PMBOK研修部会
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オーケストラとプロジェクトマネジメント

PMBOK研修部会 荒木 英夫 [プロフィール] :7月号

 最近、「ドラッカーとオーケストラの組織論」(PHP新書 山岸淳子 著)という書籍を購読した。ドラッカーの組織マネジメント論の中では、「未来の組織」として「オーケストラ」の有用性が示されている。
 今回、上記の書籍を取り上げたのは、以前、「プロジェクトマネジメント」による組織運営と「オーケストラ」の運営が類似しているという論評があることを思い出したことにある。
 私は、音楽、特にクラシック音楽に対する素養は、ほとんどないが、読み進めていく中で、組織論という観点での「オーケストラ」の運営には、プロジェクトマネジメントに相通じる事項が多くあるとの印象を持った。ここで幾つかを紹介する。

(共通点)
□ 独自性
 オーケストラの演奏は、作曲家が作った楽譜によって行われるが、楽譜には作曲家の詳細な意図までは書かれていないため、解釈の違いによって音楽に個性が生まれる。また、オーケストラの担い手が、演奏の都度、指揮者の違いや異なる楽器の演奏家で実施されるため、全く同一ということはない。指揮者の個性とオーケストラの集団としての個性が調和して、ただ一回のプレゼンテーション、つまり、「一期一会」の成果物としての演奏が聴衆に提供される。
□ フラットな組織構成と人事権
 組織は、基本的には指揮者と異なる楽器を操る演奏家集団で構成される。首席奏者である「コンサートマスター」が存在するケースはあるが、いずれにしろ非常に階層が少ないフラットな組織体である。また、指揮者が、演奏家の人選、つまり「オーケストラ」構成員の人事権をもつことは稀であり、両者の雇用事項は与件事項であって、演奏家個人を替えることは基本的にはできない。指揮者は、与えられた資源のもとで最高の成果をあげなければならない。
□ 基本情報
 オーケストラによる演奏において、共通の設計図(仕様書、要件定義書、計画書など)に当たるものが楽譜である。指揮者および演奏家は、同じ楽譜を保持する。楽譜は、指揮者が使用する「スコア(総譜)」と個々の演奏家が使用する「パート譜」に分かれるが、同じ楽譜であることに違いはない。楽譜は、記譜法で作られている。記譜法は、情報の伝達と子供でも直ぐに覚えられるわかり易いルールで示されたもので、プロジェクトマネジメントで言えば「PMBOK」や「P2M」に相当するものである。指揮者や演奏家は、楽譜を読み込むことによって、自分がオーケストラの場で果たすべき役割を互いに意識する。
□ 教訓
 オーケストラ演奏の伝統の一部が、演奏後、譜面という形で楽団に蓄積されていく仕組みがある。また、そのため楽譜を管理するライブラリアンという専門職も存在する。

(指揮者とプロジェクトリーダー)
 指揮者に求められる能力は、①音楽的能力、②指揮の技術、③リーダーシップ、④コミュニケーション力 である。
□ 音楽的能力
 指揮者は演奏しない、極端に言えば演奏の仕方について何も知らなくても構わない。但し、楽器の特性を知り、最適の演奏を引き出す能力が必要である。指揮者は、楽器の演奏がわからなくても個々の楽器奏者の技術と知識を如何に引き出すかの術を熟知している。
□ 指揮の技術
 指揮に関する基本的な情報、技術を的確に提供し、演奏家に安心を提供する。
□ リーダーシップ
 指揮者は、楽譜という設計図に込められた作曲家のビジョンの優れた解釈者であり、再現者である。そのため、スコアの読み込みが演奏家の誰よりも深くなければならない。スコアを読み込み、曲を深く理解し自らの演奏像を作りあげる。このことは、プロジェクトリーダーが、プロジェクトが求めるものを最も理解し、そのアウトプットのイメージを明確に持っていなければならないことと相通ずるものがある。
 指揮者は、自ら思う演奏を実現するため、言葉ではなく指揮する姿そのものによって演奏家に伝える。さらに、これらのことを具体的に実現するために「リハーサル」を合理的に進める能力が問われる。演奏上の問題点を抽出し、改善方法を見出し、限られた時間の中で意義深いリハーサルをすること、理想と現実の折り合いをつけ、納得できるリハーサルができなければ演奏家の心は離れていってしまう。そのため、多様な楽器を操る専門家集団である演奏家に適時・適切に指示を出すことが求められる。
□ コミュニケーション力
 指揮者は、指揮という職能に対する強いモチベーションを持ち、目の前の演奏家に自分のビジョンを実現してもらうための対人能力が必要である。
 指揮の技術ばかりではなく、指揮者自身の人間性を全てさらけだし、熟達したコミュニケーション力によって目の前の演奏家に自分の望む音楽を演奏させる能力である。
 演奏家集団を統率する方法は、百人百様でセオリーはない。専門家たる演奏家の素質を存分に発揮できるように配慮し、演奏家を惹き付け、その気にさせることが必要である。小澤征司氏が優れた指揮者と言われる所以は、「その気にさせる力」であるそうだ。彼との演奏に参加した演奏家は、一様に「彼の思うとおりの演奏をやってあげたいと自然に思ってしまう」と述べているそうだ。いわゆる「人間力」が成せる技である。

