りました。

 すなわち、要求分析は大きく基本調査、ニーズ分析、要求仕様化の各ステップにて作業を進める。

  1. ① 基本調査は関係する銀行及びCBTの現状を前もって準備した調査票に基づきデータ収集を行い、その国の為替の業務の在り方やシステム化の現状を調査、把握し、問題点、今後のシステム化の提言をまとめることです。
  2. ② ニーズ分析は調査結果に基づき現状を考慮したシステム構造上のニーズを客先と十分に検討する場、すなわち現状とあるべき姿の確認などを通して、曖昧な問題の明確化と客先の真の要求設定の確認などを行いました。
  3. ③ 上記の①②を通して顧客要求の仕様化が行われるがこの時点でも完ぺきではないケースもあるが、その内容をさらに基本設計にて詰めながら、求めるシステム化の具体的仕様をまとめた基本設計に入る。そして基本設計から運用保守までを以下の手順にて本プロジェクトを進めました。

一般的なバンキングシステムの仕事の流れ

 このプロジェクトの実行は運用保守を除いて2年半の長丁場の「山あり谷あり」でした。スタッフ全員も海外の言葉も習慣も異なる地域での長期駐在にも耐え、多くの障害を乗り越えて完成することができました。このプロジェクトの成功はPMを中心としたスタッフ全員のモチベ―ションの高さ、そして各段階における問題発生時での対応力の高さと言葉の壁にめげない技術的知見をカバーするような対応力の高さといったものと思っています。

 もう一つ、このプロジェクトの成功は提案時でのPMの問題発見とその対応そして問題点を見抜き、契約時におけるプロジェクトの進め方(要求分析と契約方法)が多いに役に立ったと思います。

 また、このプロジェクトを通して上記に示す要件分析段階にての問題解決が不十分なためこれまでに多くの失敗プロジェクトが発生した事実も理解できました。まだシステム開発の業界ではエンジニアリング&プロジェクトマネジメント手法といった手法が汎用的でなかった時代(このプロジェクトの完了時期は1990年頃)に他社から出向の上、システム開発に素人の筆者としては、このプロジェクトを経験してから異業種でもプロジェクトマネジメントといった手法が通用するとの思いを大きく持つことができました。
 この当時のシステム開発業界はPM手法や海外プロジェクトに精通した人材も多く育っていない時代でもあり、ITシステム開発分野においてもプロジェクトマネジメントの普及がこの分野にも重要と思った次第です。

 その後、IT 業界にもPMBOK®ガイドの出版によりプロジェクトマネジメント手法が普及し、そして要求分析にかかわる仕事の進め方としてのアジャイル方式といった顧客要件が不明確な場合の仕事の進め方が開発され、現在に至っています。

 筆者のJICAの調査(コンサル)案件とT国の大型金融システムの構築経験はこれまでのエンジニアリング会社から情報関連企業への転籍といった全く業種も環境の異なる場所での業務遂行そして全く経験のない要件不明確なミッションの遂行といったプロジェクトの経験は筆者にとってのPMプロフェショナルへの歩みをかなり前に進めることができたように感じました。

 来月からはPMとしてさらに上を目指すどのようなプロジェクトへの挑戦が必要か、そこで学んだことがどこまで利用可能か、そしてさらなる歩みへの向上に何が必要かについて話してみたいと思います。

ページトップに戻る