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「原発事故」 (7) 本当の原因は何でしょうか

仲 俊二郎/小石原 健介 [プロフィール] :7月号

4 本当の事故原因は何でしょうか
 事故発生の根源的な原因は地震でも津波でも危機管理の不備でもない。私たちは「技術力の軽視」」と事故発生時の緊急事態における現場の対応が最悪の事態を防ぐことが出来なかったと分析している。そして原因を要約すれば次の3つの点である。
1 技術的な備えが不十分で原発はプラントとしてシビアアクシデントに耐え得る状態でなかった。
註 : シビアアクシデント(過酷事故)とは原発の安全設計において想定を大幅に超え、燃料が重大な損傷を受けるような事故をいう。
2 直接の原因は全電源喪失によるものであるが、その背景には国が定めた安全指針「長期にわたる全電源喪失は、考慮する必要はない」に重大な誤りがあった。
3 シビアアクシデントに備えての日頃の緊急事態への訓練が十分なされていなかった。短期間の電源喪失による原子炉冷却機能喪失に備えて機能する1号機の非常用復水器(IC)は設置以来40年間一度もテストがなされておらず、その機能についても十分理解されていなかった。信じられない怠慢です。事故発生後の初動作や対応のまずさにより炉心溶融、原子炉建屋の水素爆発による大量の放射線物質の漏えい・拡散という最悪の事態を防ぐことが出来なかった。

 国が定める安全指針は原子力安全委員会が原発の安全確保のために定めたものであるがその内容に重大な判断の誤りがある。そのことを謙虚に反省もせず地震・津波に責任を転嫁するかのごときは、事故の本質を見極めず「技術力」を軽視した今日の日本の軽薄な姿そのものである。そして非科学的な発想を最も象徴的に物語っているのは、空からヘリで水をかける、その命がけの行為を讃えること、とても科学技術の先端をゆく原発の事故対応とは思えない。
 こうした原因を生む背景として次の点を指摘したい。
1 原子力ムラの住人は原子炉工学の学者を中心に電力、役人の利権の巣窟となっていた。現場を熟知する技術者や原発のプラントシステム全体を俯瞰できる技術者は皆無であつた。現場の技術者がおれば安全神話のような現実にはあり得ない発想は出て来る余地はなかったし、現場の技術者がおればさまざまな問題の指摘を先送りすることはなかった。
 事故調査委員会の人選でも分かるように人選された学識経験者は原発やプラントについての知見がなく現場の技術者は含まれていない。やはり現場の修羅場を経験した技術者がいないと問題の本質は見えてこない。
2 わが国では原発の所長である原子力安全管理技術者には資格要件がない。一方アメリカ、フランス、カナダでは国家が原発の運転管理技術者教育を行い、カナダのストレステストなどを含めた厳しい国家資格による認可制を採用している。わが国の原子炉主任技術者などの国家資格は筆記試験の受験資格はなく誰でも受験できる。実地訓練や現場の経験は主としてアメリカの訓練機関に依存しており、原発の運転管理技術者を育成する制度についても未整備のままである。

 図表5は原発の原子力安全委員会が定めた原発の安全指針とそれに対し今回の事故がどうであったかを示すものである。
 図表5 原発の安全指針と原発事故 (出典:朝日新聞2011年6月12日)
指針名 指針の内容 今回の事故
安全設計
審査指針
長期間の全電源喪失は考慮する必要はない 全電源喪失が長期間継続
(9日間全電源喪失)
対震指針 使用期間中に極めて稀であるが発生する地震動を耐震設計の基準にする 複数の原子炉建屋で基準地震動を上回るゆれを観測
防災指針 防災対策を重点的に充実すべき地域は8km~10km圏内 20km圏内を警戒区域、30km以遠まで計画的避難区域
立地指針 技術的には起こると考えられない事故を仮説しても、周辺の公衆に著しい放射線災害を与えない 周辺居住地に年間積算線量200ミリシーベルト以上の地域が発生

図表6 原発の安全指針の概要
図表6 原発の安全指針の概要

 ところで1990年8月30日付で原子力安全委員会が決定した「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計指針」には、次のように書かれています。
指針27 電源喪失に対する設計上の考慮
 原子炉施設は、短期間の全交流電源に対して、原子炉を安全に停止し、かつ、停止後の冷却を確保できる設計であること。
指針27解説
 長期にわたる全交流電源喪失は、送電線の復旧又は非常用交流電源の修復が期待できるので考慮する必要はない
非常用交流電源設備の信頼度が、系統構成又は運用により、十分高い場合においては、設計上全交流動力電源喪失を想定しなくてもよい。

 今回の事故では、非常用発電設備は津波で機能喪失し、復旧の見通しが立たなかった。送電線は復旧工事の着手の遅れで復旧までに9日間を要し、最悪の事態を招くまでには復旧できなかった。今回の事故の原因を一言でいうと指針27解説に重大な誤りがあったことです。長期にわたり全電源が喪失すれば地震や津波に関係なく原発は同じ事故の発生を防ぐことはできません。逆に全電源喪失さえなければ、たとえ今回のような大地震や大津波が来ても原発は安全に冷温停止に成功し、安全が確保されたことは福島第2原発や女川、東海第2原発で立証されています。
 事故の原因を想定外の地震や津波によるもの、またこの両者の複合災害によるものとする事故調査委員会の検証結果は、決して事故原因の真相を究明したものではない。

 こうした原発の安全確保について重大な判断をなぜ誤ったのか、プラントの実態と怖さを知る者としてはまったく理解できないことです。一体誰の責任でそんな愚かな判断がなされたのか、この指針はその経緯と内容を検証し、抜本的に見直す必要があります。この重大な過ちを犯した背景として、原子炉工学の学者を中心とした原子力安全委員会の人選の問題を指摘する必要があります。本来、委員会の人選には、機械、電気、化学など多様な分野の専門家に加え、プラント全体のシステムを理解し、全体を俯瞰的にみる専門家や、現場の事故等の修羅場を経験してきた技術者の参加が必須です。この点は今回の原発事故の全体を通しての極めて重要な課題の一つです。いずれにせよこれまでの政府の「安全指針」が間違っていたことは今回の事故の最大の反省点でもあります。

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