カフネ Cafuné
(安部 暁子著、(株)講談社、2025年3月25日発行、第十刷、302ページ、1,700円+税)
デニマルさん : 8月号
今回紹介の本は、2025年の第22回本屋大賞を受賞している。主催者発表(NPO本屋大賞実行委員会)によると、一次投票には全国488書店の書店員652人が参加し、二次投票では336書店・441人の書店員がノミネート作品(10冊)すべてを読んだ上でベスト3を推薦理由とともに投票して選定されたという。因みに、2位:『アルプス席の母』(早見和真著、小学館)、3位:『小説』(野崎まど著、講談社)である。余談であるが、本屋大賞が誕生した背景には、2003年発表の直木賞「受賞作なし」が遠因であったとされる。当時の出版業界苦境の中で、書店が売るべき本がなかったので書店員の声を拾い上げるべく、2004年に大賞が発足したと資料にある。第1回目の大賞受賞作は『博士の愛した数式』(小川洋子著、新潮社)である。本屋大賞は新刊書の文学賞で「売り場からベストセラーをつくる」のがモットーとされ、今日まで多くの話題を提供している。筆者は本屋大賞の過去の経緯に関係なく、ここで芥川・直木賞等の著名文学書と同等に本屋大賞を数多く取上げている。今年で22回目となる本屋大賞の作品の中で、この話題の本では半数になる11冊を紹介している。その中で特に、印象に残っている作品について少し触れさせて貰いたい。先ず、2017年(第14回)受賞の『蜜蜂と遠雷』(恩田陸著、幻冬舎)は、同年の直木賞(第156回)も受賞して、本屋大賞史上初のダブル受賞の快挙を成し遂げている。本書は国際ピアノコンクールに挑む4人の若者の葛藤や成長を描いた青春群像小説である。2週間に亘る3次予選及び本選での演奏状況だけでなく、その家族等の支援者や審査員等の人間描写をドラマチックに書き上げた力作である。(話題の本では2017年1月号で紹介)もう一つは、2012年(第9回)受賞の『舟を編む』(三浦しをん著、光文社)である。辞書作りに情熱をもって挑む人間模様を描いている。書名は「辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく」から命名とある。日本語の意味や辞書の使い方等を自然に楽しめるベストセラー小説である。そんな人気から映画(2013年4月、松竹)やアニメ(2016年10月、フジテレビ)やテレビドラマ化(2024年2月NHKと2025年6月NHK-BS放映)された。(ここでは2012年7月号で紹介している。)前段が長くなったので本題に入りましょう。今回紹介する本の詳細は後述しますが、書評家の三宅香帆氏は「私たちに息苦しくなく生きる選択肢を、食べることを通して、そっと示してくれる物語」と評価。朝日新聞では「雨に濡れた人への、傘のような一冊だ」と評されるなど、多くの読者や専門家から高い評価を受けた作品です。参考までに、日本出版販売(株)調べの2025年上半期ベストセラー本での【単行本フィクション部門】では、本書が堂々第1位にランクされた。因みに総合1位は『大ピンチずかん』(鈴木のりたけ著、小学館)でした。著者をご紹介しましょう。1985年生れ、岩手県出身で花巻市在住。2008年『屋上ボーイズ』(応募時タイトルは「いつまでも」)で第17回ロマン大賞を受賞しデビュー。著書に『どこよりも遠い場所にいる君へ』、『また君と出会う未来のために』、『パラ・ スター〈Side 百花〉』、『パラ・スター〈Side 宝良〉』、『金環日蝕』、『カラフル』、『カフネ』等がある。
カフネ(その1) カフネとは?
題名のカフネは、ポルトガル語(cafuné)から「愛する人の髪にそっと指を通す仕草」の意味である。著者は、『翻訳できない世界のことば』の本から、この言葉を知って本作を着想したと受賞インタビューで語っている。言葉の意味から想定される場面は、恋人同士か親子か同姓の友人かペット等々を想像する様子が思い浮かんだという。本書では、物語の舞台となった家事代行サービス会社の社名としてカフネが使われている。そのカフネに集まる主人公やその仲間たちや会社代表者や、その顧客である家族や家事代行の業務内容等々から物語が多面的に展開される。その話題の中心を繋ぐのがカフネの精神なのであろうか。
カフネ(その2) 物語の人間模様
本書のストーリィは、離婚の痛みを引きずるなか、弟を突然亡くした主人公の野宮薫子が、弟の元恋人・小野寺せつなと会うところから始まる。せつなが料理、主人公が掃除を担当し家事代行サービスの活動を共に行うことで、ギクシャクしていた2人の関係はやがて変わっていく。家事代行サービスで提供される料理内容と顧客の家族状況等、現在の複雑な家族環境が巧みに描かれている。そこで主人公を中心とした人間関係を紹介して、物語の概略を推定頂きたい。主人公は、法務局に勤める41歳の女性。溺愛していた弟(野宮春彦)の突然の死と、不妊治療と流産を経て夫との離婚を経験し、深い悲しみと喪失感に苦しんでいた。次に小野寺せつなは、弟・春彦の元恋人で、家事代行サービス会社「カフネ」に勤務するプロの料理人。弟・春彦の遺言から遺産相続人となり、主人公との繋がりが始まる。ひょんな関係から、主人公はせつなのアシスタントとなり家事代行サービスを手伝うこととなる。一方せつなには、誰にもSOSを出さずに生きてきた複雑な過去と心の痛みを抱えていた。主人公の弟は、製薬会社の研究職だったが、物語の冒頭で亡くなっている。物語が進むにつれて彼の人生と死の真相が明らかになっていくが、その過程で主人公とせつなとの間に大きな影響がでる。果たしてその人間関係と弟の死の真相は、読んでのお楽しみである。
カフネ(その3) 食が繋ぐ社会模様
本書での家事代行サービスで訪れる家庭から、現代社会の問題が垣間見える。シングルマザーの疲労、認知症の親の介護に疲弊する娘、育児に追われる若い夫婦、家庭内のネグレクトやコミュニケーション不全など、リアルな問題である。この状況は、多くの人が必死に生きている現状を鋭く突いている。特に「食べることは生きること」というテーマが深く描かれている。提供される料理は、単にお腹を満たすだけでなく、食べる人の状況や好みに寄り添った温かい手料理であり、「あなたは一人ではない」というメッセージを感じさせる。著者は食事を通して多くの方々に伝えたい気持ちを圧縮して書いた心温まる物語としている。
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