宇宙ステーション余話
先号   次号

「国際宇宙ステーション余話」

長谷川 義幸:1月号

第 3 回

■宇宙飛行士からの操作共通化要求
国際宇宙ステーションの構想計画段階では、前回の電力論争の他にも沢山論争がありましたが、有人宇宙船特有の設計要求として、宇宙飛行士からの共通化要求が大きな論争でした。国際宇宙ステーションには、われわれがイメージする宇宙船にありそうな操作ボタン並んだコックピットはありません。すべての操作はラップトップコンピュータで行います。各国の宇宙飛行士が、搭乗権利に基いて交代で宇宙飛行士を送り込みます。 機器の表示やコンピュータ操作システムを標準化しておかなければ、操作の誤りが生じます。日本の宇宙飛行士は、「きぼう」日本実験棟だけで活動するわけではありません。米国や欧州等の外国の実験モジュールもサポートすることになっており、逆に外国の宇宙飛行士も「きぼう」運用を行います。このため、実験棟についても共通化が求められます。さらに、NASAやロシアの宇宙飛行の経験が豊富な宇宙飛行士からは経験に即した細かな要望が持ち込まれることになりました。 国際宇宙ステーションでは宇宙飛行士が長期間にわたり地上の家族や仲間から隔離されて設計思想の異なる参加機関が提供した実験棟や居住棟で実験や観測を行うため、心理的に不安定になります。そのため、船内活動や船外活動を行う際の人間のエラーを防止するため操作の単純化と標準化が全性の確保と作業の確実さのために必要となりました。

■従来は機械中心の宇宙船設計
従来の宇宙船は機械が中心で人間は機械の一部として設計されていました。 「うまくできないのは、技量が未熟、センスが悪い」 と認識される傾向があり、宇宙飛行士は未熟といわれて職を失わないように精一杯がんばっていました。しかし、操作ループから人間が切り離されたメカニズムになっているため、機械に不具合があると、その機能を人間に肩代わりさせることになりました。このような作業は、大部分が難しい機能だったり、人間の限界をこえるものが多いのです。 宇宙ステーションではその反省の上で、「人間」をシステムの中心におき、その周りに機械を配置し、人間に適合するように設計を行う思想を導入することにしました。人間のエラーを誘発させる背後要因の特定に主眼をおきその排除に努める方法です。つまり、人間の特性や限界を知って人間が優れている機能を人間に行ってもらい、それ以外は機械が補う設計です。このような背景のもとで、人間と機械のインタフェースについて具体的な設計標準を制定する必要がでてきたのです。 ところが、「人間を中心においた設計をする」といっても、設計者で人間工学を理解している人は非常に少なく、具体的な仕様がないと人により解釈が異なり標準化にならないことは明白でした。このため、NASAは、知識の多少を問わず人間工学を考慮した設計ができるように設計標準を作成することにしました。

■我が国も人間工学本格導入へ
 日本で開発を担当する宇宙開発事業団(現:宇宙航空研究開発機構)でも、人間工学を本格的に導入するため、専門の人間を職員に雇用し、かつ、航空会社や大学の研究者に参加してもらいNASA主導の人間工学の技術仕様調整を行うことになりました。 人工衛星やロケットの開発には、宇宙船の運用や安全・信頼性設計の知識があって有人宇宙船システムの設計ができる人はいませんでした。開発の当初は、どのように設計に取り入れるのか手探りで、NASAとの技術調整や実物大模型(モックアップ)を作って日本人宇宙飛行士や設計者が操作をし問題点を洗い出し、設計変更して、操作して確認を繰り返しながら、設計を固めることになりました。

■NASA中心に人間―機械インタフェース要求作成
NASAは、図の体制でこの問題に取り組むことになりました。米国の民間航空会社、防衛機関の実績を取り入れるべく、NASA各研究センター、米国空軍や海軍、航空機製造会社の参加を得て、人間機械系インテグレーションスタンダード(NASA-STD-3000シリーズ)を作成し、これをもとに人間工学技術仕様の調整を日本を含む参加機関で行うことになりました。国際調整でも、船内活動用に国際宇宙ステーション全体のモックアップを、船外活動用に、水中モックアップをつくり、実際に宇宙飛行士が操作して良し悪しを評価し、細かな仕様をきめてゆく作業が長く続きました。 人間工学は、人間の感性による部分が多く、様々な意見が飛び交い、かつ開発コストとスケジュールの制約があるため、合意に達するまでに相当の論争が行われることになりました。その結果、1990年頃から開始した作業は、宇宙ステーションのアーキテクチャーを決定するのに時間がかかり、ようやく1996年に国際宇宙ステーション人間―機械系技術要求仕様書SSP50005が制定されることになったのです。その後も、内容の改定を適宜行い詳細な技術要求書になってきています。

ページトップに戻る