P2M研究会
先号   次号

「日本酒造りとP2M」

P2M研究会メンバー 仲田 弘 (PMR) [プロフィール] :4月号

1.はじめに
 今まで趣味で学んできた「日本酒の造り方から出荷まで」について記し、次に簡単にP2Mと対比してみたいと思います。

2.日本酒の造り方から出荷まで
◆日本酒とは
 「日本酒と清酒は違う。米と水だけで造ったものが日本酒である」と、純米酒の復活に尽力された故上原浩氏は主張しています。
 日本酒とは昔から伝承されている造り方で米・水・麹・酵母で造った純米酒のことです。一方、清酒とは、戦後の米不足の際に導入された製造法で造られる三倍増醸清酒や醸造アルコールを添加して造られた本醸造酒などをさします。しかし、ここでは日本酒も清酒も一括りにお酒と呼ぶことにします。

◆お酒の種類
 お酒には、精米歩合や醸造アルコールなどの添加の有無により色々な種類があります。例えば純米大吟醸酒・大吟醸酒・純米吟醸酒・吟醸酒・純米酒・本醸造酒・普通酒などです。
 名称に「純米」が付いていないお酒は、規定量以下の醸造アルコールが添加されています。この醸造アルコールの添加をアル添といいます。普通酒以外では、アル添は度数95度のアルコールを、酒造りに使った精米後の米の重量に対し10%を超えない量まで添加することが認められています。
 普通酒は、量を増やすために、後述の醪(もろみ)に醸造アルコールの他、糖類や酸味料、アミノ酸などを添加して造られたものです。添加物により味の調整をしています。

◆酒米や麹菌・酵母の種類などでお酒の香りや味わいが変わる
 酒造りに合う米を酒造好適米または単に酒米といいます。全国で約90種類以上もの酒米が生産されています。この代表例は山田錦や五百萬石、美山錦などです。
 米の中心にあるデンプン質の部分を心白と言います。酒米の特徴は、粒が大きくて心白も大きく、タンパク質の含有量が少ないことです。
 コストを下げるために酒米ではなく飯米を使う場合も有ります。造られるお酒の量は飯米を使ったお酒の方が圧倒的に多いのが現状です。
 お酒には使われるお米の成分が溶け出しますので、お米の種類によって出来上がるお酒の味が大きく左右されます。
 麹菌は、日本醸造学会によって平成18年10月12日にわが国の「国菌」に認定されています。この麹菌や酵母の種類、水の硬度によっても出来上がるお酒の香りや味わいが異なるものになります。

◆蔵主と杜氏の役割
 このようなことを意識しながら、どのような酒を造って売るのかを考えるのが酒蔵の 経営者すなわち蔵主の役割です。
 杜氏は、酒造り職人集団である蔵人の監督者であり最高製造責任者です。蔵主と杜氏は、お酒の売れ行き・購買層の動き・嗜好の動きなどを考慮し、造るお酒の種類と仕込み量を決定します。次に、米の作柄・価格から酒米を選定して買い付けをします。昨年は暑すぎて酒米の作柄が悪く、蔵主も杜氏も今年の酒造りでは心を砕いたことでしょう。

◆酒造りは杜氏と蔵人の仕事
 酒造りは杜氏と蔵人の仕事です。全権を任された杜氏は、一般に大吟醸酒から普通酒まで色々なお酒を仕込むため、1シーズン(11月頃~3月頃)で造るお酒の仕込み順を計画します。
 次は造るお酒の設計です。蔵主の要望するお酒にするため、酒米・精米歩合・アル添の有無・麹菌の種類・酵母の種類・仕込みの量などを考慮します。同じ銘柄のお酒であっても、酒米の作柄・造り年の気候(気温や湿度など)によって毎年設計内容が少しずつ変わります。仕込み順の計画とお酒の設計が出来たら、次は酒造りに入ります。

