PMプロの知恵コーナー
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「エンタテイメント論」(52)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :7月号

エンタテイメント論


第2部 エンタテイメント論の本質

3 笑い
●ゴリラの鼻くそ
 「ゴリラの鼻くそ」という黒大豆甘納豆の商品がある。筆者が知る限り、口に入れる食べ物にこの様な名前を付けた例は聞いたことがない。「笑い」は生むが、「気持ちが悪い」と感じて買わない人と「面白い」と感じて買う人に分かれるだろう。

 ところで筆者は、「ウコン」と「青汁」の健康食品を店頭やTVコマーシャルで見る度に、前者を「ウンコ」と、後者を「鼻汁」と連想する。そして何となく「気持ちが悪い」と感じる。そのため一度も買ったことはない。

 同健康食品を製造し、販売する関係者や同健康食品を愛用している読者には誠に申し分けない。本論の展開のためであるが、平にお許しを願いたい。

出典:ウコンの力 ハウス食品HP 出典:極の青汁 サントリー食品HP
出典:ウコンの力 ハウス食品HP 出典:極の青汁 サントリー食品HP

 さて「ゴリラのくそ」は、「連想」どころか、そのものズバリである。日本全国の動物園の売店や高速道路のサービスエリアの売店で売られている。
出典:黒大豆甘納豆とロゴマーク (有)岡伊三郎商店(島根県出雲市)
出典:黒大豆甘納豆とロゴマーク
(有)岡伊三郎商店(島根県出雲市)

 驚いたことに、日本国内の動物園の売店では、常に販売ランクの上位にある商品である。しかも平成13年の発売以来、累計220万袋を売り上げるヒット商品である。

 このネーミングの考案者は、黒大豆甘納豆の製造販売の(有)岡伊三郎商店(島根県出雲市)の岡和正社長自身である。黒大豆甘納豆のしわしわの粒をみて、「落語好き」の社長が思いついたと聞く。

 しかし彼はネーミングの奇抜さだけに頼らず、当該商品を開発後、動物園をターゲットにして日本全国の動物園の売店とその販売システムの情報を詳細に収集し、分析し、ターゲットの売店とその卸業者を一社づつ訪問する営業活動を展開した様だ。

●感性と理性を同時同質に充足させる商品
 同社長は、筆者が本稿の冒頭で指摘した「気持ちが悪い」と買わない人の存在を開発当初から意識していた様だ。そのため同商品を当初から動物園に遊びに来た客をターゲットとした。殆どの動物園にはゴリラが必ずいるからである。

 ゴリラを目の前で見た観客は、ゴリラの目、表情、動作などを興味深く観察し、「面白さ」、「不思議さ」などの様々な印象を必ず持つ。その観客が今見た「ゴリラ」の「鼻くそ」という名前の商品が売店で売られているのを見れば、誰しも「吹き出す(笑出す)」。

 その結果、「気持ちが悪い」という感覚が吹っ飛んで、「笑い」の効果によって自然に「ゴリラの鼻くそ」に関心を寄せる。一方この「鼻くそ」の食品は、誰もが一度は食べたことがある、説明必要の「黒大豆甘納豆」である。従って嫌いな人でない限り、食べたいと思う人は、既に商品内容を納得し、「面白い」と感じて買うことになる。

 「ゴリラの鼻くそ」は、口に入れる食品が「気持ちが悪い」と思われたら絶対に売れないという「絶対原則」に敢えて挑戦したものである。同社長は、「笑い」の絶大なる効用、感性と理性の同時・同質の発揮という「真のエンタテイメント」など筆者が説く「エンタテイメント論」を知らなくても、「落語」を楽しむ一方、「商品開発の本質」と「市場開発の本質」を実践し、「商品購買者の心」を掴んだ。そして見事に「ゴリラの鼻くそ」を成功させた。
出典:ゴリラ Yahoo Japan「ゴリラの映像」 出典:ゴリラ
Yahoo Japan
「ゴリラの映像」
出典:ゴリラ Yahoo Japan「ゴリラの映像」

 同社長は、如何なる商品も、買う人の感性の働きと理性の働きを同時・同質に充足させなければ売れないという真理に近い「原則」が成り立つことを、「ゴリラの鼻くそ」という「絶対原則」への挑戦を通じて証明してくれた。

