『ウィニング 勝利の経営』
(ジャック・ウェルチ、スージー・ウェルチ著、斎藤聖美訳、日本経済新聞社発行、
2005年09月26日、2刷、437ページ、2,000円+税)
金子 雄二 ((有)フローラワールド)
著者のウェルチ氏を今更紹介するまでもないが、その素晴しい実績に敬意を表してかい摘んで足跡を追ってみたい。1960年にGE(ゼネラル・エレクトリック)に入社、以来退職された2001年までの41年間一貫して同社で貢献された。特に、1981年会長兼CEO『最高経営執行責任者』に就任して、20年間GEの経営変革に取り組み世界No.1の企業に育てた。だから世界の産業界やメディアから「20世紀最高の経営者」と賞賛されている。一般的に欧米では、転職を重ねながら昇進と出世街道を走っていくと伝えられているし、現にそうしたケースをよく耳にする。日本でも最近は、転職を普通に受け入れられる状況になってきたので、著者は例外中の例外かも知れない。更に、20年以上も経営に携わっていて会社を継続発展させられるのは、神業に近いことである。だから「20世紀最高の経営者」と称されるのは、当然といえば当然である。ここでどうしても触れておかなければならないことは、何故それが実行できたのかという点である。著者は、自書「わが経営」(ジャック・ウェルチ、ジョン・バーン著、日本経済新聞社発行)にその秘策を書いている。
この話は余りにも有名であるが、この本にも関係するのでポイントだけ触れておく。経営には、如何にビジョンが大切か、そのビジョンを如何に分かり易く社員に徹底させるか、そしてビジョンを貫き通す経営トップの強い信念と覚悟が必要かを説いている。このビジョンは、著者が1981年に会長に就任して間もなく「新生GE」の構想として発表したものだ。俗に「ナンバーワン・ナンバーツー戦略」と称されているもので、会社の製品やサービスが業界でナンバーワン・ナンバーツーでなければ、その部門は「再建か、売却か、さもなければ閉鎖」とし、これからのGEの方向性を明確に示したものである。この単純で分かり易いメッセージに従って、経営幹部層から社員に至るまで一つの目標を共有化した。以来、20数年間この軸はぶれることなく、今日のGEを築いていった。この考え方ややり方は、どこか日産のゴーン会長とオーバーラップするところがあるが、歴史的には著者の方が先んじていた。いずれにしても、成功するにはそれなりの秘策と苦労がある。この本は、著者が現役引退後その成功談を世界中で講演してきた過程で、聴衆者からの同類の質問をまとめたものである。従って、今までの話の総まとめでもある。経営は、プロジェクトマネジメント(PM)の集合体であるが、PMそのものは経営であり参考になる点が多々ある。PMの原点を学べる教科書的な本だが、人生哲学にも触れた幅広い話題も書いてある。
ウェルチの経営哲学 ―― 4つの原則 ――
この本は、講演会等でよく出された質問に答える形で書いたという。著者が何故長期に亘り成功を収めたのか、その秘策を聞きたいと思うのは誰しも同じである。その疑問に答えて、著者の経営哲学を交えて披露している。それは4つの原則から成っているという。先ず、「ミッションとバリュー」である。ミッションとは、会社組織や従業員にとっては「利益を上げ、社会貢献するために機能し働くという使命」である。そして、経営者はこの使命を達成するために「社会や従業員対して、その使命の目標をメッセージとして発信する宣教師としての役目」がある。著者はこの点に関して、「可能と不可能のバランスを上手にとるのが効果的なミッション・ステートメントである」と書いている。その具体的なものが、先のナンバーワン・ナンバーツー戦略である。このミッションを考え作るのは、経営トップでなければならない。何故なら、最終的な責任をとる者が決定すべきで、誰かに委譲できるものではないと断言する。これに対して「バリューは、そのミッションを実践するための具体的な行動規範」である。ここで大切な点は、バリュー決定に関して多くの社員が参加して決定すべきであると書いている。何故ならバリューは、現場に密着したもので全社員が実行可能なものでなければならないからだ。同時に経営者は、そのバリューを実践するためのサポート体制を整備して、常にバリュー実行を支援する。そしてミッションとバリューが相互作用するように配慮し、一貫性をもって実践することが重要である。
