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フレデリック・テイラーを想う

PMBOK研修部会 笠原 直樹 [プロフィール] :6月号

■本文
 最近、フレデリック W. テイラーの「科学的管理法」(原題: The Principles of Scientific Management)を読み直した。もちろん有賀氏による新訳版であり、原著ではない。DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの編集長である岩崎氏によるまえがきや、訳者あとがきに書かれている内容に納得した、というのも動機の一つではあるが、ピーター・ドラッカーやエドワード・デミングが言及するテイラー像を、もう一度自分なりによく考え直してみたいと思ったのが大きい。

 テイラーは1856年にアメリカで生まれ、機械工、工場における生産管理や改善などの経験を経て、いわゆる「科学的管理法」の研究、体系化、導入、普及につとめた。科学的マネジメントの父(The father of scientific management)と呼ばれている。

 一般のテイラー評は、以下のようなことが挙げられている。1 ) 時代遅れである、2 ) 効率を重視するあまり人間性を軽視している、3 ) マネジメントは科学ではない、など。

 筆者もかつて、業務分析のために、プロジェクトの現場において、ストップウォッチを片手に、ボトルネックの調査を行なった経験がある。そのコンテクストには2つあり、ひとつはかなり昔の話で恐縮だが、コンサルタントを観察するという経験であり、筆者にとっては“良い”勉強になった。もうひとつはさほど遠くは無い最近の経験で、ある上司から、自分の意に反した方法で調査を命じられた出来事である。今でも強く印象に残っているのは後者である。筆者はその時、いささか感情的に、その上司に対して「Tailor-ismは現場の反感を買い、決して成功しない」と言い切った。その上司は今でもとても尊敬する上司であるが、あのときに言い放った言葉が果たして良かったのかどうか、今でも自問自答することがある。

 本論に戻るが、先に答えを書いてしまおう。本書を読み直すことにより、上記の自分自身の発言は、テイラー哲学の本質を理解できていなかったことを認識することができた。さらに、テイラー哲学の本質の再理解につながった。

 本書においてテイラーは次の3点を主張することをねらいとしていた。1 ) 私たちの日常的なふるまいのほぼすべてが非効率であるせいで、国全体が大いなる損失を被っている。2 ) 非効率の解消策は、稀にしかいない非凡な人材を探すことではなく、体系だったマネジメントである。3 ) 最高のマネジメントとはまぎれもない科学であり、明快に定められた作法、決まり、原則をよりどころとする。

 また、マネジャーの四つの新しい任務として以下が挙げられている。
一人ひとり、一つひとつの作業について、従来の経験則に代わる科学的手法を設ける。
働き手がみずから作業を選んでその手法を身につけるのではなく、マネジャーが科学的な観点から人材の採用、訓練、指導などを行う。
部下たちと力を合わせて、新たに開発した科学的手法の原則を、現場の作業に確実に反映させる。
マネジャーと最前線の働き手が、仕事と責任をほぼ均等に分け合う。

 人材なのかシステムなのか、という二元論についても、テイラーは、これからはシステムが第一に据えられなければならない、としている。ただこれもテイラーに対する誤解を生む言葉でもある。テイラーの主張は、人材を否定しているわけではない。むしろ、優れたシステムはすべて一線級の人材の育成を第一の目標にしなくてはいけない、としている。すなわち、二元論ではないと解釈できる。

 経営層と最前線の働き手が、密接に協力しあうことこそが科学的マネジメントの神髄である。このことは、近年着目されているサーバント・リーダーシップや、アジャイルマネジメントにも相通ずるものがあると思うのは、筆者だけだろうか。

 科学的マネジメントにより、労使間のWin-Win関係を構築することができるとも述べられている。本書においてはWin-Winの関係という言葉は用いられていないし、Win-Winという言葉はスティーブン R. コヴィーを待たねばならないが、その意図するところは明らかである。
 労働者側のメリットとしては以下が挙げられている。
賃金が上昇した。
労働時間が短縮した。適正な休憩時間が確保された。
マネジャーからの支援が得られるという信頼感が得られた。
一定の条件下で有給休暇が自由に取得できた。
 一方、会社側のメリットとしては
製品の品質が向上した。
品質保証活動によるコスト増より、検査コスト減が大きかった。
上司部下の関係が良好になり、労使トラブルやストライキがなくなった。

 本書においては事例も豊富に述べられ、統計的な分析によって法則が導き出されているのだが、事例は銑鉄の運搬作業であったり、金属切削作業であったりする。先にも述べたとおり、労使対立の構造が前近代的な話であるのも、テイラーに対する誤解を生んでいる要因の一つになっていると考えられる。確かに、時代背景を考えれば理解もできるのであるが、逆に言えば古い時代の事例であることを理由に現代においてその哲学が通用しない、というのであれば、それは応用力の問題と言わざるを得ないであろう。

 数字から何を読むか。何を測るべきか。どうしたらビジネスが向上するか。
 今この時代に、テイラーこそ、再評価を受けて良い一人ではないだろうか。

参考文献:
 「|新訳|科学的管理法‐マネジメントの原典‐」 フレデリック W. テイラー 著,有賀 裕子 訳,ダイヤモンド社
 「7つの習慣」 スティーブン R. コヴィー 著,川西 茂 訳,キングベアー出版

※ PMI、PMP、PMBOKは米国Project Management Institute, Inc.の登録商標である。PMAJ、P2Mは日本プロジェクトマネジメント協会の登録商標である。

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