◆酒造りのプロセス
 酒造りは、精米から始まり洗米・浸漬、水切り、蒸きょう(蒸し)・放冷、製麹(米麹造り)、酒母造り(酛(もと)造り)、仕込み(醪(もろみ)造り)、上槽(搾り)から成り立っています。杜氏はこれらの作業を蔵人に指示・管理して進めます。最後に出来上がった原酒を貯蔵タンクに保管します。
 仕込みタンク1本のお酒を造るのに酒母造りで約2週間、醪造りで約3週間~1ヶ月間かかります。
原酒が出来るまで

◆精米
 精米は玄米の表面近くにある粗脂肪、粗蛋白質灰分など、酒造りにとって有害な成分をできるだけ削り落とします。精米にかかる時間は精米機の大きさや玄米の量によって異なりますが、時間をかけて少しずつ削っていきます。

◆酒蔵では多量の水を使う
 酒蔵では多量の水を使います。多くは二つの井戸を掘って使い分けています。仕込み水とは、洗米や浸漬、蒸きょう、加水に使う醸造用の水のことです。地中深く掘った井戸から良質な水を確保します。もう一つは、桶や道具などの洗浄用に使う水のための井戸です。

◆酒造りの原点は蒸米作り
 酒造りは「一麹、二酛、三造り」と言われます。しかし、杜氏が酒造りの中で一番重要と考えているのは蒸米の出来具合です。良い蒸米を作るために、色々と心を配ります。例えば米の作柄が悪く固い場合には、米が砕けないように一回に削る量を少なくし、通常より時間をかけて精米します。精米機を持たない蔵では、精米所へ出かけて行き、雑な精米がされないように時々監視するそうです。
 また、水温によって洗米・浸漬の時間を調整します。洗米では米の糠を十分に洗い落とします。浸漬では米の吸水状態が均一にかつ適度な状態になるようにします。その後、適度に水をきります。因みに洗米・浸漬に使う水は専用のタンクに汲み置きして水温が一定に保てるようにしています。
 次は蒸きょう(蒸し)です。蒸籠のような甑(こしき)で一度に沢山の蒸米を作ります。蒸米は米麹造り・酒母造り・仕込みの三つの用途に使います。酒母造りや仕込みに使う蒸米を掛米と呼びます。これら蒸米の用途によって、甑に米を張る順番を決めて、蒸す時間を調整します。良い蒸米はさばけが良くて米粒が外硬内軟すなわち外側が硬く内側が軟らかいものです。このような蒸米が出来るように気を配ります。蒸米の良否は、ひねり餅にしたときの感触で確認します。直接食べることによっても確認します。
 蒸米は適度な温度に冷やして(放冷)使用します。

◆製麹(米麹造り)
 米麹造りも酒造りにおいては重要な鍵となります。米麹には酒母を造る時に使用する「酛麹」と、醪を仕込む工程で使用する「掛麹」があります。それぞれの目的にあった米麹造りが要求されます。
 酒米の特徴として心白があると書きましたが、米麹造りの際に心白があることによって麹菌が菌糸を伸ばしやすくなります。蒸米の芯の方に向かって菌糸が入り込むのをハゼコミと言います。ハゼコミ状態の良い米麹造りを目指します。
 蔵人の一人で、米麹造りを任されるスペシャリストを麹屋さんと呼びます。麹屋さんは、麹菌がハゼコミしやすいように室温30度に維持した麹室で作業します。ハゼコミの状態は、見た目、香り、温度や湿度などの状態から判断します。したがって経験を積まないとコントロール出来ません。

◆酒母造りと発酵
 ワインは絞った葡萄ジュース(糖分)を葡萄に付いた酵母によって発酵させる単発酵で造ります。
 ビールは、麦芽に水を加え温めて麦芽糖に変え(糖化)、そこにホップとビール酵母を加えて冷蔵し発酵させるという単行複発酵によって造ります。
 酒造りはワインやビールとは異なります。酒母造りは、仕込み水に乳酸を加えて良くかき混ぜた所に清酒酵母と酛麹、掛米を加えて撹拌します。これにより麹の酵素によってお米のデンプンがブドウ糖に変化する糖化と、酵母がブドウ糖を摂取してアルコールを生成する発酵とが同一容器中で同時に起きます。これを並行複醗酵と言います。並行複醗酵は非常に難しく高度な技術を必要とします。
 酵母造りは大きく分けて生酛系と速醸系に分類されます。生酛系は生酛造りと山廃酛造りに分けられます。ここで記した酒母の造り方は速醸系です。

