Googleに学ぶジャーナリング
― 科学的根拠に基づく内省習慣と意思決定力の向上 ―
プロジェクトマネジメントの現場では、日々多くの判断が求められます。その判断の質は、プロジェクトの成果を大きく左右します。しかし実際には、忙しさの中で十分に考える時間が取れず、直感や経験に頼った判断になってしまうことも少なくありません。こうした課題に対して、近年注目されているのが「ジャーナリング」というシンプルな習慣です。ジャーナリングとは、自分の思考や感情を書き出すことで、内面を整理し、気づきを得る方法です。特別な準備は不要で、ペンと紙を用意し、時間が数分あれば実践できる点が特徴です。
このジャーナリングを体系的に取り入れている企業の一つがGoogleです。同社では「Search Inside Yourself(SIY)」というマインドフルネス研修の中で、内省を深める手段としてジャーナリングが活用されています。ここで重視されているのは、「問い」を通じて自分の内面を見つめることです。たとえば、マインドフルネスの実践では、例えば「今、自分は何を考えているか」「どんな感情を感じているか」といった問いに書き出します。これにより、自分の状態を客観的に把握しやすくなり、感情に流されずに落ち着いて判断する力が養われます。
このような効果は、心理学の研究でも裏付けられています。社会心理学者Pennebakerらによる「表現的筆記」の研究では、自分の感情や経験を書き出すことで、ストレスの軽減や認知機能の改善が見られることが報告されています。また、感情に名前を付けて言語化することは、脳の扁桃体の過剰な反応を抑え、冷静な判断を促すと報告されています。
さらに、思考整理の面でもジャーナリングは有効です。「自分はどのような前提で考えているのか」「他にどのような可能性があるか」といった問いに書き出すことで、思い込みや見落としに気づくことができます。書くことによって思考が外在化され、頭の中だけでは気づきにくい構造や偏りが見えるようになるのです。
共感力の向上にも、ジャーナリングは役立ちます。「相手はどのような状況にいるのか」「自分の言動はどう受け取られたか」といった問いを通じて他者の視点を考えることで、対人関係の質が高まります。Googleにおいても、こうした内省がチームの心理的安全性の向上に寄与しているとされています。
また、セルフモチベーションの維持にも効果があります。「今日の仕事にはどんな意味があったか」「どんな小さな前進があったか」と振り返ることで、自己効力感が高まり、前向きな気持ちを保ちやすくなります。これは、長期にわたるプロジェクトにおいて特に重要です。
PMBOK®ガイド第8版では、「Proactive:先取り思考」「Ownership:当事者意識」「Value-Driven:価値志向」といったマインドセットの重要性が示されています。ジャーナリングは、これらを日々の業務の中で実践するための具体的な手段といえます。自ら問いを立てることは主体性を育み、自分の判断を振り返ることは責任感を高め、価値につながっているかを考えることは価値志向の行動につながります。
ジャーナリングのよい点は、「短時間でできること」と「誰でも始められること」です。1回に長く書く必要はありません。1日1分でも、自分に問いを投げかけて書き出すことで、思考や感情は確実に整理されていきます。
AIが発展する現代において、多くの情報処理はテクノロジーに任せることができるようになりました。その一方で、「何を考え、どのように判断するか」という人間の内面的な力は、これまで以上に重要になっています。ジャーナリングは、その力を育てるためのシンプルで実践的な方法です。日々の業務の中に短い内省の時間を取り入れることが、結果として判断の質を高め、よりよいプロジェクト運営につながるのではないでしょうか。
参考文献
| 1. |
Pennebaker, J. W., & Chung, C. K. 、 Expressive Writing: Connections to Physical and Mental Health 2011 |
| 2. |
Baikie, K. A., & Wilhelm, K. 、 Emotional and physical health benefits of expressive writing、2005 |
| 3. |
チャディー・メン・タン、SIY(サーチ・インサイド・ユアセルフ)、英治出版、2016 |
| 4. |
PMI、PMBOK-V8、PMI、2025 |
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