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リスクマネジメントとイメージトレーニング


 この夏、世界中がロンドン・オリンピックに沸きました。福原選手の卓球をはじめ、レスリング、ボクシング、フェンシングなどの競技で日本は好成績を納めメダル獲得数は過去最高とか。さて、ここにあげた競技の共通点は何だか分かりますか。

 一つは個人競技であること。もう一つは対戦競技であることです。これらの競技では、攻防がほぼリアルタイムに同時並行で行われます。サッカーやバレーボールなどの団体戦も好きですが、私は、これら競技のダイナミズムというか、スピード感のある手に汗握る攻防戦というのがたまらなく好きです。自身でも学生時代から空手道をやっており、攻防での技や心理的な駆け引きでは、ついつい選手と同化して引き込まれてしまいます。

 対戦競技の醍醐味は、ひとつひとつの「技」以上にこの攻防での駆け引きにあります。相手の攻撃パターンを読み、繰り出される技を読み、相手の心理を読み、そして一瞬で適切な防御をして攻撃に転じる。あるいは、相手の心理を読みスキを突いて瞬時に攻撃をしかける。これらの複雑な思考と動作をほぼ無意識的に行うのです。試合で無意識に動作できるようになるまでには、何度も何度も同じ動作を繰り返して練習すると共に、様々な攻防パターンを想定したイメージトレーニングがとても重要になります。

 相手を想像して「もし、~のように攻撃されたら、~のように防御して、~のように反撃しよう。」と頭の中でイメージを動かして様々な攻防パターンをシミュレーションし、勝利を仮説検証してみるのです。ここで大切なのは、あたかも実際に対戦しているかのように鮮明にリアルにイメージを動かすことと、想像力を働かせて多種多様な攻防パターンを想定することです。そうなるまでには、かなりの時間と努力を要しますが。イメージを動かすには右脳が働きます。右脳が働くと鮮明でリアルなイメージは潜在意識の深いところに記憶され体とつながります。それにより、試合では状況に反応しイメージどおり無意識に体が動くようになります。シミュレーションした攻防パターンが多ければ多いほど類推や洞察が働き、実際の試合でも様々な状況に反応できるようになり勝率が上がります。

 私の経験では、試合前のイメージトレーニングが功を奏した時は、試合では想定したイメージどおりに体が無意識に動いて技が決まります。そのような時は、あたかも相手の心身の動きが予め分かっていた様な錯覚と、一種、恍惚とした感覚を味わえます。剣道の世界で「無念無想」と言われている状況です。

 さて、そろそろリスクマネジメントの話をはじめましょう。私はリスクマネジメントを実践する上でもイメージトレーニングが有効ではないかと考えています。リスクマネジメントの手法自体はかなり公知のものとなってきましたが、相変わらず類似の失敗が後を絶ちません。最近のマスコミ調査では、ITプロジェクトの約9割で同じ失敗を繰り返しているとの報告もあります。ここで同じ失敗と言うのは、同じような失敗という意味です。なぜなら、プロジェクトは唯一無二の性質を持つからです。全く異なることをやっているのですから、少なくとも表面的には同じ失敗というのはありません。プロジェクト当事者にしても唯一無二のプロジェクトなので、後から振り返れば本質的には同じような失敗であったとしても、なかなかそのことには気がつかないでしょう。類推や洞察が働きにくいのです。

 ここにプロジェクトにおけるリスクマネジメントの難しさがあります。ちょうど試合が唯一無二であるのと同様です。試合でも負けた原因を考えていけば、同じような敗因であったりするものです。敗因を分析して対策を立て全く同じ試合を再現すれば勝てるでしょう。しかし、そのようなことはありません。常にどうなるか分からないのが試合です。それでは、過去の失敗と対策をどうしたら唯一無二で不確実な次の試合、次のプロジェクトに活かせるのでしょう。

 それには、リスクマネジメント手法を知識として知っているだけではだめで、過去の失敗を分析するだけでも不十分です。どのような競技も技やルールを体得し過去の試合を分析した上で、攻防をシミュレーションするイメージトレーニングにより、実戦で類推や洞察から状況を読み無意識に体が即応できる実戦力が身につきます。

 このような先読みについて五輪書では火之巻の中で「枕をおさえる」と表現しています。「”枕をおさえる”とは、(相手に)頭をあげさせないという意味。勝負の世界では、相手に自分を廻させ後手になるのはよくない。どうにかして敵を自由に廻したいものである。真理を会得して何ごとであれ、敵の考える”兆し”を示さぬ前に、それを察知して、敵の「打つ」というその「う」の字の頭を抑えて、その後をさせないこと、これが”枕をおさえる”ということ。」また、状況変化に臨機応変に対応することについて孫子の兵法では九変篇の中で「将 九変の利に通ぜざる者は、地形を知ると雖も地の利を得ること能わず。」(意訳:変化に疎いリーダは、地形を知っていても勝つことはできない。)と書かれています。つまり、知識があっても実戦での状況変化に対応できなければ勝てないということです。

 リスクマネジメントに必要な実戦力も、対戦競技におけるそれと同じです。そしてイメージトレーニングで「もし、~だったら、~のリスクがあるので、~の対策をしよう。」というように様々にリスクを想定しシミュレーションと仮説検証を繰り返すことで身につきます。産業界の現場安全教育では、これを危険予知力、それを高めるトレーニングを危険予知訓練と言います。日本自動車連盟では、危険予知・事故回避トレーニングとして交通安全意識を高めています。いずれも実際の現場や路上で類推や洞察から状況を読み「その先にある危険」を検知、回避する能力を高めるため、想像力を働かせて様々にイメージし仮説検証するトレーニングです。これをITプロジェクトに応用したトレーニングプログラムが拙著「ITプロジェクトの危険予知訓練」と同セミナーです。

 例えば、発注業務をITで自動化する場合「もし、注文内容に急な変更があった場合、どんなリスクがあるか?」とリスクを想定しシミュレーションと仮説検証により、「誤発注のリスクがあるので、電話による緊急対応の運用ルールを決めておこう。」等々のトレーニングを少人数のグループで実施します。そして、このようなトレーニングをリアルにイメージを動かして行うには、対象業務の深い知識と現場を熟知している必要があります。教科書的な通常の流れとは異なり、実際の現場では様々なことが同時並行的に起きています。それらをどこまでリアルにイメージできるか、できるようになるかが勝利への鍵です。イメージトレーニングでは、このように複数の映像を同時並行で動かし高速処理するのが得意な右脳を鍛えることにもなります。

 試合前と同じようにプロジェクトの開始前に様々な状況を鮮明かつリアルにイメージし、リスクをしっかり読み対策を講じた上でプロジェクトを開始するには、日ごろのイメージトレーニング(危険予知訓練)が必要です。また、プロジェクトの実行中にも類推や洞察を働かせ状況を読み、リスクを早期発見し先手を打ってドライブしていくためにも、常に「もし、~だったら。」と頭を働かせるイメージトレーニングを積むことで実戦力を身につける必要があります。イマジネーションを働かせ様々なリスクを先読みし対策が功を奏したならば、プロジェクトを振り返ってみて「ほぼイメージどおり、想定内のプロジェクトだった。」と言えるのではないでしょうか。そのようなプロジェクトはきっと成功して、金メダルを獲得しているに違いありません。


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