PMP試験部会
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「PMP®資格取得者はなぜ減少したか?」

イデオ・アクト株式会社 葉山 博昭: 10月号

 残念ながら世界の潮流に反し、日本のPMP®取得ブームは去ってしまった。最近IT業界以外の業界では取得者は増えている印象があるが、システム開発関連業界ではその数は大幅に減っている。ブームの去った原因はなんなのだろうか?
PMP®新規資格取得者数が減少した原因には下記及び下記以外のこともあり、複雑に錯綜し原因となったと思われる。
1. 日本独特の社会構造が拒否反応を示した。
2. PMP®資格取得者がプロジェクトトラブル防止に役に立たなかった。
3. システム開発業界では飽和状態になってしまったのか?
4. PMBOK®の一面のみを捉え事務作業増大の弊害が目立つようになった。
5. PMBOK®、PMP®に過剰な期待を招いてしまった。
6. プロジェクトマネジメント原理主義の出現。
7. システム開発業界では大型新規開発が減り、運用保守が注目されPMBOK®の必要性が薄れた。

1.日本独特の社会構造が拒否反応を示した。
 米国のMBAが日本でも一時取り入れられようとしたが、今やそれも廃れてしまった、PMP®もMBAと同様な道をたどろうとしているのか?
 2001年に文化勲章受章を受賞した女性初めての東大教授の中根千枝氏の『タテ社会の人間関係』(1967年、講談社現代新書)にその原因が読み取れるので紹介したい。ここで言う『タテ社会』のもとになったのは、「中央公論」64年5月号の「日本的社会構造の発見」という論文で、社会構造とは、社会人類学では社会に内在する基本原理のことを指すそうだ。
―中根千枝氏の論の紹介―
 個人と集団人と集団の間の変わりにくく、基本的な関係に注目します。私はこの研究では、分析概愈として「資格 (属性)」と「場」という対照的な用語を設定しました。」
たとえば、記者が資格で、朝日新聞が場。どんな社会にも資格と場はあるけれど、日本は場の共有が非常に重視される。「うちの会社」ってみんな言うでしょ。日本ではイヱやムラなどの組織のあり方、意思決定の方法が全国的に共通しています。さらに、内容は異なっても田舎の寄り合いと大学の教授会が軌を一にしており、都会の企業や官庁も同様です。対照的にインドやイギリスでは資格が重要です。カーストや階級は資格によるものです。場が大事な社会では、個々人の資格より集団参加の新旧が問題となる。それによってできる上下の順番のつながりを私はタテと呼ぶわけです。入社年次とか、会合で座る席順とか、上位の人を立てるとか。日常生活でもタテの序列を守る傾向が自然に人々の行動に現れる。一種の儀礼的なシステムで、社会生活に有効な機能を持つと同時に集団としての排他性も招きます。このタテ関係は権力行使とは必ずしも相関していません。威張るトップはいますが、トップより中堅が実力をもっている場合が多い。トップになるのも順番ですからね。一方、資格による集団では能力差がより明確になり、実力のある者がトップに出やすいし、ときに極端な独裁も可能となります。タテ社会を権力的という意味で受けとる人は、中身を読んでいないのかもしれません。
―紹介終了―
 中根千枝氏が指摘するように日本のタテ社会・場が重要視される社会では資格よりも入社年次、上下関係が重要視される傾向が強く、そのような組織ではMBAは経営者層に相対する資格となり積極的にその資格取り入れようとはしなくなり、これと同じことがPMP®にも言える。PMP®とラインマネージャーとの関係がしっくりしない、またはラインマネージャー、経営者の職務権限との間でヒッチを起こすことがよくあり、PMP®の資格を持っていない上級管理職・経営者はPMP®の資格を積極的に取り入れようとしなくなった企業が一部の企業を除き、多いように思われる。
 MBAでもPMP®でもその資格を積極的に取り入れないということは発生したが、その内容を取り入れないということではない。特にPMBOK®の内容に関しては資格の所有の有無に関わらず、ステークホルダーは社会一般でも使われるようになり、WBSなどはシステム開発業界ではPMBOK®を知らなくとも常識的に使われるようになってきた。資格が取り入れられなくなっただけである。