次が「率直さ」だという。この率直さは、従業員に対しての面に力点を置いて書いている。従業員の率直さを引き出すには、報酬を与え、褒め、語り続け、経営者が元気に有言実行することである。率直さのベースは、お互いの信頼関係である。経営者から従業員、従業員から経営者、普段からの相互のコミュニケーションで維持される。3番目が、「選別」である。著者の「選別」とは、人とビジネスを管理する方法と定義している。ビジネスの選別は明快で、先のナンバーワン・ナンバーツー戦略に尽きる。問題は、人の選別に関することだ。選別の重要なポイントは、公平性である。この公平性は、選別のシステムを情報開示して、率直に評価して人事考課制度とリンクさせることである。野球やサッカー等のプロ選手の年俸が、個人成績とチーム貢献にリンクしていることで明確な公平性が保たれている。これはビジネス(経営者)も顧客に選別されている仕組みを相互に認識して、ビジネスと人の選別をしなければ、競争社会に生き残れない現実を理解することでもある。最後が、「発言権と尊厳」である。このことは人間として基本的なことで書くべきことではないとしながらも、多くの質問がこの類なので敢えて答えている。職場における上司や経営者が、部下の発言権と尊厳を否定していることが多い。そこで著者は、「ワークアウト」と称する、ミーテイングを実施した。トップは、最初にそのミーテイングで出された提案に即答する。出来ないものは30日以内に回答すると約束して席を外し、終了時点で約束を実行する。この結果、従業員の発言権と尊厳は保障され、会社の生産性は画期的に向上したという。ワークアウトは1つの事例であるが、こうした努力の必要性も説いている。
ウェルチの組織マネジメント ―― リーダーシップと危機管理 ――
著者は会社経営に関して、人材採用や人事管理やリーダーシップ等を書いているが、PMにとってリーダーシップと危機管理が参考になるので、この点に焦点をあてて書いてみる。リーダーシップは、リーダーがしなければならないこと(著者はルールといっている)を列記している。だが、リーダーになる以前から身に付けておかなければならない大事なことは、いずれ自分もリーダーになる点を意識してメンバーとして切磋琢磨させることである。ルール1:「あらゆる機会を捉えて、メンバーの働きぶりを評価し、コーチし、自信を持たせる」。特に自信を持たせるには、出し惜しみすることなく褒めることで一層自信が付く。ルール2:「部下がビジョンにどっぷり浸かるようにする」。紙に書いたり、口で説明するだけでは不十分で、報酬によって強化される仕組みが必要である。ルール3:「メンバーの懐に飛び込み、ポジティブなエネルギーと楽天的な志向を吹き込む」。リーダーの仕事は、落ち込もうとする力(自分も含めたメンバーの士気)と戦って持ち上げる役目がある。リーダーのやり方次第で良くもなれば、悪くもなる。ルール4:「リーダーは率直な態度、透明性、信用を通じて信頼を築く」。リーダーは部下の能力を最大限に引き出す責任を与えられた統括者なので、部下の信頼をかち得る必要がある。部下の手柄を率直に認め、地に足の着いた状態であれば、自然と信頼関係は構築される。ルール5:「人から嫌われるような決定や、直感に従って決断する勇気を持つ」。いいことばかりでなく、組織やプロジェクトのために厳しい決断を下さなければならない時もある。リーダーは下の人を引っ張って率先して行動し、失敗しても最終的責任を果たしてこそリーダーである。
