関西P2M研究会コーナー
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プロジェクトマネジメントによるメンタルヘルス向上について

関西P2M研究会 小田 久弥:7月号

1.はじめに
 近年、メンタルヘルスの悪化が大きな問題になっている。健康な生活を妨げる原因として、WHOの2020年予測は、1位が心筋梗塞などの虚血性心疾患、そして2位がうつ病となっている。うつ病は、非常にやっかいな病である。何かをする気力がなくなってしまい、意欲がなくなる。その結果、日常の生活に支障をきたす。うつ病の治療には長期の休職を必要とする。休職により収入も減り、医療費もかかるため経済的にも厳しくなる。また、再発しやすい病気である。最悪のケースは、生きる気力までもなくし、自らの命を絶ってしまうこともある、恐ろしい病気である。また、従業員がうつ病にかかると、生産性の低下、作業品質の低下が起こり、会社に突然来なくなったり、予期せぬ突然の休職なども起こり、企業にとっても、大きなダメージとなるものである。
2.自己紹介
 私は1986年に入社し、以来一貫してIT関連のプロジェクトマネジャーを担当している。IT業界は、残業も多く、時には休日出勤や深夜勤務も必要になることがあり、労働条件の厳しい業界であると言える。私の職場でもメンタルヘルス悪化が課題になっている。私自身も、昨年うつ病を患い、6ヶ月ほど休職した。幸い、早期に治療を開始し、職場の理解もあったため、充分な休養を取ることができ、早期に復職することができた。6ヶ月休職した私のケースでは、比較的短いケースだと思う。1年以上休職している方や、何度も再発して復職・休職を繰り返す方もたくさんいらっしゃる。自分がかかってみて、本当にやっかいな病であることを改めて認識した。同時に、日ごろの生活の中でメンタルヘルス向上について意識してゆけば、高い確率で、心の病を予防できると思った。
3.プロジェクトマネジメントによるメンタルヘルス向上
 平成12年労働省(現厚生労働省)が「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」を発表した。以下の4つの指針を打ち出している。
  @労働者自身による「セルフケア」
  A管理監督者による「ラインによるケア」
  B事業場内の健康管理担当者による「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」
  C事業場外の専門家による「事業場外資源によるケア」
上記4項目の中で、A「ラインによるケア」が、実際のプロジェクトの中でのケアに当たる。プロジェクト内でのプロジェクトマネジメントを実践することにより、メンタルヘルスを向上させる方法について考察してみる。
3−1.メンタルヘルスについて正しい知識を持つ
 まず、正しい知識を持って取り組むことが大事である。メンタルヘルス教育を実施して、正しい知識を広めているすばらしい企業も増えている反面、決して正しい知識を持たない職場もいまだ残っているというのが実態であろう。「うつは心の弱い人がなる」「うつにかかるのは怠けているから」「うつになったら治ることはない」などというような、全く誤った認識の言葉も、まだ聞かれる。うつは「心が弱い、強い」とかで決まるものではない。「怠けているから」などとは、もってのほかである。また、早期に正しい治療をすれば、治る病気である。書面の関係で、今回は、メンタルヘルスの内容については触れないが、どのような状況で、発症しやすいのか、発症しやすい人、しにくい人の特徴、うつ病の特徴、症状などのメンタルヘルスの知識は、プロジェクトメンバー全員が正しい知識を持つことが重要である。特に、プロジェクトマネジャ-、サブリーダークラスの方々は、メンタルヘルスの知識は必須であると考える。これにより、@労働者自身による「セルフケア」、A管理監督者による「ラインによるケア」が可能となるのである。
3−2.風通しの良いプロジェクトの場の雰囲気づくり