 「ゴリラの鼻くそ」は、高速道路のサービスエリアでも売られている様だ。筆者はまだ見たことがないが、見たことがある読者は、是非、その商品を買ったかどうか、買わなかったなら何故かを筆者に聞かせて欲しい。なお同エリアで売られる理由は、「笑い」、「楽しさ」、「面白さ」を求めて、動物園、遊園地、行楽地に行く人達又は行って帰って来る人達をターゲットにしたためだろう。従って一般の食品店やデパートでは売られていないことも分かる。

●二律背反の両者の同時・同質の実現
 筆者は、感性と理性の同時・同質の実現とか、F機能とR機能の同時・同質の発揮という表現をよく使う。この場合の感性と理性、F機能とr機能の両者は「対立」する関係を持っている。これを同時・同質に実行することは不可能と思われるかもしれない。

 この対立する関係、言い換えれば「一方を立てれば、一方が立たず」という「Trade-off(二律背反)」の現象は、世の中に数多く存在する。しからば両者は対立するまま、永遠に解決しなのだろうか。そんなコトでは世の中が成り立たない。

 哲学者ヘーゲルの弁証法は、「正」と「反」の対立の過程から止揚されて「合」が生まれることを説いた。哲学を云々する前に、対立する両者を同時・同質に解決する実例は、現在の我々の世界でも、戦国時代の乱世の世界でも数多く存在した。

 また対立する両者を同時的、同質的に解決せよと求める「教え」は古今東西に無数に存在する。例えば、「乱にいて治を忘れず、治にいて乱を忘れず」とか、「戦わずして勝て、戦わねば勝てぬ」などである。

●人間の精神と肉体の働き
 対立両者の同時的、同質的解決は、建前論や理想論と考える読者が多いのではないか。しかしそう考える読者自身の精神と肉体の仕組みを考えて欲しい。我々の精神構造と肉体構造は、この対立両者を見事に一瞬の怠りもなく、同時的、同質的に解決している。

 我々の体は、自らの意志でコントロールできない自律神経(Autonomic Nervous System)の働きが存在する。この自律神経は「交感神経(Sympathetic)」と「副交感神経(Parasympathetic)」で構築されている。どちらの神経も本人の意識の外で自動的に働いている。ある現象が起こると同時的、同質的にどちらかの神経が働く。その切り替えも見事である。

●交感神経と副交感神経
 主として内臓の機能をコントロールする自律神経は、既述の通り、交感神経と副交感神経の2つの神経系統で成り立っている。
 交感神経の中枢は、背骨の中を通っている脊髄にある。交感神経は交感神経幹の神経節から皮膚や血管、心臓、肺、食道、胃、腸、肝臓、腎臓、膀胱、性殖器など全身の器官に広く枝分かれしている。一方、副交感神経の中枢は、脳神経の末梢や、脊髄の下のほうの仙髄と呼ばれるところにある、そして神経節を通して全身に分布している。
 交感神経は、「昼の神経」と呼ばれ、昼間活動している時に活躍する。交感神経が働くと、瞳孔は拡大し、心臓の拍動は速くなり、血管が収縮して血圧を上げ、体はエネルギッシュな状態になる。自律神経は、体を動かしたり、寒さや暑さなどの物理的な刺激にのみ反応するだけでなく、精神的な刺激に対しても働く。強い恐怖、激しい怒り、強度の緊張、深い悩みや不安を持った時も強く反応し、交感神経が機能する。

 副交感神経は、「夜の神経」とも呼ばれ、体を緊張から解放し、休息する様に働く。副交感神経は、瞳孔は収縮させ、脈拍はゆっくりにし、血圧は下降させ、体も心も夜の眠りにふさわしい状態にする。

●自律神経の失調
 自律神経の働きは、外部環境、内部環境の変化に応じて交感神経と副交感神経の対立する2つの神経機能を瞬時に適切に機能させ、各器官の働きを調節する。その結果、精神と肉体のバランスが保たれている。

 なおこの場合の「同時」とは、一度に一緒に交感神経と副交感神経が働くという意味ではない。環境変化時にどちらかの神経機能が瞬時に対応するという変化への機能発揮の「同時性」を意味する。

 なお極度のストレスが累積すると、自律神経に支障が起こし、白血球の働きを弱める。その繰り返しによって白血球の癌細胞を殺す働きが衰退する。その結果、誰もが日々発生させている癌細胞を完全に死滅できず生き残る。この生き残りの癌細胞がストレスの繰り返しで増殖し、遂に「癌」となる。この事実は、①誰もが潜在的癌患者であること、②ストレスこそ癌の最大の原因であることを我々に伝えている。
つづく
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