宇宙ステーション余話
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「国際宇宙ステーション余話」

長谷川 義幸:9月号

第 11 回

■「きぼう」管制官は資格がいる。
 国際宇宙ステーション(ISS)では、実運用に配置される管制官を、その資格別に認定することが要求されました。 「きぼう」ではJAXAが認定しますが、合同訓練を通じてNASAもチェックをします。 管制官には、運用責任者のフライトディレクター、電気通信管制官、熱・環境制御管制官、船内・船外活動管制官等がいます。 「きぼう」の打上げ2年くらい前から準備にかかり、NASAと密に内容をつめて筑波宇宙センターとヒューストンで訓練を開始しました。 スペースシャトルやISS運用経験のあるアメリカ人の支援も受けて開始したのですが、当初予想していた英会話の問題よりは、トラブル対応技術が最後まで課題になりました。例えば、船内の装置を冷却した水はNASAの接続モジュールの熱交換器を通じ船外の大型放熱パネルへ熱を移送しますし、「きぼう」の冷却系統は、欧州の実験施設の系統とインタフェースをもっているので、熱・環境制御管制官はISS本体の技術内容をしっていなければなりません。それも単なる知識では、トラブル時の運用調整ができないので保守技術者のレベルが必要です。さらに、「きぼう」の熱・環境制御システムに必要な電力も通信も「きぼう」の中だけで独立していないので、ISS本体の知識がいります。 ISSは参加機関が、機能を分担して開発し、宇宙でお互い使いあう仕組みですので、大家さんのNASAや隣人の家(欧州やロシア)の電力・コンピュータネットワーク、空気の通路、排熱の系統を知らないと生活や実験ができないのです。 これらのことは、日米運用合同訓練で重要な課題になり、NASAから改善要請がでました。公式に指摘されると、みんながいる訓練の中で恥をさらすのは嫌いですから、担当別の反省会や自習を真剣にやって同じ指摘を受けないようにしていました。訓練毎にレベルは確実に上がりました。結局、「きぼう」打上げまでには、かなりレベルはあがり、管制官の認定もできました。まだまだ、未熟ではありますが、緊張した実運用で技術がすこしずつ身についてきているようです。現在、さらに管制官養成を継続しています。

■シミュレーションが危機を救う
 管制官の訓練の大部分は、常識では考えられないトラブルを想定して何回も行われます。 特に、安全に対する訓練は時間との勝負ですので、身体で反射的に何をしなければならないかを覚えなければなりません。NASAやJAXAでは、トラブルや事故が必ず起きることを前提に的確に迅速な対応をする訓練が繰り返し行われています。 実際にはほとんど起きそうにないトラブルや事故が大部分を占めています。これは、常に考えられるあらゆる事態を想定した 「What if Game (もし起きたらどうする)」 シミュレーション とよばれるものでリスク管理の一つです。 システムが複雑になるほど、ミスの発生確率も高くなってきます。技術上の問題だけではなく、組織が大きくなると、現場の情報が責任者に伝達されてゆくのが遅かったり、正確さが欠けるので、迅速な意思決定ができないことがでてきます。手順やルールが整備されていても、これで万全ということはなく、ミッションが確実に達成できるレベルまで訓練を行います。 「きぼう」実験棟の打上げ前まで日米合同訓練を何回も実施しましたが、その大部分の訓練はトラブル対応訓練でした。 実際にはほとんど起きそうにもないトラブルをどんどん入れてゆきます。たとえば、メインコンピュータがダウンする、 主電源が落ちる。 すぐに、船内で火災が発生する。 さらに有毒ガスが発生。 空気のリークが起きる。 というようにです。 管制官は発生した事態を受信データから冷静に判断し、トラブル処置のどれを採用し、チーム内でどこまで対処してゆくのかをチェックします。 トラブルの仕掛けは、日米の管制官ではないシミュレーションチームが、日米の安全審査や技術調整で課題となっている予想されるトラブルから現実起きるかもしれないものを選び、訓練シナリオを作成します。訓練に配置される管制官チームのレベルにより、難易度の高いものと、中くらいなものの内容を選び、ヒューストンのISS訓練シミュレータと「きぼう」訓練シミュレータにトラブル時のイベントシナリオとテレメトリデータを作ります。シミュレーションチームには、ISSシステムのメカニズムやトラブル時の動作等の高い知識が必要です。

■管制官の訓練は大部分トラブル対応
 シミュレーションは、実運用と同じ真剣勝負ですので、データの傾向が設計上ありえないようなものがあると、反省会で管制官はコテンパンにシミュレーションチームを非難します。合同訓練が始る前は、みんな緊張していますが、熟知しているトラブル発生では、管制官チームは意気揚々とこなします。しかし、予想していないトラブルが発生すると厳しい表情になりボイスループでの語気が厳しくなり、お互い助けあっていくチームとそうでないチームがでてきます。頭が真っ白になっている管制官もいて、およそ8〜10時間に及ぶ日米真剣勝負が終るまでみんな緊張感でピーんと張った空気が蔓延します。 この訓練は、管制官の技術レベル、日米連絡ルール、マニュアル成熟度等のチェックが目的ですが、人間の性格や仕事の動かし方等のパーソナリティーが曝け出されるので、管制官の認定プロセスとして最高の場です。  「きぼう」の打上げ・組立て本番では、いくつかトラブルがありましたが、迅速に正確に対応できたことは語存じの通りですが、訓練の方が実際よりはるかに厳しかったのはいうまでもありません。

■宇宙飛行士の命は管制官が守る
 NASAは40年以上の有人宇宙船運用の経験を教訓として歴代継いでいます。 JAXAに10年以上前に交換職員できていたNASAのナンテル鈴木管制官が教えてくれた下記の信条は、「きぼう」が宇宙で活動を始めた現在、「きぼう」管制官にとって現実のものとして深く身にしみるようになってきました。
  1. 突然、前触れもなく自分の仕事が、人の生死を分かつような重要な役割を担うことになるということを肝に銘じること。
  2. 仕事に精通する前に、自分自身に精通していなければならない。
  3. 宇宙は不注意や無関心を許さないので、完全な準備を常に怠らないようにしなければならない。
  4. ミッションの成功を実現させるためには、怖れ、躊躇する自分を克服しなければならない。
  5. 責任を他人に転嫁することはできない。やらなければならないことは何か、やるべきではないことは何かについて、明確な答えを自分が持っていなければならない。
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