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「日本の宇宙開発ベンチャーを巡るいくつかの動き」(その12)
~ スペースX成功のポイント ~

長谷川 義幸 [プロフィール] :7月号

 イーロン・マスク率いるスペースXは“花火を打ちあげ”“喧嘩を仕掛け”“ゴールが遅れても実現させてみせる”という、挑戦する活気ある企業と世間ではみられている。
 人々の期待を上手に操りながらビジネスを成功させていけたのはなぜか、筆者は現役時代に日本人宇宙飛行士を同社のクルードラゴンに搭乗させる必要があり、スペースXを調査していました。その経験を踏まえてスペースX成功のポイントをまとめてみた。

〇技術的なポイント
(1)既存のエンジンを活用し複数束ねる
(*1) (*2)
 ロケット燃料としての性能は燃焼温度が高く燃焼ガスの分子量が軽いほどいいので、液体水素と液体酸素の組み合わせがロケット燃料には最適であるが、タンクが巨大になり、断熱構造が複雑になるなどの課題がある。日本のH3ロケットの1段エンジンの開発では、数々の技術課題をクリアーするのに長期間苦労して製品化までもっていったように、大型のエンジン開発は費用も時間もかかる。このため、多段式ロケットの1段目には、軽量化が図れるケロシンが燃料として採用されることが多い。
 ケロシン系ロケットは誘導制御などが比較的難しく、制御の面では液体ロケットに劣るが、構造が簡単なので、信頼性が高く、開発・製造・取り扱いが容易であり、同じ大きさ(体積)の液体燃料ロケットと比較すると、大きな力(推力)を出すことがでる。

(参考)ロケット燃料の比較(概略)
液体・固体 利点 欠点
液体水素
  • 「燃費」や「効率」いい
  • 燃焼ガスは水蒸気なので環境に優しい
  • 水素を液体で保つには高圧タンクと冷却が必要
  • 密度が低く燃料タンクの容積が大きくなる
ケロシン
(液体)
  • 最初から液体の燃料、冷却の必要がなく取扱いが容易(注入状態で長期間待機可能)
  • 密度が高くタンク容積が小さくできる
  • 水素より「燃費」や「効率」がよくない
  • 燃料による冷却効果が薄い
固体燃料
  • 構造が簡単、信頼性が高く、開発・製作・取り扱いが容易で、液体と比べ推進力が高い
  • 注入状態で長期間待機可能
  • 誘導制御などが難しい
(参照)  リンクはこちら

ファルコン9ロケットエンジン  スペースXのロケットエンジンは、“マーリン(Merlin)エンジン”で、製造費も1基1億円程度と推測されており、同規模のロケットエンジンとしては極めて廉価であり、開発費用を大幅に低減できる。
 アメリカの航空宇宙企業、TRW (TRW Automotive Holdings Corp.)トム・ミューラーが、このエンジンのキーマンである。彼のチームは液体酸素/液体水素エンジン開発に成功したが、2002年にノースロップ・グラマンによって買収された。彼はノースロップ・グラマン推進装置部門のエンジン開発責任者になり、NASAの「次世代の打ち上げと宇宙輸送機のための計画」の契約の下で液体酸素/RP-1エンジンの開発を継続した。しかし、2002年計画が中止になったため、トム・ミューラーはイーロン・マスクとスペースXを共同で設立して、推進装置担当の副社長になった。
 マーリンエンジンは完成し、その後も改良を重ねている。スペースXのファルコン9ロケットでは、このエンジンを9基束ねて(写真)大型のエンジンと同規模の推進力をだす方法をとる。このエンジンの推進剤はジェット燃料などのケロシン系の燃料と、燃焼を継続させるため液体酸素を利用する方式を採用している。開発初期から複数の型式を経て改良が重ねられており、最初の型式である1Aに始まり、1Bを経て、現在(2021年時点)では最終改良版のマーリン1Dが生産されている。マーリンエンジンシリーズは、ファルコンロケットの成功を支える基幹技術となっている。スペースXでは、優秀な技術リーダーを確保し、ほぼ完成したエンジンを最終仕上げするという開発リスクを避ける方法で、ビジネスを成功させている。

(2)自社で機器を内製化する
 ロケットや宇宙船の製造には数十万点の部品が必要である。システムの全体最適を目指し、開発工程では設計や製造試験で、問題発見と改良を何回も行うという設計変更が発生する。このため部品や機器を外注していると一つの部品を変えるとインタフェースをもつ別の部品も変える必要がでてくる。ハードウエアとソフトウエアの改良に時間とコストがかかる。JAXAもNASAもこの課題を抱えた中での開発・製造・打上を進めている。一方、スペース-Xは、ロケットや宇宙船のほとんどの機器を外注せずハード、ソフト、手順などを規格化し、自社で設計・製造している。例えば、宇宙航空機器での通信規約のMTL-1553Bを使用せずインターネットで広く使用されているイーサネットでネットワークを構成したり、民生で汎用品になっている装置を目的に合わせて専用装置にしていてコストダウンと時間短縮を実現している。

