ジェイムズ
(パーシバル・エバレット著、木原善彦訳、(株)河出書房新社、2025年6月30日発行、初版、411ページ、2,500円+税)
デニマルさん : 10月号
今回紹介の本は、「世界の名だたる文学賞総なめの快挙!前代未聞の話題作を最高の翻訳でピュリツァー賞、全米図書賞など驚異の5冠受賞、各紙誌で年間最優秀図書最多選出の“ジェイムズ”、本日発売」(2025年6月7日)の出版社の宣伝文に惹かれて購入した。筆者が関心を持ったのは全米の図書賞やピュリツァー賞をも受賞しているので、読み応えある作品であると期待したからです。実は、ピュリツァー賞に小説部門が含まれていることは、この広告で初めて知った次第です。念のためにチョットこの賞を調べてみたのでご紹介します。ピュリッツァー賞は、アメリカの新聞、雑誌、オンライン上の報道、文学、作曲での功績に21部門で賞が授与されるとある。1917年に創設されコロンビア大学が運営している。特に、ジャーナリズム部門で金メダルが授与されるのでも有名である。さて、本書が話題となったポイントに注目してみたい。出版社の広告宣伝には日本の著名作家が推薦文を掲載しているが、筆者が本書を読んだ感想も含めて幾つかの話題を纏めてみた。先ず、本書のストーリィが挙げられる。アメリカの歴史的な小説『ハックルベリー・フィンの冒険』(マーク・トウェイン著、1885年発表)を黒人奴隷ジム(本書ではジェイムス)の視点から書き上げた物語である。アメリカの南北戦争時代(1861年から1865年)の奴隷制度を背景とした物語に改めて注目されたのか。概要は後述しているので、ここでは割愛します。次は著者のエバレット氏であるが日本では余り知られていないが、アメリカでの知名度は高い。略歴を紹介すると「1956年ジョージア州フォートゴードン(現フォートアイゼンハワー)生まれ。マイアミ大学、ブラウン大学大学院卒業、現在は南カリフォルニア大学英語科卓越教授でアフリカ系アメリカ人作家。多くの長編を書き20を超える作品を発表している。著書に『Dr. No』(全米批評家協会賞最終候補、PEN/ジーン・スタイン図書賞受賞)、『The Trees』(ブッカー賞最終候補)、『Telephone』 (ピュリツァー賞最終候補) 、『So Much Blue』、『Erasure』、『I Am Not Sidney Poitier』などがある。小説『Erasure』を原作とした映画「アメリカン・フィクション」が2023年に公開され、アカデミー賞脚色賞を受賞。妻で作家のダンジー・セナや子どもたちとともにロサンゼルス在住」と本書巻末に書かれてある。若干の補足だが、氏は「風刺とユーモアを交えた、人種問題や社会の偽善を批評する作品を描ける作家」との紹介もあった。もう一つの話題でユニバーサル・ピクチャーズが映画化権を取得し、スティーブン・スピルバーグが製作総指揮を務めるとのニュースもある。色々と前評判の高い本書であるが、翻訳者の木原氏も紹介しましょう。1967年生まれ。京都大学文学部卒業、同大学院文学研究科修士課程・博士後期課程修了。大阪大学大学院人文学研究科教授。英米文学研究者。翻訳家。訳書に『JR』(ウィリアム・ギャディス著、国書刊行会、翻訳大賞受賞)、『オーバーストーリー』(リチャード・パワーズ著)、『両方になる』(アリ・スミス著)、『失われたスクラップブック』(エヴァン・ダーラ著、翻訳大賞受賞)などある。
ジェイムズ(その1) 『ハックルベリー・フィンの冒険』
本書は先にも触れたようにマーク・トウェイン作の『ハックルベリー・フィンの冒険』がベースとなって書かれてある。マーク・トウェイン(1835年~1910年)と言えば『トム・ソーヤの冒険』(1876年発表)が有名で、その続編的作品として『ハックルベリー・フィンの冒険』がある。筆者も小学生の頃に読んだ記憶があるが、70年位前のことでもあり概要を少し書いて置きましょう。舞台は1840年代のアメリカ南部でミシシッピ川流域の町。奴隷制度が残る時代で主人公がハック。家では父親の邪な虐待から逃れたいと悩んでいる少年。もう一人の主人公ジムは農園の奴隷小屋に住む黒人奴隷だが、南部の別な農園へ売られる噂を聞き、家族との別れを恐れて逃亡を企てている黒人の少年。この二人の少年(ハックとジム)が偶然に出会い、お互いに自由を求めてミシシッピ川を筏で下ることから物語が始まる。その過程での冒険と事件の展開で読者を魅了し、子供から大人まで楽しめる小説である。
ジェイムズ(その2) マーク・トウェインの“ジム”
本書のベースとなった『ハックルベリー・フィンの冒険』の作家であるマーク・トウェインについても少し書いて置きたい。氏はアメリカだけでなく世界中に知られた作家である。同時に奴隷制度廃止論者で黒人奴隷の解放を支持したことでも有名。当時のアメリカでは白人を優位とした黒人を差別的な蔑視制度が行われていた。そんな中で、氏は小説の主人公ハックルベリー・フィンを白人として、人間の心を持ってジムに接するストーリィを書いている。だから黒人のジムも人間らしい心で応じて、二人の友情が成立する姿を描いている。また別な視点で、「自由と冒険への憧れ」がある。ハックとジムの冒険は、自由を求める旅で伸び伸びと生きることへの憧れがある。また、大人になりきれないハックの心情も郷愁も感じさせる。自由と冒険への普遍的な憧れが、作品の基調で通奏低音のように流れている。もう一つ「奴隷制度への批判」も見逃せない。奴隷制度の不条理がジムを通して描かれている。当時のアメリカ社会での奴隷制度批判の世相を反映した作品で、名著として読まれている。
ジェイムズ(その3) エバレットの“ジェイムズ”
著者が本書を通じて“ジェイムズ”を書いているのは、「逃亡奴隷ジムの目から物語を書き直した」点である。今まで述べて来た作品は主人公ハックが白人であり、ジムは黒人である位置付けである。この点は作者も読者も白人的な視点であったが、ジェイムズ(黒人)を主人公にすることで、物語の視点を大きく変化させている。奴隷制度の非人道性と人種や自由の問題を黒人がどう受け止めていたのかは、余り語られていなかった。ジェイムズは、白人を「抑圧者」と呼んでない。この点から黒人を「被害者」として固定していない。奴隷制度に抵抗しつつ、お互いに人間の尊厳を守ろうと努力している。従来のジムから本書のジェイムズなって、同じ物語が大きく変わったストーリィをジェイムズが語る小説にしている。
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