PMプロの知恵コーナー
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PMプロフェッショナルへの歩みー9

向後 忠明 [プロフィール] :8月号

 T国へ着いて、早速こちらの提案内容を説明する場を作ってもらいました。説明会での出席者は中央銀行(CBT)の副総裁、担当局長、そして開発担当予定者等であり、この対応から見てもCBT側の本プロジェクトへの力の入れ方はかなり真剣であるように感じました。そのため当方の提案書も日本銀行及びND社の全銀システム開発担当者の協力を得てCBTの納得できるようなものとし、前回訪問時での現状調査と顧客ヒアリング結果を含めた内容としました。

 その提案書に示したシステム概要はCBT内に設置されたホストコンピュータと各銀行に設置されたリレーコンピュータ間で専用線によるプライベートネットワーク(公衆パケット網をバックアップ回線として利用)を通して資金や各種データのやり取り及び決済を行うという想定でした。そして仕事の範囲は要件定義の作成、基本設計、詳細設計、プログラム製造、各種テスト、性能確認テスト(ホスト~リレーコンピュータ間)までと説明しました。
 しかし、このような多岐にわたりかつ顧客要件が明確でない場合のシステムの開発は前月号でも説明したように開発時点でのリスクや海外での開発といった事情を考え、提案書の説明では以下のような条件を付けました。

 すなわち、要件仕様が明確になるまで確実にスムーズな形で混乱することもなく開発が進むように見えても目に見えないリスクが内在していることが多くあるからです。

 <コミュニケーション>
  1. ① ソフト開発は設備建設とは異なり、アルゴリズムを中心とした仕事が中心となるので、文書及びプログラム作成に必要な英語力の必要性
  2. ② プロジェクト関係者間の意思の伝達、すなわち言語の違いによるミスコミュニケーションの防止、異文化(イスラム圏)からくる誤解の発生防止、現地の人達との調和、そしてCBTとの密なビジネスコミュニケーション

<業務知識の補強>
  1. ① この当時の担当者の顔ぶれを見てもこのプロジェクトと同じシステム開発の経験者が誰もいない為、その経験者を兄弟会社のND(株)から投入
  2. ② かなり高度な英語力が必要と判断して、N社及び関連会社からの英語力のある人材の確保
  3. ③ 対象コンピュータハードメーカとそのOSに対応したプログラム作成に必要な人材及び企業のリスト作成

<基本戦略>
  1. ① 要件定義と基本設計は顧客と共同で行い、その明確化を図る。
  2. ② 開発規模はND社の第一次全銀システムを参考に基本設計を行う。
  3. ③ 開発スケジュール及び受託側(NI社)の開発範囲は基本設計が完了した時点で明確にし、次のステップの契約に進む。
  4. ④ プロジェクトにかかわるCBT側の役割、標準化(電文フォーマット、プロトコール等)、制度変更、運用基準等々明確にする。

<契約>
 契約はプロジェクト環境を考慮し次の3つのフェーズに分割し、実行することにした。
  1. ① フェーズ 1 は基本検討及び基本設計
  2. ② フェーズ 2 は詳細設計と主要機器の調達
  3. ③ フェーズ 3 はプログラム製造及び各種テスト
 なお、フェーズ 1 は基本仕様が明確になるまで実費精算契約とし、以降の契約は前のフェーズ 1 での仕様の凍結が出来た段階で一括契約とする。

<体制>
 本プロジェクトは関係するステークホルダも多く関係性マネジメントが重要な要素と考えた。
  1. ① 顧客 (CBT)、T国銀行協会、そしてNI社の役割分担と責任ある体制作り
  2. ② NI社、CBT及び銀行協会はこのプロジェクトの一元管理として窓口となるプロジェクトマネジャの任命とそれを中心としたプロジェクト体制を作る。
  3. ③ プロジェクトチーム人材の条件
  1. 英語の読み書きに堪能
  2. 顧客の現存ハードウエアに精通している
  3. 全銀 & バンキング業務に詳しい

 以上に示す内容にて本プロジェクトを受注するにあたっての基本戦略、契約条件そして体制つくりを示した提案書、そしてシステム及びその運用等について質疑応答を行いました。
 その後、CBTの決済システムと接続する各銀行との技術的打ち合わせ (特にネットワーク構成とリレーコンピュータの仕様の確認等々) を行いました。
 このような作業を行い、CBTの求める種々の要件や条件の確認を行い、その結果を盛り込みながら提案書の見直しを行いました。
 約一週間のT国滞在でしたが、CBT側が副総裁を始め決定権のある人が会議に随時出席し、決めることは決めたことにより、思ったより順調に大きな問題もなく、帰国の途に就くことが出来ました。

 日本に帰ってからは早速日本側サイドのプロジェクトチームの編成を行い、社長直結のチーム編成でプロジェクトマネジャを中心としたメンバーを選定しました。特にメンバーについては全銀システム経験者と英語に堪能な「この人」と言う人を選んでもらい配置しました。

 特にこのプロジェクトにおいては最も重要なのはコミュニケーションギャップを最小にすることであり、特に以下のような施策をとりました。

  1. ① 言葉や文章が英語、仕様書やプログラム説明書も英語であり、技術系担当者のほとんどが英語を話せない、聞けないといったコミュニケーションギャップの解決
  2. ② 日本/T国と距離もあり意思疎通 (この当時PC 、メールやスマホもなくテレックス/ファックスと電話のみ)
  3. ③ システム開発の為、ソフト製品の輸出に関する知的財産に関する知識もない (この当時はテープにての開発プログラム製品の輸出手段しかなかった)

 以上のように「話せない、読めない、聞けない、わからない」といった環境の中でのプロジェトマネジメントの進め方、そしてプロジェクトの実行において(どのようなことがどのような時に発生するか、その時の対応は!!) 等の想定と契約においてのリスクの最小化を図る手立て等々の時間をかけて契約書を作成しました。

 そして、契約書のやり取りを日本及びT国の間で行い、内容的に問題がなくなったところで契約を行いました。

 ここにたどり着くまでは「冷や冷やもの」でしたが、思ったほどの障壁もなく順調に契約まで進むことが出来ました。
 一方のCBT側も真剣であり、早く契約をしてこのプロジェクトを積極的に進めていきたいとの思いもあったことで、順調に契約が出来たのかもしれません。
 いずれにせよ、「初めての海外輸出システム開発であり、成功に結び付くよう、立ち上げ作業をしっかりとしておく」との思いで早速本番作業に入りました。

 続きは次号

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