◆醪造り
 次に酒母を仕込みタンクに移して、掛麹と仕込み水と掛米を加えて櫂を入れる醪造りです。醪も並行複醗酵で造ります。
 醪は一般に三段仕込みで造ります。三段仕込みとは、掛麹と掛米と仕込み水を3回に分けて加え増量していく手法です。1回目を「初添え」、2回目を「仲添え」、3回目を「留添え」と言います。
 初添えでは酒母に少量の掛麹と掛米を投入し、仕込み水を加えて櫂入れをして良く撹拌します。仲添えでは初添えの約2倍量にあたる麹と蒸米と仕込み水を投入して櫂入れをします。留め添えでは仲添えの約2倍量にあたる麹と蒸米と仕込み水を投入して櫂入れをします。このようにして増量していきます。

◆温度管理
 酒母造りも醪造りも温度管理が重要です。仕込みタンク内の酒母や醪の発酵状態が適度になるように、日に何度も櫂入れをして撹拌し、タンク内の醪の状態や温度を均一に保ちます。また、酒母や醪の温度を測って、冷やしたり暖めたりして温度を管理します。
 酒母や醪の発酵状態は目で見て判断し、分析して確認します。
 このようにして約3週間~1ヶ月間発酵させ、醪の発酵状態が終盤を迎えたら上槽に入ります。

◆アル添
 アル添をするのは醪造りの最終段階です。上槽の約2日前から2時間前にかけて、30%程度に薄めた醸造アルコールを醪にゆっくり加えて櫂入れをします。
 アル添をすると醪の発酵が止まるので、酒質の調整に使う酒蔵もあるようです。

◆全麹造り(オール麹)
 酒母や醪造りで掛米を加えると書きましたが、掛米を加えずに酛麹と掛麹だけで仕込む方法もあります。この方法で造られたお酒を全麹造り(オール麹)と言います。

◆上槽(搾り)
 醪を搾り、原酒と酒粕に分ける上槽は大きく分けて二つの方法があります。
 一つは、大吟醸酒など酒袋を使って昔ながらの袋吊りで搾る方法です。これは、醪を酒袋に入れて袋ごと吊し、自然に滴り落ちる雫を集めて斗瓶(とびん)に取り保管します。
 もう一つは、大吟醸酒以外のお酒を搾る方法で、圧縮空気で搾るヤブタ式などの機械を使って搾り貯蔵タンクに保管します。

 酒蔵によっても異なりますが、一般に杜氏と蔵人は冬場だけの季節労働者のため、杜氏と蔵人の仕事はここまでとなります。

 ここからの作業は年間を通しての作業となるため、酒蔵の専任担当者の仕事となります。専任担当者は工場長と呼ばれたり製造部長と呼ばれたりします。この担当者と従業員が数名で作業に当たります。

◆濾過・加熱殺菌・熟成
 保管された原酒は、新酒として直ぐに瓶詰めされて出荷される場合と、濾過・加熱殺菌して発酵を止めた後に、秋頃まで貯蔵タンクで熟成させてから瓶詰して出荷する場合があります。

◆新酒と熟成
 新酒は若々しく爽やかではあるけれども少々荒い味がします。
 熟成されたお酒はまろみを帯びて旨みが増し、バランスのよい深みのある味に変化します。
 新酒の原酒に、加水も加熱処理もしないで瓶詰めしたお酒を「無ろ過生生原酒」と呼びます。

◆調合・加水・濾過、加熱・瓶詰め
 新酒や熟成させた原酒は、同じ銘柄であっても貯蔵タンクによってわずかながら味が異なります。そこで、同一銘柄の貯蔵タンクの原酒をブレンドして味を均一に調合します。
 次に、加水してアルコール度数を整え濾過します。その後、火入れ(加熱)して瓶詰めし、出荷を待ちます。
 瓶詰めは機械を使います。ビールや清涼飲料水の瓶詰め工程をテレビなどで御覧になった方も多いと思いますが、規模の違いはありますがお酒の瓶詰めも同様です。
 加水の加減や濾過の加減、火入れの加減によって、せっかく素晴らしい味に仕上がったお酒が台無しになってしまうこともあり、造りと同様に気が抜けない仕事になります。
一般的な瓶詰めまでの工程

