PMプロの知恵コーナー
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ダブリンの風(47) 「生 兵 法」

高根 宏士:2月号

 「生兵法は大怪我のもと」ということわざがある。子供の頃危険なことをやろうとしたり、刃物をいじったりしていると祖母からよく云われた。そのころはこのことわざを、危険なことをするなという意味でだけで解釈していた。

 生兵法とは戦国時代や江戸時代から云われたことだと思うが、兵法や剣術を少しはかじっているが、未熟なことをいい、転じて生かじりの知識や技術のことをいう。世の中には生兵法を振り回しているものも多い。最近は物理的に斬った張ったの世界は犯罪を除いては少なくなってきており、言葉とかプレゼンテーションでごまかせる機会が多いので、生兵法でも周囲がそれを評価できない場合も散見される。

 囲碁の世界での生兵法の例として、定石の習得がある。定石は基本的なものでも数百もあり、その変化形まで数えると万の単位になる。定石を理解することには「読み」を省き、その結果としての形成判断に思考を集中できるというメリットがある。しかし生兵法のレベルでは定石を暗記することに汲々とし、何故そのように打たなければならないか、相手が定石通りに打ってこなかったときその手が本当に良い手か、それとも我流の悪い手か、良い手ならばその対応をどうするか、悪い手ならばどのように咎めるべきかがわからないことである。したがって定石を知らずに自信を持って打ってくる野生の碁に勝てなくなる。そして定石を役に立たないものとして否定しようとする。しかしプロが「定石は大事だ」ということがあるので、心の片隅では否定しきれない後ろめたさがある。

 碁の世界は大方の人にとっては趣味の世界であるから、生兵法の定石でも問題ない。個人が結果として楽しめればよい。しかし生兵法はITの世界でも多いのではなかろうか。ITの世界ではいろいろな知識体系や方法論が提案されている。PMではPMBOKやP2Mに代表される知識体系も普及しつつある。ITシステム開発プロセスの方法論としても、代表的なものを挙げただけで、ウォータフォール、プロトタイピング、スパイラル、クリーンルーム,アジャイル等がある。構造化やオブジェクト指向のプログラミングも提唱され、実践されてきた。しかし現実のプロジェクトはそれほどうまくいっていない。何故だろうか。それは各モデルに問題があるのではなく、それを採用する側に問題がある。

 ひとつは採用する側が採用する知識体系や方法論をきちんと習得していないことである。碁で云えば相手と対局している途中で、定石の手順がわからなくなり、どうしても思い出せず定石本を開いたりしてるような状況である。これでは勝負に勝てるはずはないのだが、ITプロジェクトではこのようなことがよく見られる。

 もうひとつは各方法論が出現してきた状況を理解していないことである。各方法論にはそれを提起した時に意識した現実の課題があった。その現実の課題を解決することが目的だった。従って採用する側はその方法論が解決しようとした課題は何かを深く理解し、次に自分のプロジェクトの本質的問題は何かをきちんと把握した上で、それに最も適した方法論を採用することが肝要である。この理解がなければどんな方法論を採用しても現実と乖離したものとなってしまう。プロジェクトマネジメントにおいても同じことである。PMBOKやP2Mの問題意識を理解し、自分のプロジェクトの基本問題に対してどのように適用するかを考えないで、単に表現されていることをそのままやっても多分うまくいかないであろう。
 生兵法は大怪我の本である。ブームやサロンの話題では生兵法でもごまかせるが、実践の場では生兵法は通用しない。

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