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「エンタテイメント論」(40)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :7月号

エンタテイメント論


第1部 エンタテイメント論の概要

15 TV放送とTV放送産業の実態
●2つの映画のスチール写真
 前号「39号」の巻末に「F機能とR機能」とは何か? その答えを「スター・ウオーズ」と「椿三十郎」の映画のスチール写真をヒントに考えて欲しいと読者に尋ねた。その答えが分かっただろうか。

 本稿の「映画と映画産業の実態・16号(062209)」に於いて、夢工学式の「映画成功法」として「ポート・フォリオ戦略」と「F機能とR機能の同時追及」を提言した。前者の内容は「17号」で詳しく説明した。しかし後者のそれは説明していない。この説明が遅れたことを許して欲しい。上記の「答え」を明らかにすると共に「F機能とR機能」の同時・同質の実現(正確を期すため最近では同質を加えている)の重要性と必要性を気付かせてくれた人物を紹介したい。

●F機能 = Fantasy Function
 F機能の「F」は、ファンタジー(Fantasy)の頭文字を意味する。人間の感性(パトス)に訴えることを象徴的に表現したものである。

 F機能とは、色、形を見る、匂いを嗅ぐ、振動を感じる、音楽を聞く、食べ物を味わうという五感に直接訴え、夢、楽しさ、遊び心、芸術的感動など「感性的欲求」を充足させる働きをいう。また恐怖、驚きなども含むものである。F機能は、夢工学の「パトス」と「パトス論」そのものである。この機能は、下記のR機能と対峙した概念である。理屈で制御し難い「1+1=∞」の世界に存在する機能である。

●R機能 = Reality Function
 R機能の「R」は、リアリティー(Reality)の頭文字を意味する。人間の理性(ロゴス)に訴えることを象徴的に表現したものである。

 R機能とは、五感を通じて目的達成、使命達成、課題解決、採算性確保、機能性充足、便利性充実、効率性確保、合理的コスト削減、サイエンス性(科学性)確保、理論などの「理性的欲求」を充足させる働きをいう。R機能は、夢工学の「ロゴス」と「ロゴス論」そのものでもある。この機能は、上記のF機能と対峙した概念である。理屈で制御できる「1+1=2」の世界に存在する機能である。

●リチャード・エドランド(Richard Edlund)特撮監督との出会い
 筆者は、約20年前、当時の「黒澤プロダクション」の某氏の紹介で都内某ホテルの某レストランで、ある人物に会った。彼は、「スター・ウォーズ」、「ポルターガイスト」などの特撮(SFX)で幾つものアカデミー賞を獲得した世界的に有名な特撮監督で、受賞後も様々なヒット映画「続編ダイ・ハード」、「エアフオース・ワン」、「新・続編・スター・ウオーズ」などの特撮に参画している。

 彼とは、リチャード・エドランド特撮監督である。その会食は最初から大変打ち解けた雰囲気で始まった。筆者は、「映画成功の秘訣は何ですか?」と最初からぶしつけな質問をした。にもかかわらず、彼は快く、しかも真摯に答えた。彼の人柄の良さを知った。「それは、すべての映画に共通するものですが、ファンタジーとリアリティーを共に実現することです」と明確且つ簡潔に答えた。その上でより詳細な説明を始めた。彼の頭の良さも知った。
出典:リチャード・エドランド ウイキペディア 出典:リチャード・エドランド
ウイキペディア
 「楽しい空想、楽しい仮説、痛快なシナリオなど明るい、「夢のファンタジー」、またスリルの連続、恐ろしいショッキングなシナリオ、目を覆うドキドキ・シーンなどの暗い、「悪夢のファンタジー」は、観客の「心」を捉えるための不可欠な要素です。しかしそのファンタジーが現実の世界で本当に起こったらどの様な状況になるかを、同時に、具体的に、詳細に描かないと、観客の「頭」がせっかく捉えた「心」のファンタジーをぶち壊します」

