PMプロの知恵コーナー
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PMプロフェッショナルへの歩みー7

向後 忠明 [プロフィール] :6月号

 事業環境の変化に伴い筆者もこれに巻き込まれることになり、上司から起業にチャレンジする気持ちで物事を考えなさいと言われました。

 それから1年ほどたって会社に大きな変化がありました。

 電気通信公社の民営化に伴い、その会社が国際関連の事業を進めるということで当社を含め日本の代表的なエンジニアリング会社3社、そして大手商社5社で新たな会社を立ち上げ、国際戦略子会社を設立し、これに呼応し社内にも新たに情報通信開発室が設立されることになりました。そして筆者にもこれに加わるよう要請がありました。

 この突然の要請はこれまでの筆者の経験のみならず全く異分野のフィールドであり、その上当社にはこの分野に知見のある技術者もいません。一方、当人は化学屋であり、この電気通信技術の経験もなく全くの素人でした。それでもこれまでのプラント事業で付き合いのある関連業者の協力を得て何とか目的を軌道に乗せるべく努力しました。しかし、事業内容が全く異なるため思うような進展がありませんでした。そこで、新しくできた子会社(NI社)は情報通信を専門とする会社なのでこの会社とコラボすれば筆者のこれまでのエンジニアリング技術とPJマネジメント経験が生かせると考えました。電気通信やIT 産業の雄であるNI社なら自分を生かすためのフィールドが作れるのではないかと考えました。

 確かに自社の情報通信開発室にはそれにあった組織や人材がそろっておらず、自分を生かすフィールドを作ることが難しいと考えていました。そのため、新たなフィールドでの実務経験によりPMとしての活動範囲が広げられると考え、この会社に出向することを自ら会社にお願いしました。その結果、この会社に出向することになりました。

 そこではしばらく様子見の時間ができたので、その間にこの会社の印象で感じたことは、社員は民営化間もない本社(N社)からの移籍であり、国家公務員意識が強く、まるでドメスチック(国際業務の経験のない)な人達のように感じ取りました。そして、一般企業と比べても官僚的意識が強く、ビジネス意識はあまり感じられない様子でした。また、管理職社員は国家公務員試験合格のキャリアーパス上の人たちが多く、このことを考えると本社(N社)も国際展開にかなり力を入れているように思えました。筆者も出向元の会社の恥とならないよう、また自分の新たなフィールドでの挑戦と考え、さらなるプロジェクトマネジメント手法のチャレンジの場と考えてみることとしました。

 その後、少しでも電気通信技術知識の習得のため電気通信博物館や関連書籍などを学ぶことから始めました。そして、3か月ぐらいたった頃、NI社の常務から筆者にある案件への参加依頼がありました。その依頼内容は以下の通りでした。

 日本の政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関JICAよりの案件であり、内容はビル間のデジタルマイクロウエーブ回線を利用したジャカルタ内の通信ネットワークの構築に関する技術的検討と経済的検討(FS)ということでした。

 筆者はこのような案件には経験も知識もなく、全くの未知の分野であり、その上相談する相手もいない環境の中で「何をどうしたらよいか?」といった困った状況に置かれました。

 しかし、このような状態に遭遇した場合の解決法は「PMプロフェショナルへの道ー5」で説明したC.H.ケプナ博士によって開発されたラショナル思考プロセス(EM:Effective Management法)という問題解決のための思考スキルの活用でした。

 以下にその問題解決のためにとった思考経過を簡単に示すと、

  1. ① 案件に対し本人が錯綜、混とんとした状況と感じていることから何をどう分析し、どこから手を付けるかを理解することから始めました。
    以下が本案件のリーダとして与えられた案件への対応です:
    <直面する課題>
     まず入札案件であるので、下記を解決すべき優先課題として挙げてみました。
  • JICAの団長となるにふさわしい技術力とマネジメント力
  • 新しい会社社内でのリーダとして信頼度獲得
  • 案件調査に必要な技術・財務及び英語能力のある社内及び外部からの人選
  • 競争入札であるので競合相手企業のプロファイル
  • JICA案件の入札方式と評価基準と、JICAとN社またはNI社との関係

