PMプロの知恵コーナー
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プロジェクトマネジメントにおけるマインドフルネス&コンパッション

竹腰 重徳 [プロフィール] :8月号

 現在プロジェクトマネジメント環境は、テクノロジーの進化と市場変化のスピードにより、かつてないほどの柔軟性・創造性・持続可能性が求められています。そのような中で、開発者やチームリーダーは、技術的なスキルだけでなく、人間的な成長と関係性の構築がより重要視されるようになってきました。特に近年注目されているのが、「マインドフルネス(Mindfulness)」と「コンパッション(Compassion)」という2つの概念です。

 マインドフルネスとは「今この瞬間に注意を向ける能力」、コンパッションとは「他者の苦しみに気づき、やさしさを持って関わろうとする姿勢」です。これらは単なるメンタルケアや個人の健康維持だけでなく、チーム全体のパフォーマンスを支える“戦略的な人間力”として機能します。

 開発現場では、VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)と呼ばれる環境への対応力が日々問われます。プロジェクトの仕様は変わりやすく、納期は厳しく、リモートワークの普及もあってメンバー間の物理的・心理的距離が広がる中、集中力の低下や感情的な衝突、チームの信頼低下といった課題が頻発しています。こうした現状に対し、マインドフルネスとコンパッションが大きな役割を果たします。

 マインドフルネス効果は科学的に証明されています。ハーバード大学の研究(ゴールマン, デビッドソン2017)によれば、8週間のマインドフルネス訓練を受けた被験者では、前頭前皮質(意思決定)、海馬(記憶)、扁桃体(感情反応)の機能が向上したことが確認されています。また、グーグル社では社員向けのマインドフルネス研修「サーチ・インサイド・ユアセルフ」を導入した結果、ストレス軽減・集中力向上・感情知性(EQ)の向上が報告されています。

 一方で、コンパッションについても、スタンフォード大学の研究により、セルフコンパッションを身につけた人はストレスに対する回復力が高く、チームメンバーに対しても協調的な態度をとる傾向があるとされています。さらに、グーグル社が実施した「プロジェクトアリストレス」では、業績の高いチームに共通していた最も重要な要素は「心理的安全性」だったと報告されています。すなわち、誰もが安心して発言できる環境が、創造性と成果を高める鍵なのです。

 ビジネスの具体的成果としては、マインドフルネスによって集中力と判断力が向上し、冷静な判断で品質の高い仕様設計やリスク管理の精度が向上します。また、コンパッションによってメンバー間の信頼関係が強化され、チームの一体感や離職率の低下にもつながります。さらに、安心して発言できる自由闊達な文化を醸成でき、イノベーティブな提案や改善アイデアが生まれやすくなります。

 マインドフルネスやコンパッションの実践の第一歩は、小さな習慣から始めることです。たとえば、毎朝3分間の呼吸瞑想を行うだけで、思考のクリアさと集中力が変わります。また、「今はつらいけれど、自分はベストを尽くしている」といった自己へのやさしい言葉がけも、感情の安定に効果的です。

 チームとしては、会議の冒頭に1分間の呼吸マインドフルネスの時間を設けたり、共感ベースの1対1の面談で、目標や課題だけでなく感情にも焦点を当てた対話を実施することで、心理的安全性の向上が期待できます。さらに、感謝の瞑想など「ありがとう」を共有する感謝の文化を育むことも、チームの雰囲気を良くする一助になります。

 マインドフルネスとコンパッションは、もはや単なる“癒し”ではありません。今のプロジェクト開発に求められるのは、感情知性(EQ)・対人スキル・判断力といった能力を支える“実践的かつ戦略的なスキル”です。開発者自身がまず自分の心を整え、他者とより良い関係を築こうとすることにより、より持続可能なプロジェクトチームと優れた成果が生まれるのです。まずは、1日3分の静かな呼吸から始めてみませんか。その小さな一歩が、あなたのチームに大きな変化をもたらすかもしれません。

参考資料
(1) チャディー・メン・タン、サーチ・インサイド・ユアセルフ、英治出版、2017
(2) トゥテン・ジンパ、コンパッション、めるくまーる、2022

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