 「スター・ウォーズは、スペース・オペラという範疇の空想映画です。この映画に出現するデス・スター、宇宙母艦、戦闘機などは、チャチなミニチュア模型でなく、可能な限り精巧な模型で本物に見える様に作られています。そして精緻な動きをする撮影方法で撮られています。これによって観客は抵抗感なく納得し、自然に空想の世界に引き込まれます」と語った。彼が表現した「心」とは「感性」を、「頭」とは「理性」を指すことは言うまでもない。

 初体面に拘らず、ワインが効いてきたためか、お互いに打ち解け、ニックネームで話す様になった。彼は「アキ(筆者のニックネーム)、 ダイ・ハードという映画を撮影した。この映画を是非観てくれ」と言った。「変な題名だなあ」と思わず口走り、拙い事を言ったと思った。しかし彼はクスクス笑いながら、「この映画の中に、格闘シーン、銃撃シーン、爆発シーンがある。それらのシーンは、本物の撮影によるものか、偽物を本物らしく見せたSFX撮影によるものかを判断し、手紙で知らせてくれ」と言った。

< 特撮監督リチャード・エドランドのF機能とR機能の同時・同質達成例 >
出典:スターウオーズなど Deco Power Com、Star Wars Com Etc.
出典:スターウオーズなど Deco Power Com、Star Wars Com Etc.

 ビルがハイジャックされ、人質が取られ、カネを要求され、主人公が唯一人で戦い、妻と人質を奪回する第1作目の「ダイハード」を観た。その真偽の手紙を送った。筆者の答えは、ほとんど間違っていた。例えばハイジャックされて燃え上がるビルは偽物のビルであった。エレベーターの爆発シーンなども偽物であった。

 彼は、「SFXのアカデミー賞をスター・ウォーズではなく、ダイ・ハードで受賞したかった。何故ならSFXの究極の目標は、誰もが熟知している現実空間を、偽物を使って本物そっくりに撮影し、観客に気付かれず、その空間に引き込むことだ」と熱っぽく語った。筆者は、その後、彼の招きで、ロスアンゼルスの彼の会社「ボス・フイルム社」を訪問し、スター・ウォーズに使われたデス・スターや宇宙母艦、その他の映画に使われた精巧な模型を見た。筆者は、彼のSFXに懸ける「夢」と「情熱」を体感した。

●故・黒澤 明監督との出会い
 筆者は、新日本製鐵勤務時代、MCA社のユニバーサル・スタジオ・ツアー・ジャパン・プロジェクト(USJ)の総括責任者として同プロジェクトを推進したことは本稿で紹介した。このプロジェクトを新日鐡に紹介した人物は故・黒沢 明監督であった。

 同監督とは何度も会ったが、某会食の時、ある事を尋ねた。「黒沢監督さんは、ある時代劇の撮影の時、タンスの中に着物を入れ、引出しを閉めて撮影されたと聞きました。本当にそんなことをしたのですか?」と言外にあきれた意味を含んで尋ねた。

 同監督は、筆者に答えず、「何故か分かるか?」と同監督の関係者に言った。しかし誰一人答えなかった。苛立った監督は、「川勝さん、何故か分かりますか?」と逆に質問してきた。「質問したのは私ですよ」と反論しそうになった。しかし同監督が怒った表情で筆者を睨みつける一方、周囲から厳しい視線が筆者に注がれた。余計な質問をしなければよかったと後悔した。

 重苦しい長い沈黙が座を支配した。何か言わざるを得なかった。仕方なく、思い付いたまま、「カメラに映らない部分に真実というか、現実が存在するのでは? 映らなくても、現実を求める映画制作姿勢を皆さんに分からせるためになさったのでは?」と怖々言った。その瞬間、同監督は怒りを露わし、「何故、分からんのか」と大声で怒鳴った。
出典:黒澤 明 監督 ウイキペディア 出典:黒澤 明 監督
ウイキペディア

 筆者の回答は正解で、怒った相手は関係者であった。「黒澤天皇」と言われる所以を体感した。会食後、筆者は、怒られた関係者一人一人に謝って回った。しかしその事が契機になって筆者は同監督に何でも自由に話せる様になった。