    ここで挙げられた項目はすべて不確実性のあるものであり、まず手を打たなければならない優先順位としては
  • 本案件にかかわるプロジェクトへの適切な人材の確保と組織編成
  • JICA 案件にかかわる調査のため、N社及びNI社の中にJICAと関係する人材の有無の確認とその接触
  • 競合相手の調査とJICA関係者からのヒアリング

 次はあるべき姿と実際の姿のギャップ分析と解決策

  • 新参リーダのあるべき姿と自身の技術能力のギャップの解決
    リーダとしては技術士と同等の能力の実績をアッピール。技術能力は N社およびNI社の持つ必要な技術と関連技術をエンジニアリング手法とPM技術により本件の遂行可能性を提案。
  • 初めてのJICA案件であるが本社(N社)を含めたJICA関係者からのヒアリングによるギャップの解決
  • 競合相手の能力調査では企業体力からみてコスト競争力は十分あると判断

 しかし、まだ入札前であり、多くの課題や問題が残るが、この会社の技術的問題はクリアーできても、まだリーダの信頼度に疑問が残る。ここでSWOT分析によっての判断が必要となる。

強み 技術的実績及び豊富な技術者 リーダのPM及びエンジ 能力に期待
N社からJICAへの派遣技術者の存在
弱み リーダ(団長)の電気通信分野の経験と技術、技術者の英語能力と海外PJ経験
リスク 初めてのJICA案件への挑戦、リーダの電気通信技術の弱みと団長資格、
NI社はじめての海外案件
機会 新会社発足後の初めての案件であり、今後の将来案件への期待での戦略的考慮の受注方針

 この案件の受注及び実行の実績作りは会社の戦略的重要案件としての位置づけから、弱みやリスクに対して、強みによる確実な補強からみて、本案件の受注及びその実行可能性は十分ありと判断し、本案件を進め受注することができました。

 受注後は相手方インドネシア通信公社(PT テレコム)との打ち合わせとなり早速インドネシアに出かけ、作業内容の打ち合わせなどを行いました。そこではマスタープランの構成と調査内容の詳細そしてPT テレコムの担当者の紹介等の確認を行いました。

 作業内容は既存設備を利用し、ジャカルタ首都内の通信網の拡充を目的としたマイクロウエーブによる加入者回線の増設を行うことであり、そのための需要調査と技術的検討そしてその妥当性検証を行うことでした。その理由はジャカルタ市内のインフラは混雑しているので加入者回線をケーブルにて敷設するには困難がありビル間をマイクロウェーブを利用してその代替案とすることでした。

 この仕事はジャカルタ特有の特殊事情を考えた仕事であったが、加入者回線にかかわるチームメンバーの中には多くの経験を持っている者もいたので技術的には何ら問題ありませんでした。なお、本案件の仕事の手順と計画はリーダとなる筆者が問題なく立案し、FSについては経験あるファイナンス人材もそろえJICAの求める要求を十分満足できる体制のもと、マスタープランの作成への行動に移ることができました。

 作業そのものはインドネシアの現地調査と日本での作業やJICAとの打ち合わせ等を含め何回か両国を往復し作業を進めました。このように現地調査及び技術的検討は通信公社(PTテレコム)との良い関係で作業も順調に進み、技術仕様及びFS作成も順調に進むことができました。なお、具体的なマスタープラン作成ではJICA から求められた内容にかなり難しい注文が入りましたが大きなクレームもなく終了することができました。しかし、マスタープランの構成はかなり詳細な内容となり、大変苦労したがそれでも日本語と英語での作成であり、どちらも350ページにわたるものとなりました。

 以上が①出向先の新しい業務環境の中での②初めてのJICA案件への対応、そして③技術専門外の具体的プロジェクト要件の作成④知己のないメンバーの選出とその仲間との良好なコミュニケ―ションクライメートの醸成作り等々これまで経験したことのない案件の受注活動とマスタープラン作成に必要な各種活動までの主なリーダとしてとってきた過程です。すなわち、この案件はプロフェフェッショナルの条件にも示した「ミッションの基本構想からプロファイルによりそこにある問題を発見、そしてその解決策を整理し、企画書またはマスタープランに落としこむといった仕事」であり、プロジェクトマネジメントの超・上流作業の一環であり、プロフェショナルPMにも必要な絶対・必要要件と考えます。

 来月号はシステム開発案件の話をします。

 今月は以上です。

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