協会理事コーナー
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小さな世界でのプログラムマネジメント

日本ユニシス株式会社 白井 久美子 [プロフィール] :4月号

 この2ヶ月間、会社から家に帰った後、毎晩深夜までとある作業に没頭している。高校留学中の娘がこの6月に卒業するのだが、その学年の卒業記念となるDVDアルバムを制作しているのだ。結婚式の披露宴などで、よく見かける新郎新婦の出会いから結婚ゴールインまでを物語ふうに編集した音楽つきスライドショーである。部下の結婚披露宴で最近見たスライドショーはかなり凝っていて、昔のようなただ写真が切り替わり表示されるだけの単純なものではなくなっている。
 ものづくりが好きな私は、一度この映画作りにも似たDVD制作を手掛けてみたくて、卒業記念品DVD制作担当をかってでた。まずは編集SW選び。フリーソフトでもかなりのことができるが、有償でプロ仕様のものにはかなわない。プロっぽいものを制作したかった筆者は、迷わずある有償SWの使用契約を結んだ。クラウド上のAPである。
 筆者は映画制作の経験はないが、本の著作や編集の経験はある。DVD制作は映画や本の制作と似ているのではないか。1本の作品を制作するのに、テーマを決め、構成を決め、ストーリーを決め、投影時間の配分を決め、映像の雰囲気にあった音楽を選曲し背景や画面切り替えの効果を設定する。生徒や保護者から収集した写真数百枚から適切なものを選びバーチャルネガと呼ばれるスライドショーのストリームにセットしていく。だんだんとそこに1つの物語ができあがってくるようでとても楽しい。
 この3年間仕事をしながら名古屋工業大学後期博士課程で研究を続け、土日は朝から夜中まで毎週論文執筆に時間を費やした。生き抜き・娯楽てきなことはこの3年間ほとんど棚上げになっていた自分にはそうしたものづくりに当てる時間がとても新鮮に感じられた。博士論文提出後、卒業も決まり、こうしたことに時間を惜しみなく使えるこの状況に喜々とし、筆者は、ここ最近毎日が楽しくてしかたがない。研究者としては、論文発表後も研究の続きとして課題に関する考察を継続せねばならないのだが、今は研究のことはすっかり忘れてこのDVDの制作に没頭している。
 仕事や研究でいつもプログラムマネジメントを意識しながら行動してきた筆者は、ふと、目の前のDVD制作の中にも小さな世界のプログラムがあるように思えてきた。このDVDを見るステークホルダーは、卒業生の保護者、卒業生、学校関係者。最初に上映するのは卒業式の後に行われる保護者だけの晩餐パーティの場である。観賞中は楽しい気分、懐かしい気分を味わってもらい、見た後に感動が残るにはどんな作品だったらいいのだろうか?
 いろいろ考えた末、前半は学校の各種行事における生徒のスナップ写真から構成し、後半は生徒全員一人ひとりの写真と保護者への感謝メッセージを載せることにした。海外で生活する生徒全員から保護者への感謝メッセージを取り寄せるのには一苦労だったが、なんとか集まった。それらを1つ1つ読んで、生徒の写真とともに1枚13秒間で読み切れる文章の長さに編集していく。時間もかかり、骨の折れる作業である。しかしながら、1枚1枚生徒が心をこめて書いてくれた保護者への感謝メッセージはどれも涙がじわーっとこみ上げる良い内容で、編集しながら思わず涙した。子供達の気持を1枚のスライドに載る短いメッセージにして表現するのは、結構難しい。最初の文意を損なわずにショートメッセージに編集していくには、そこにある生徒のコンテキストを想像しながら読み込まないといけない。
 もの作りの中に魂をこめる、そこから伝わる主張と感動をステークホルダーに届けるということは、仕事におけるプログラムマネジメントとなんら変わらないものだなと感じながら作業を続けている。現在7割がたの制作を終え、作品全体を客観的にみてどう感じるか、評価できるかを繰り返し検証している。幹事仲間である他の保護者にもみてもらい、アドバイスを頂き反映する。ステークホルダーの声は大事である。
 仕事では顧客価値を最大化するサービスとは何か?を常に考える。そんな習慣をもつことがこうしたちょっとした制作のなかでも活かせることを知った。小さな世界のプログラムマネジメントでいったいどんな価値を造りだし感動を呼び起こせるか。今のところの幹事仲間の反応はまずまずである。
 筆者制作DVDの本番稼働予定は6月7日、ニューヨークにて、である。話だけで現物をお見せできないのは大変残念であるが、この随想のなかでお伝えしたいことは・・・感動をともなう価値造りを行うには、対象の大小の違いはあってもプログラムマネジメントの姿勢や心、プロセスは共通であるとあらためて感じたことである。
 数百枚のスライドからなる物語の最後の2枚には、生徒たちの夢のある将来に期待をこめ、勇気を与えるメッセージとして次の言葉を贈ることにした。
 「Where there is a will, there is a way.」
 「Bridging the gap between you and your dream.」
これらは筆者が好きな言葉でもある。
果たして、この作品にこめた筆者の想いはステークホルダーたちにうまく届くだろうか・・・。
以上

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