2.PMP®資格取得者がプロジェクトトラブル防止に役に立たなかった。
 筆者がプロジェクトの支援を行ってきて感じたことだが、現場でもPMP®の資格所有者が結構いるが、資格所有者が指導力を発揮していない局面が多いように感じることが多い。
それはプロジェクトがうまくいかない局面では、PMBOK®の知識をストレートに活用して問題を解決できることは少なく、多くの場合システム開発全般の開発方法論、対象とする業務に関する知識にプロジェクトマネジメントの知識を付加しないと実際の問題解決は出来ないが、プロジェクトマネジメントの知識だけで問題が解決出来ると思っているPMP®資格所有者が多いように思う。PMIイズムの実践というレベルまで到達出来ていないPMP®が多いようだ。又、PMBOK®に書かれているスコープマネジメント、ステークホルダーマネジメントを現場に応用出来るほどに理解していないことが多いように思われることもよくあった。PMP®の試験に合格することと実際にプロジェクトをPMBOK®の知識を活用して指導することとはかなり距離があることを、PMP®資格所有者も、PMP®資格所有者を配置する上級管理職・経営者も理解が不足していると思われる。
 その結果PMP®の資格所有者を増やしてもプロジェクトのトラブルの減少に繋がらないと、上級管理職・経営者の層にもこれからPMP®の資格を取得すべき層にも思われてしまったことがPMP®の資格所有者が減少したことに繋がっているように思われる。

3.システム開発業界では飽和状態になってしまったのか?
 システム開発業界の大手二社では数千人単位のPMP®資格所有者を輩出し定着し、当面のPMP®の資格を持ったレベルのプロジェクト・マネジャーの必要数は充足し、自社の人事制度にPMP®の取得はしっかり組み込まれことさら奨励しなくなった。大手二社の社内でのPMP®取得が一段落するとともに協力会社への奨励も一段落することとなり。大手二社の動向に影響されやすい業界では資格取得熱が冷めてしまった。
 業界60万人と言われ、PMP®資格取得者約2万人とすると20人に一人はPMP®の取得者レベルのプロジェクト・マネジャーが必用とすればまだ1万人は不足しているように思われるのだが。PMBOK®以外のプロジェクトマネジメントを研究・模索しているということでもなく、プロジェクトマネジメントに関する能力向上は停滞している。

4.PMBOK®の一面のみを捉え事務作業増大の弊害が目立つようになった。
 PMOの必用性はPMBOK®の影響もあり多くのPMOが設立された。しかしPMBOK®の浅い理解なのか、殆どは庶務的なアドミニストレーション業務を中心に行っているのが大半で、プロジェクトの本来の活動、問題解決に役に立っているPMOは少ない。PMBOK®の理解不足からか、はたまたプロジェクトの役に立つ問題解決に役に立つ自信がないのか、PMBOK®のパフォーマンス測定を行うための計数管理に必要な情報の作成ばかりを行うことが多く、事務処理を増やすだけとなってしまったPMOは多い。またそのような面のみ強調したコンサルタントも多い。そのことからPMBOK®は庶務的管理業務を増やすという誤ったイメージを植え付け、PMBOK®、PMO、PMP®を疎ましい存在と捉える人々が増えたこともPMP®の資格取得者が激減したことの理由の一つのように思われる。