(3)ロケットの再使用
 ロケットを再使用することができれば、打ち上げコストが下がるのは当然であるが、ロケットエンジンを逆噴射して着陸するためには、打上後の燃料タンクはほぼ空になるので、エンジン出力を絞る必要がある。大型のエンジンでは出力を絞るのは非常に大変だが、ファルコン9はエンジンが9基あり、1基のエンジンだけを使用する方法でこの課題を実現した。
 2015年に着陸に成功して以来、2025年11月15日現在で573回打ち上げ、571回は成功している。ロケットの再使用で打上げコストの抜本的な削減に成功している。

〇ビジネスのポイント (*1) (*2)
(1) 世間が注目する“大キャンペーンを張り”“正論で喧嘩をする”

 2002年にスペースXを設立したころから、マスク氏はまだ打ちあがってもいない「ファルコン1」ロケットを見せるとともに、「人類の火星移住」や「打ち上げコストを100分の1にする」などの派手なパフォーマンスを行っていた。
 また、NASAや米国空軍が老舗の宇宙航空企業との契約を独占していたことを批判し、世間の注目を集め、投資家の関心や有能な宇宙技術者を集めることに成功した。筆者が記憶に残る“正論で喧嘩”は、下記の2014年の訴訟である。 (*3)

 「米空軍がULA(United Launch Alliance:ロッキード・マーティン社とボーイング社の合弁事業)と軍事衛星打ち上げの長期契約を結んでいることで市場競争が妨げられているとして、参入を求める訴訟を米連邦請求裁判所に起こした。
 空軍は昨年ULAと計36回の打ち上げ契約を締結。1回の打ち上げ費用はスペースXのファルコン9の4倍と高額であり、安全保障上の理由で対象外となっている.スペースXと契約すれば、空軍は年間10億ドル(約1020億円)を節約できると提起している。
 さらにマスク氏は、ULA社が使っているロケットにロシア製エンジンが使われている点も問題があると指摘し、安全保障上米国製エンジンを搭載しはるかに安価なスペースXを使うべきだと主張した。」

 ちなみに、共和党有力者のマケイン上院議員も国防総省に書簡を送り、契約実態や打ち上げ費用に関する調査を求めた。この訴訟は、その後両者で和解し、空軍は2016年スペースXと契約し、衛星打ち上げを成功させそれ以降空軍や宇宙軍の受注を増やしている。

(2)意思決定の素早さ
  従来、宇宙開発では開発をいくつかの段階に分け、段階毎に役割をもった専門家の階層組織により確認しながら着実に開発を進めるウォーターホール型の手法をとっている。
 しかし、スペースXにおいては、ある程度の開発段階は分かれているが、段階毎に明確に終わりとしないで、全体の設計はある程度の大枠に定め、個々の機器の開発を優先、うまくいかない時には当初考えていた仕様を大幅に変更する「走りながらやってみて考える」というかなり荒っぽい開発方法をとっている。また、組織階層を減らし組織のトップと現場の職員との距離を縮めるフラットな体制でスピード重視の素早い意思決定を行っている。このようなIT業界で普通にやっている手法をスペースXで行っている。

○まとめ
 マスク氏のやり方には特定のパターンがあるようだ。
  • まず、世間が注目する大きなゴールをぶち上げ大キャンペーンをする。
  • 世間の注目を集めて、資金と有能な人材を集める。
  • そして「ゴール」の時期がずれる前に、次のキャンペーンを上げる。
  • 世間から口さきだけと批判される前に目標を実現させてみせる。
 ベンチャー企業が当初掲げた目標の達成が大きく遅れても、実現した成果が大きいと投資家の評価の下げも限定的なものになる。
 衛星コンステレーションのスターリンク通信衛星のように自社がロケットをもっていることかから衛星打ち上げをかなり自由に行えるので、成功している。
 マスク氏は有能な技術者の選別もできるようで、挑戦的なプロジェクトをリードできる人材を雇用している。
 筆者が退職後に日本人宇宙飛行士は、スペースXの有人宇宙船に搭乗した。若田さん、星出さん、油井さん、大西さんたちは、無事宇宙へ行き、ISS滞在後、無事に帰還した。
 優れたリーダーシップと組織運営が注目に値する。素晴らしい!

参考資料
(*1) 小松、後藤著、「宇宙ベンチャーの時代」、光文社新書、2023年
(*2) リンクはこちら
(*3) リンクはこちら

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