例会部会
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「第165回例会」報告

PMAJ例会部会 枝窪 肇: 10月号

 日頃、プロジェクトマネジメントの実践、研究、検証などに携わっておられる皆様、いかがお過ごしでしょうか。今回は、8月に開催された第165回例会についてレポートいたします。

【データ】
開催日時: 2012年8月24日(金) 19:00~20:30
テーマ: 「リスクマネジメントと意思決定」
講師: 新興プランテック株式会社(プロジェクト審査部/部長) 榎本 徹氏

 今回の例会は、新興プランテック株式会社でプロジェクト審査部においてプロジェクトマネジメント全般の監査を担当されており、またライフワークとしてCSRおよびリスクマネジメントに携わるかたわら、環境カウンセラーとしてもご活躍の榎本徹氏(以下、講師)をお招きしました。

 冒頭で、次のような組み写真が示されました。①港湾に落ちた車を小さめのクレーン車が引き上げようとしている。②重みに耐えられずクレーン車が海に落ちた。③一回り大きいクレーン車を持ってきて車とクレーン車を一度に引き上げ始めた。④重みに耐えられずクレーン車がまた落ちた。⑤さらに大きなクレーン車を用意し個別に引き上げた。リスクマネジメントができないとこうなるという例の紹介でした。

 このあとの内容(本編)は、以下にダイジェストでご紹介します。

リスクマネジメントについては
2009年にISO31000「リスクマネジメント-原則及び指針」が発行された
ISO31000は日本でもJIS化された
今やリスクマネジメントは従来のような「いけいけどんどん」「勘と経験と度胸」ではやっていけない
リスクマネジメントは「意思決定」の分野が非常に重要である
「意思決定」は「行動経済学」の体系から大きな影響を受けている
ことから、本日は「リスクマネジメントと意思決定」に関する話題を2章構成で提供します。

 私の会社では常時大小200程度のProjectが動いています。残念ながらコスト、納期、品質など様々な面での失敗プロジェクトがあり、こうした失敗を未然に防止するために8年前にプロジェクト審査部を立ち上げました。この8年間で管理対象となったProjectは約80件で、審査回数はおそらく500回位になっていると思いますが、おかげさまでこの8年間では失敗Projectは1件も出ていません。こうしたノウハウを第2章でお話しし、第1章ではISO31000に関することをお話しします。

第1章 ISO31000リスクマネジメント編
 従来のプロジェクトマネジメントシステムにはリスクマネジメントが必ず包含されていますが、既存の方法ではリスクマネジメントは不十分だと考えられています。
 そもそも「意思決定」と「リスクマネジメント」は相互に深く関連しています。それは、リスクマネジメントが意思決定で必要な、合理的な判断材料を提供してくれるからです。
 一方で、リスクマネジメントは各分野で独自に発展してきたため、本家が存在しない(分家だらけである)と考えられてきました。
 2009年に発行されたISO31000は、長らく本家不在であったリスクマネジメントのグローバルスタンダードの登場ということになります。
 なおJISでは、JIS Q 31000=骨組み、JIS Q 73=用語、JIS Q 31010=技法としてまとめられています。
 従来のリスクマネジメントと新しいグローバルスタンダードでは用語の定義に違いがあるため、その意味を正しく理解する必要があります。
リスク
目的に対する不確かさの影響のことを指します。目的のないものにはリスクマネジメントは適用できません。
リスクアセスメント
リスクを特定し、分析し、評価する三つのプロセスの総称です。リスクアセスメントのアウトプットから意思決定がなされます。
リスクアセスメントには実際のリスク対応は含みません。
リスク対応
リスク対応は計画を立案することから始まります。なぜなら計画がなければ有効性を判断できないからです。計画には過去の教訓を反映させることが望ましく、また、リスク対応をどこまで行えばよいかを判断するためにも、対応の終結を定義しておくことが望ましいと考えます。
リスクアセスメントの役割
未来情報を意思決定者に示し、最適なリスク対応を遂行するために実施するものです。
リスクアセスメントには、最適な意思決定を下すために不足する情報を補うための役割があります。

第2章 意思決定編
 リスクマネジメントは、意思決定者が最適な意思決定を下すための未来情報を提供してくれます。ですから、意思決定の質がリスクマネジメントから得られる未来情報の質に影響されるのは間違いありませんが、リスクマネジメントだけでは正しい意思決定は絶対にできません。
 多くの場合、意思決定にはリスクマネジメントの結果だけでなく、意思決定者の置かれた状況、未来情報の与えられ方、過去の体験や教訓などさまざまな「バイアス」(bias=偏り)が影響を与えるため、私たちはこの「バイアス」を理解しなくてはなりません。
 本日はプロジェクトマネジメントの現場で比較的見掛け易い認知バイアスを紹介します。
パラダイムシフト
リスクマネジメントシステムの有効性を高めるためには、意思決定者の固定概念を取り払い、頭と心の柔軟性を保つことが必要ですが、人の先入観や既成概念を変えることは容易ではありません。
固定観念による失敗事例を繰り返し聞かせることで、意思決定者にパラダイムシフトを起こすことも必要です。
スキーマの影響
スキーマとは「一つの例でこうだから、同じようなことではすべてこうなる」と思い込みが先行する思考のことです。
スキーマは、意思決定者にバイアスを与えて判断を誤らせる代表例です。
サンプルの偏りと統計の操作
データ取得のサンプルの選び方によってはその平均値は大きな偏りを示すことは当然ですが、時に人は、自分が誤ったサンプル選びをしていることに気付かないことがあります。
また、統計は数字に着目させることで容易に人を騙すことができます。(「三人のうちの一人」を33.3%というとより多く感じる)
バリエーション拡充の影響
試食販売の実験において、選択肢が多い方に人は集まるけれども、選択肢が多いと商品は売れないという結果が得られました。
プロジェクトマネジメントにおいても、PMに情報を提供するのであれば、情報は絞り込んだ方が意思決定の質は向上します。

 プロジェクトマネジメントの指針がISO21500としてまとめられてつつあり、日本でもこれをJIS化することが検討されています。これはつまり、PMBOKやP2Mを超えたグローバルスタンダードができるということであり、また、日本ではそれが国の基準になるということです。
 ISO9001,14000,31000,21500など、マネジメントシステムの概念は今や「社会心理学」の領域にまで踏み込んできていることから、私たちも学習の領域を広げない限り社会についていけなくなるということなのではないでしょうか。

 以上のように、マネジメントに携わる全ての人への警鐘も含め、リスクマネジメントについてあらためて考えさせられたご講演でした。
 最後に、講師から複数の参考文献が紹介されました。興味をもたれた方は、協会ホームページの「PMAJライブラリ(例会・関西例会)」のページに  リンクはこちら 、発表資料をアップロードしていますのでご参照いただければと思います。
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