◆酒造りは生き物との格闘
 このように、酒造りは麹菌や酵母などの微生物を扱う繊細な多くの作業からなります。また、蔵の設備や環境、気候といった自然環境にも大きく影響を受ける奥深い仕事です。杜氏や蔵人、製造部長または工場長など多くの人達の豊富な知識や経験・スキル・ナレッジによって支えられています。

3.P2Mとの対比
◆オーナーの思い
 お客様に喜んでもらうために蔵主がどのような酒を造って売りたいか、それがオーナーの思いとなり、全ての出発点となります。

◆構想計画
 スキームモデルである構想計画では、蔵主の意図を杜氏に伝え、蔵主と杜氏で相談しながら構想計画を策定します。
 杜氏は、プログラムマネージャ兼プロジェクトマネージャです。
 蔵主と杜氏は、プロファイルマネジメントによって酒の売れ行き・購買層の動き・嗜好の動きなどを考慮しつつ造るお酒の種類と製造量を決定します。

◆システムモデル
 酒米の選定・買い付けから、熟成・瓶詰の工程を経て、在庫として保管するまでがシステムモデルの範囲となります。
 麹造りや酒母造り、醪造りがそれぞれプロジェクトです。また、醪造りでは一つのタンクへの仕込み単位で異なるプロジェクトなります。同じ種類のお酒でも、仕込みタンクが異なれば仕込みも数日ずれるので、それぞれ異なったプロジェクトです。
 これらのプロジェクト全体を上手く管理してお酒造りを成功に導くのがプログラムマネージャ兼プロジェクトマネージャである杜氏です。
 工場長または製造部長もプログラムマネージャ兼プロジェクトマネージャの一人です。
 出荷計画の策定、出荷計画に沿って、一升瓶・四合瓶・300ml・180mlなどのサイズ毎の瓶詰、出荷量に応じた納税のための情報管理など、多義にわたる作業をこなします。

◆サービスモデル
 蔵の事務員、営業の仕事です。瓶詰めされて在庫となったお酒を、注文に応じて出荷・販売します。また、販売店が掴んでいる情報の吸い上げ、試飲会などでバイヤーや一般のお客様と直接接触して、商品情報を提供し、市場の情報を収集する、と言った販売促進活動やマーケティング活動を展開します。
 サービスモデルで収集された情報を分析し、次のお酒造りのスキームモデルに活かします。

4.おわりに
 筆者は純米無濾過生生原酒を愛でる者の一人です。淡い山吹色をしたそのお酒は、新酒のうちは淡い香りと荒々しさの中にも芳醇な味わいがあます。また、低温で熟成させると荒々しさが取れてまろやかで更に旨みが増した美味いお酒になります。

 日本酒の業界は現在非常に厳しい状況にありますが、良い話もあります。
 一つは、本当のお酒は美味しいということを消費者に知らしめることです。純米酒の人気がじわじわと拡大し、若い人たちにも人気が出てきています。
 良い話のもう一つは、海外でも日本酒の人気が出てきていることです。
 故上原浩氏が提唱したのは「何も添加せずしっかりした造りの酒は、崩れずに熟成し、お燗して飲むことにより最高の味わいとなる」です。そこで、海外でもお燗による飲み方を推奨して、料理に合わせて楽しむ、お酒の温度の違いによる味わいの変化を楽しむ、など多様性が増すことを伝えれば、更に多くの人達に受け入れられると思います。
 これからの日本酒業界は、海外市場へ目を向ける必要があります。そのためには、P2Mのサービスモデルやスキームモデルを考え直してみる必要があると思います。

 筆者が所属している日本酒造り愛好会のホームページのURLを参考に記します。酒造りの内容を写真でよりわかりやすく掲載しています。興味のある方はアクセスしてみてください。   リンクはこちら
以上
ページトップに戻る