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『第307回例会』報告
中前 正 : 11月号
【データ】
| 開催日: |
2025年9月26日(金) |
| テーマ: |
「大学の医薬品実用化研究を担うプロジェクトマネジャーの役割と育成」 |
| 講師: |
藤田医科大学 橋渡し研究統括本部
橋渡し研究シーズ探索センター・特任教授
菊地 佳代子 氏 |
◆はじめに
PMAJの会員である、もしくは日頃PMAJの各種活動にご参加いただいている皆さまの中には、プロジェクトマネジメントに関する知識を自身の所属する組織に普及させたり、理論や技法を組織のビジネスに適用させたりする役割を担っている方はいらっしゃいませんか。そしてそこには様々な困難や障害があり、なかなか思い通りにはいかないとお悩みの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回の例会では、知識や理論の組織導入の一事例として藤田医科大学の菊地佳代子氏(以下、講師)を講師にお招きし、アカデミアでの、医薬品・医療機器開発の現状、P2Mの活用方法、プロジェクトマネジャーの育成状況などについて共有いただきました。以下、要点を抜粋して紹介します。
◆講演内容(抜粋)
医薬品の実用化までの流れは、大まかに基礎研究→応用研究→非臨床→臨床試験・治験というステップを踏む。かつては大学などのアカデミアは基礎研究のみを担うことが多かったが、近年はアカデミアでも臨床・治験の分野を担えるようになってきた。その理由として、2002年の薬事法改正により大学病院などの医師が自ら企画して治験を行う「医師主導治験」の仕組みが確立されたことが挙げられる。これにより、営利を目的にする企業では実現が難しい希少疾患用医薬品などの創薬開発がアカデミア主導のもとで発展してきた。
法改正以外の国の政策としては、「創薬力の向上により国民に最新の医薬品を迅速に届けるための構想会議」の開催(2023年~)や、文部科学省、厚生労働省、経済産業省が連携して研究を促す「日本医療研究開発機構(AMED)」の設立(2015年)などがある。なお、冒頭に説明した実用化までの過程にはいくつものハードルがある。そういったハードルを越えて実用化を目指した研究を橋渡し研究(translational research)といい、この研究を支援する「橋渡し研究支援機関」という制度もできた(2021年)。このような時勢の中、ようやくアカデミアの現場にも、適切なマネジメントによりプロジェクトを成功に導こうとするプロジェクトマネジメントの概念が浸透してきた。
講師も参加しているAMEDの研究班では、アカデミアでの医薬品等の実用化を目指す研究において、非臨床フェーズの各種プロジェクトを担当するのがプロジェクトマネジャー(PM)、臨床フェーズの各種プロジェクトを担当するのがスタディマネジャー(StM)と定義した。
PM、StMは臨床試験データなど必要な成果物を得るために、ヒト・モノ・カネのリソースを適切に配分して活用することが求められる。また医師や研究者が得意な分野(臨床試験プロトコル概要の作成や測定すべき項目の決定など)とPM、StMが得意な分野(リスク評価やコスト見積もりなど)を見極め、役割を分担してプロジェクトを支援することも重要である。
加えて、講師は、実用化を目指す研究のマネジメント経験から、アカデミアで最も重要なことは、研究の初期段階からゴール設定を行い、それを明文化してチームに共有することと考えた。その際、プロジェクトの姿を明確にするために作成するプロジェクトチャーターや、ありのままの姿(As-Is)からあるべき姿(To-Be)に至るまでを可視化していくミッションプロファイリングなどのP2Mの知識・理論が役に立った。
2020年度に、前述のAMEDではPM、StM育成の研究班が立ち上がり、2024年度までの5年間、研究プロジェクトを適切にマネジメントできる人材の育成を目指して活動してきた。さらに、今年2月、首相官邸より「医療分野研究開発推進計画」が発表され、国内における治験・臨床試験の質を向上させるためにPM、StMなどの人材育成を強化する方針が示された。
また2023年以降、3つの団体でPM、StMの認定制度が発足した。ARO(Academic Research Organization:アカデミアでの臨床試験や研究を支援する組織)を持つ全国の大学病院や医療機関が参加する「ARO協議会」では、PMは5年以上、StMは3年以上と実務経験を重視した認定条件を設定している。「日本臨床試験学会」にはStMの認定試験があり、PMBOKやP2Mの知識をもとに構成されたスタディマネジャーテキストブックより出題される。「日本臨床薬理学会」では、臨床試験時に計画に沿って患者コーディネートなどのオペレーションを行うCRC(Clinical Research Coordinator)の認定制度があり、その認定CRCがさらに研究全体のマネジメントを行う役割を担った場合に認定の対象となる。
いくつかの育成の現場では、アカデミア向け、医療機関向けのプロジェクトマネジメントセミナーを企画・開催したり、プロジェクト関係者が集って知恵を出し合う実践コミュニティーを形成したりする動きがある。講師においても「つながり対話会」を立ち上げ、アカデミアのPM、StM同士の横のつながりを作って親睦を深める活動を行っている。
◆講演を聴き終えて
創薬や医療の分野ではないですが、IT企業に勤めてきた私も(規模はとても小さかったですが)社内でプロジェクトマネジメントに関する知識を普及・浸透させる役目を担った経験があり、当時を思い出しながら講演を聴かせていただきました。
講師の経験によると、以前は医師が作成した研究計画にPM、StMを含めた他者がなかなか口を出しにくい雰囲気があり、計画が失敗することもあったそうです。そこで自らマネジメントの専門家として活動する必要性を強く感じ、P2Mの導入を進められたという話に講師の意志の強さを感じました。また国の政策や業界団体など周辺の動きとリンクしながら(時に自らそのような動きに身を置きながら)目的を果たそうとする実行力や周囲を巻き込む力にも大変感銘を受けました。当日参加された皆さまは何かヒントになることはありましたか。
例会では、今後もプロジェクトマネジャーにとって有益な情報を提供してまいります。引き続きご期待ください。
※ 講師は、先日PMAJより公開された「P2M活用事例集」にも寄稿されています。こちらもご一読ください。
・ P2M活用事例集
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