 プロジェクトメンバが課題を自分で抱え込み、悩み、ストレスをためるということがメンタルヘルス悪化の一因である。悩みは、仕事上の悩みもあれば、私生活の悩みもあるだろう。プロジェクトメンバが悩んだときに、誰かに相談できる、あるいは、相談できずに悩んでいるメンバーを見つけて、話しを聞いてあげることができる、風通しの良いプロジェクトの場の雰囲気づくりが重要であると考える。そのような場の雰囲気作りをプロジェクトマネジャ-は行わなければならない。最近は、成果主義が強くなり、また、仕事とプライベートは別という考え方が広まり、仕事以外の会話が少ないプロジェクトもあると聞いたことがある。やはり、仕事以外の面でもお互い知り合い、雑談ができるような暖かい雰囲気を作れるようにしておくことで、メンバーもリラックスして仕事に取り組むことができる。
3−3.目標の共有化、動機付けをしっかり実施
 幸福であるか、不幸であるかを決めるのは、周りの状況でなく、その本人の感じ方であるという。やりがいを持って仕事を行うのと、不満を持ちながら行うのではまったく違う状況になってくるだろう。「楽しい」「やりがいがある」と思いながら仕事を行ったほうが、ストレスは少なくて済む。プロジェクトマネジャーは、プロジェクトメンバーに対して、プロジェクトの目標の共有化を行い、何のためにこの仕事を行うのか、その中で、あなたはどんな大切な役割を持っているのか、何を期待しているのかをしっかり説明することが必要である。そうすることによって、プロジェクトメンバー全員が一丸となってゴールを目指すようにすれば、全体に活気が出てきて、楽しく仕事をすることができる。
3−4.課題共有化の推進
 私も経験があるが、自分の担当範囲で課題が発生しても、「皆に迷惑をかけたくない」という善意の気持から、課題をできるだけ公表せずに自己で解決してゆこうとすることがあると思う。SEは、基本的には真面目な人間が多いので、私の経験上、このように自己で課題を解決しようとする人が多いように感じる。しかし、この自己解決を行おうとする努力が、課題発見の遅れにつながり、プロジェクトのトラブルを発生させる危険性を持っているのと同時に、メンタルヘルス悪化の原因にもなりえてしまうのである。私は、プロジェクトの中で課題を共有化することの重要性を訴えていくことで、課題を出しやすい雰囲気作りを行っていった。また、日報、週報、月報、あるいは課題表運用ルールなどを策定し、メンバーが課題を出しやすい仕組みづくりも行っていった。
3−5.進捗管理をしっかり実施する
 プロジェクトの追い込み時期、ある程度の残業は避けることができない。しかし、個人に負荷がかかりすぎたり、長時間残業が長く続いたり、休日出勤が続くと、ストレスや疲れが蓄積されてくる。
ストレスや疲れは、メンタルヘルス悪化の要因である。プロジェクトマネジャ-は、計画時点では、無理のないスケジュールと個人へのアサインを行い、実行時点では、進捗管理をきっちり行い、遅れが出始めた場合は、早期に原因究明と対策を実施するようにしなければいけない。残業・休出が常に多い、いつも出来てることが急にできなくなっている、提出物が出てこない、進捗が遅れている、ミスが多くなっているなどの現象が見られた場合は、発症予備軍になっている可能性がある。プロジェクトでそのようなメンバーがいる場合は、プロジェクトマネジャ-がその担当と話しをして、ケアを行うとともに、しかるべき対処を行うことが必要である。このような時期に、的確な対応をすれば、発症を事前に食い止めることができると思う。ここが一番重要なポイントであると考える。
4.終わりに
 以上述べてきたことを振り返ってみると、3−2.風通しの良いプロジェクトの場の雰囲気づくりについては、P2Mのコミュニティマネジメント、あるいは、プロジェクト組織マネジメントで述べられている。3−3.目標の共有化、動機付けをしっかり実施は、プログラム統合マネジメント、あるいはプロジェクト組織マネジメントで述べられており、3−4.課題共有化の推進、3−5.進捗管理をしっかり実施するは、プロジェクト目標マネジメントで述べられている。
 言い換えれば、メンタルヘルスの知識をしっかりと持ったうえで、P2Mの知識体系を実践してゆくことで、プロジェクトのメンタルヘルス向上を実現できるのである。
 私の今後の役目は、私の闘病体験をもとに、メンタルヘルス向上策、発症を予防する策を考え、世の中に広めてゆくことであると認識している。プロジェクトマネジメントおよび、メンタルヘルスの知識によって、心の病にかかる人を一人でも減らすことができるようにしてゆきたい。「疲れ果てた顔」でなく「いい顔」をしている社会人を増やしたい、これが私の夢である。
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