如何なる仕事をしても危機管理は必要である。先のリーダーがリーダーとしての能力を最も問われるのが、危機管理である。危機は起きない可能性もあるが、計画上は起きることを想定して対処しなければならない。一般的に何か不測の事態が発生した時点では、危機かどうかの判断が出来ないケースが多い。この初動の対応を間違えると、時間と共に事態が急変する。だから咄嗟の判断を下す前に経験ある者に早く情報を入れ、初動を間違わず対処することである。これは普段から危機に対する意識を持って、予防策を考えるカルチャーの育成が肝心である。トヨタ自動車の「アンドン・システム」は、生産ラインの危機管理に関する代表的事例である。生産ラインで突発事態が発生したら、担当者は注意ランプを点灯させ、関係者に喚起する。技術者や管理者が判断して対処可能ならば、一時停止させる。対処出来なければ、即刻ラインを止めて停止ランプを点灯させて全員に状況を伝える。危機管理のポイントは、状況を関係者に早く伝える。そしてしかるべき人が判断する。一人で判断出来なければ、関係者を入れて直ぐ対処する。時間との勝負である。この判断もリーダーの責任である。PMでも同じことが言えるが、危機であるがないかの判断は、普段の状態と異常の違いをどれだけ把握しているかに掛かっている。計画との誤差や、リカバリー策のひらめきや可能性の見極めの状況判断は、リーダーの能力と経験による。
ウェルチの仕事観 ―― 天職と出世 ――
この本には、経営に関する以外のことも色々書かれてある。特に、20世紀最高の経営者が見た天職や昇進、上司に関することとか、仕事と家庭のバランス他にもゴルフのことや天国にいけるか等興味あるものもある。ここでは仕事観だけを取り上げる。他に興味のある方は、是非この本を購入されて読んで頂きたい。天職について、面白いことが書かれてある。自分に合った仕事を探すにはどうしたらいいか。その答えは、先ず働くことの繰り返しのプロセスに耐える。何が好きで何が嫌いか、自分にどんな能力があり、何が出来るのかを転職をしながら合った仕事に近づいていく。仕事と適性と給料をバランスさせながら転職をしていく。転職を効率的にするためのシグナルを見逃さないポイントを書いている。仕事の内容が、単なる仕事としか感じない。この職を選ぶ時「もっといい話が出てくるまでのつなぎである」とか「ま、給料がいいから」という状況なら、転職を考えるシグナルである。しかし「仕事の何かが自分にエンジンをかけてくれる。仕事が大好きで、楽しく何か意義のあることをしている気分にさせてくれる。心の琴線に触れるものがある」という場合は、よいシグナルで、限りなく天職に近い状況にある。更に、職場の状況が「仕事のベテラン経験者として採用されたので、その部署の責任者になりそうだ」といった場合は、転職を考えるシグナルとなる。しかし「この部署は、個人として、職業人として成長する機会を与えてくれる。自分の知らなかったようなことも学べる」といった状況は、転職を考える必要はない。正に、天職に出合った状況である。転職は天職につがる。天職を探し当てたら、仕事は趣味になるという。
著者は、経営者を20年以上も務めたので一般的な出世は当てはまらないが、出世をどう見ているかは興味ある。しかし結論から言うと、「出世に近道はない」と書いている。もし出世を望むなら、あっと言わせるような業績を上げること。期待をはるかに超えるような業績を上げて、あらゆる機会を捉えて、与えられた任務を超えて仕事の範囲を広げていくことである。絶対にやってはいけないことは、上司の政治的な力に頼って後押ししてもらって昇進することだ書いている。何事も実力で地道に実績を上げて歩んでいくしかないようだ。地道な実績では、出世は望めない。しかしある期間仕事を続けるなら、出世しなくても仕事が天職となる場合もある。そして幅広い仕事をするには、上司との関係以上に部下との関係に注意を払う。更に、ポジティブな態度で周囲を感化する。多くのメンターを探し求め、助言を求める等がある。一般のサラリーマンは、出世を求めなくてもある程度昇進しないと、給料が上がらない仕組みである。PMマネジャーとして、プロジェクトに責任を持ってあたり、予定通り完了した結果は経営に大きく貢献したことになる。只、残念ながら現状におけるサラリーマンPMマネジャーは、未だその貢献度と評価がリンクしている企業は少ない。もう少し企業内においてPMの評価が上がるためにも、我々の地道なPM普及活動に加えて、PMAJのこれからの活動に期待したい。 (以上)
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