 筆者は、同監督に会う度に、「椿三十郎」の続編「椿三十郎・2」を作って欲しいとお願いした。当時側近の野上助監督から「あなたですか。いつも先生に椿三十郎の続編を作れという人は!」と責められた。リメーク版ではなく、モノクロ原作版の「椿三十朗」を是非観て欲しい。黒澤映画の中で最もエンタテイメント性が高く、ユーモアーもあり、人生訓もあり、痛快な時代劇であることが分かる。そして筆者が続編を要請した理由も理解されるだろう。

 筆者の執拗な要請に黒澤監督は遂に答えた。「川勝さん、分かりました。作れない理由をお話します。椿三十朗を演ずることが出来る役者がいない。三船さんは年をとり過ぎた。今の時代にこの種の時代劇のシナリオや映画がマッチするかどうか分からない」などと、さみしそうな表情を見せながら語った。

< 故・黒澤監督のF機能とR機能の同時・同質達成例 >
椿三十郎 七人の侍 影武者 用心棒
      椿三十郎        七人の侍          影武者          用心棒
出典:椿三十郎など DMM COM

 黒澤監督は、日本と世界の映画界で「ある音」を最初に使った監督である。「ある音」とは、三船敏郎が扮する椿三十郎が人を斬った時に出た音である。この音は、本当に剣で肉を斬って出た音を録音した音と聞いている。その試みを直ちに取り込んだ映画は、故・勝新太郎が主演した「座頭市物語」である。盲目の人間が攻めてくる相手を斬ることは殆ど不可能である。これを可能にするリアリティーのある殺陣を考案するため勝新太郎、監督、殺陣師などが苦心惨憺したと聞く。ここにもF機能とR機能の同時追及が存在した。

●日本映画の「ゴジラ」と米国映画「ゴジラ」
 日本の「ゴジラ映画」を観るとゴジラの縫いぐるみの中に「人」が入っていることが直ぐに分かる。ゴジラは、ミニテュアーと直ぐに分かる様な鉄橋や建物を破壊する。この現実性(R機能)のない画面に昔の大人は白けなかったが、今の大人は白ける。白けないのは現実性判断力が未発達の小学生だけ。その結果、日本のゴジラ映画は子供向けの映画になった。しかし日本のゴジラは、ある種のファンタジー(F機能)を発揮し、子供達のアイドルになった。

 米国の「ゴジラ映画」を観るとリアリティーがあり、迫力満点である。マンハッタンの街を本物そっくりの巨大なゴジラが暴れまくるシーンは、映画「ジュラシック・パーク」の恐竜が暴れるシーンに匹敵する凄さである。しかしこの映画は、現実性ばかり追求したため、ある事を失ってしまった。それは、この映画で主張したいメッセージやある種のファンタジー(F機能)である。その結果、この映画は単なる恐怖映画になった。

 日米のゴジラ映画は、両方ともF機能とR機能の同時・同質達成を実現させていない。その結果、大人にも、小学生は別として中高生にもつまらないB級映画になった。

●F機能とR機能の同時・同質達成
 F機能の「1+1=∞」という右脳的・感性的判断とR機能の「1+1=2」という左脳的・理性的判断と同時、同質に融合した時、「既成概念」、「固定概念」、「先入観」に束縛されず、「自由」で「絶大な想像力」、「豊かな発想」などを発揮する。

 夢工学は、夢の実現と成功を拒む「壁」となる所謂「問題」を解決させる「計画設計」の重要性と必要性を強く説いている。この計画設計が果たす機能の中で「F機能とR機能」の同時・同質の達成を極めて重要な位置付けにしている。

 上記の通り、F機能とR機能の同時実現を昔から説き、世界のSFXの世界を基を築いた人物は、リチャード・エドランド特撮監督である。 しかし「Fantasy、Reality」などと酒落臭い事を言わず、昔から黙々と同時実現を成し遂げ、生涯それを貫いた稀有の映画監督は、黒沢 明監督である。筆者が両氏からこの事を直接学んだことは、「夢工学」の構築にどれほど役立ったか、言葉に尽くせない。また本稿の「夢工学式エンタテイメント論」の重要な骨格の一部を形成している。本稿を借りて、両氏に心から感謝していることを述べたい。
つづく
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