(演奏家とプロジェクトメンバー)
 演奏家に求められる能力は、①音楽的能力、②演奏の技術・技能、③プロフェショナリズム、④コミュニケーション力 である。
□ 音楽的能力
 楽譜を読み取り、音の意味を理解して解釈し、演奏ができる
□ 演奏の技術・技能
 演奏する一定の技量を持ち、楽譜を正確に再現することができ、自己鍛錬により演奏に対する責任を果たすことができる。
□ プロフェショナリズム
 演奏家は、自らの仕事がオーケストラに不可欠であり、組織に貢献しているという強い自意識を持っている。この貢献意識によって演奏家は、非常に強い自律性を持って行動する。そして、自己鍛錬しながら、作曲家の意図を超える演奏をその責任によって行うことや指揮者が求める新たなミッションとも対峙して行く。
 演奏家がモチベーションを維持する要因は、給与などの待遇面を除けば音楽そのものの中にある。良い指揮者、良い仲間と伴に良い音楽を演奏する。そのことで自らが演奏家としての本分を果たす幸せを演奏そのものによって得るのである。
□ コミュニケーション力
 オーケストラにおける演奏において、個々の演奏家のプロフェショナリズムだけでは優れた成果は得られない、これがソリストによる演奏と異なる点である。
 演奏家は、演奏する曲を勉強し、リハーサルというコミュニケーションの場で指揮者の意思を受け入れつつ全体を調整し、演奏のビジョンを固めて行く。与えられたビジョンに対し自らが最大限の貢献ができるように、限られた細部まで演奏を調整する。また、ある時は、他人の演奏、他者からの情報を得ることによって自分がどのように組織に貢献するべきかを知るのである。演奏家は、このようなプロセスへ経て演奏の場で指揮者や聴衆とともに音楽の喜びを共有することで最大限の貢献を果たすのである。

(まとめ)
 オーケストラは、個々の極めて高い専門性を有する演奏家が、プロフェショナルとして責任を持って演奏し、かつ優れた指揮者に率いられ時には、素晴らしい一人の巨匠演奏家(ソリスト)をはるかに超える演奏を生み出し、聴衆を感動へと誘ってくれる。その意味でオーケストラは、人知の結集によって多くの人々を感動へと誘う極めて高度にマネジメントされた「組織」であると言える。
 ドラッカーは、オーケストラを「明日の組織のモデル」と呼び、今後目指すべき組織のモデルは、オーケストラにあるとした。
 オーケストラによる演奏は、「演奏の日時の決定⇒指揮者の選定⇒指揮者と演奏家の初回の顔合わせ⇒度重なるリハーサル⇒本番の演奏⇒譜面等の保存・蓄積」の一連のプロセスから構成される非常に高度で凝縮されたプロジェクトと言える。
 私は、今回、指揮者および演奏家のプロフェショナリズムに敬服すると伴に見習うべき多くことを学んだ。そして、プロジェクトマネジメントをさらに発展させていくには、「オーケストラ」という組織形態を雛形とし、それらが有する「プロジェクトマネジメント」との類似点をヒントとすることが一つの有効な手段であるとの気付きを得た次第である。

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