5.PMBOK®、PMP®に過剰な期待を招いてしまった。
 PMP®の資格取得者がシステム開発業界で急増した時期は、システム開発業界ではトラブルの減らず企業の採算を脅かすことが多く、PMP®資格取得者を増やし、PMBOK®の知識を現場に浸透させれば、トラブルは現象するというのではないかという過剰な期待があった。しかしシステム開発でのトラブルでプロジェクトマネジメントに起因するトラブルは確かに多いが、その多くはシステム開発技術、適用業務の知識の欠如が多く、プロジェクト毎の弱点というよりは、その企業の弱点そのものであることが多く、企業体質の改善を行わないとプロジェクトでは何度も同じようなトラブルを発生させてしまう。そのことに気づいている経営者は少ない。PMP®の資格取得者を増やすことがトラブルを減らすことと直接結びつくと思っていた人間は当然失望することになり、PMP®の資格取得者を増やすことに熱意は無くなってしまうことなった。経営者層がプロジェクトマネジメントとなにか正確に理解していると限らない。システム開発標準、品質管理、プロジェクトメネジメント、会社経営のマネジメンメントを的確に知りリーダーシップを発揮出来ている経営者は極めて少ない。

6.プロジェクトマネジメント原理主義の出現。
 プロジェクトマネジメント原理主義ともいうべき、PMP®の取得者を増やしPMBOK®の知識を増やすことでプロジェクトの問題全てを解決出来るというふうに喧伝している、PMP®、PMBOK®の教育に携わるトレーナー、教育コンサルタントがおり、プロジェクトマネジメントに対する間違ったイメージを植え付けた。
 これは原理主義について語ったハーバード大学白熱授業のマイケル・サンデル教授が 2012年6月7日の朝日新聞で言った言葉だが、
「宗教的な原理主義だけではなく、困難な問題に対して、万能な論理や解決策があるという主張のこと。」
 まさにここで言うプロジェクトマネジメントはプロジェクトのトラブル防止に万能であるという発想は、まさにプロジェクトマネジメント原理主義的発想と言える。困難な問題に対応するのに一つの理論、考え方で可能となるということはない。システム開発ではシステム開発技術、適用業務の知識、そしてプロジェクトマネジメントの知識の融合無しでトラブルを未然に防ぐことは難しく、トラブルはなかなか減らない。
 システム開発技術、業務知識、プロジェクトマネジメント知識をインテグレートするのがプロジェクト・マネジャーだとし、PMP®の資格は有効という人もいるが、この3分野を統合するのはPMP®を持ったプロジェクト・マネジャーより上位のプロジェクト・マネジャーが必要な気がする。エンジニアリング業界のようにプロジェクト・マネジャーとプロジェクト・コントローラーを分離することも考えられるのではないだろうか?筆者が携わった大手銀行の大規模開発でこの地位にあったのは、銀行業務に詳しい経営者に近い人間であって、PMP®の資格を持った人間ではないことが多かった。もちろんPMBOK®に対する知識はあったほうが良いしPMP®の資格を持っていれば言うことはないが。今まで接して来たこのような上位者はPMP®を持っていなくとも、PMBOK®の良き理解者であることが多かった。

7.システム開発業界では大型新規開発が減り、運用保守が注目されPMBOK®の必要性が薄れた。
 システム開発業界ではリーマンショック以降の景気後退により、大型のシステム開発案件が極端に減ってしまった。既存システムの小幅な改修で対応出来ることが多く、小規模な開発ではプロジェクトマネジメントの必要性があまりなくなってしまった。この数年システムを運用する事業会社では、運用保守の品質向上に対する要望は強いが、プロジェクトマネジメントの向上にはあまり興味を示さなくなった。

 「PMP®資格取得は復活するか?」
 PMBOK®第5版の出版とPMBOK®のISO化により、ISO9001と同じような認証制度が始まればその再度資格取得ブームが起こるかもしれないが。プロジェクト運営の原点を見つめ直せば体系化されたものへの欲求は常に存在しPMBOK®が衰退することはない。PMP®の資格取得がプロジェクトマネジメントの品質を向上させるのに役立つかは、既に資格を取ったPMP®各位の活躍次第と思われる。また資格取得者の能力向上策も必要である。
以上

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