金子 雄二 ((有)フローラワールド)
『ザ・プロフェッショナル』 ―― 21世紀をいかに生き抜くか ――
大前研一著、ダイヤモンド社発行
2005年09月25日、1刷、240ページ、1,500円+税
インターネットを調べていたら、こんな記事が目にとまった。「この数字何だか分かりますか?@中田英寿(128)、Aシャロン・ストーン(200)、Bビートたけし(132)、Cブッシュ大統領(91)、D大前研一(216)、E所ジョージ(138)、アンシュタイン(173)、Fマドンナ(140)、G東大生平均(120)、H日本人平均(115)、I世界平均(110)」とあった。血圧かボーリングスコアかと言うのは冗談だが、IQ(知能指数)だそうである。どうやって調べたのか定かでないが、シャロン・ストーンの数値は自己申告だと書いてあった。丁度その時期、今回紹介の著者の本を読んでいたので興味があってメモして置いた。筆者も小学生の頃に検査した記憶があるが、幸か不幸か数値は覚えていない。それにしても著者の数値は、ずば抜けている。過去の経歴や、実績、著書や発言を追っていくと納得できる。
著者の本は、時代の流れを見てビジネスを予見したり、本筋を見極めたり、趣味を通じてエンジョイライフを語ったりと幅が広く多岐に亘っている。今回の本もビジネスの流れから、プロフェッショナルのあるべき姿を書いている。と言うことは、著者が現実に見ているプロフェッショナルには乖離があり、その点に気が付かないと(サラリーマンとして、いや日本人として)生き残れないと指摘している。著者は冒頭、「早晩、プロフェショナル・クラスが台頭し、日本産業界を揺り動かす」と予言している。この本には書いていないが、プロフェッショナルとして最近話題となった方々は、日産のゴーン会長やサッカーのジーコ監督やロッテのバレンタイン監督、相撲の朝青龍、琴欧州等外人である。日本人は、プロフェッショナルにはなれないのか。先の予言に対して、「この本は、プロフェッショナルを育てる『強化書』です」だから、「誰でもプロフェッショナルになれる」と書いている。しかし中を読んでいくと、それなりの覚悟が必要で相当厳しいことが書かれてある。これぞプロとしての心構えというものばかりである。筆者はプロジェクトマネジメント(PM)の経験が長いが、予ねてからPMはプロフェッショナルマネジメントでなければならないと言い続けている。そんな関係で、この本が発売される前から事前予約し、是非ここで取り上げてようと思っていた。PMAJは、プロフェッショナルとしての実力者集団である。
プロフェッショナルとは ―― プロフェッショナルの心得 ――
先ず、プロフェッショナルとスペシャリストの違いから、一般論としてのプロフェッショナルをグーグルで調べている。「専門的な知識や技能によって報酬を得ている人」「果たすべき役割を全うできる能力を備えた人」「自分の仕事に夢と誇りを持ち続け、不断に努力を重ねる人」等である。然らばスペシャリストとはどこが違うのか。著者は、日本のプロ野球選手を例にとって説明している。日本プロ野球界のプレーヤや一部のアメリカン・メジャーリーグを目指す選手は、全てが間違いなく野球のスペシャリストである。しかし、日本で世界的野球のプロフェッショナルと言えるのは、イチローと松井秀樹選手であると断言している。スペシャリストは与えられた環境に適応して、その場において定められたやり方で誰よりも正しく、早く、上手に仕事をこなすことが出来きる。これに対して、プロフェッショナルは、どんなに大きく前提条件が変わっても、その変化の本質を読み取り、誰よりも能力を発揮し、組織全体の発展に寄与する力を出せる人である。この底流にあるものは、個人や組織ではなく、あくまでも顧客本位であるという。ここで著者のプロフェッショナルの定義をまとめると、「専門性の高い知識とスキルを持って、例外なく顧客第一主義を貫き徹せて、あくなき好奇心と向上心を持ち、厳格な規律を持って自己をコントロールし、感情でなく理性で行動出来る能力を兼ね備えた人材である」と書いている。
こうしたプロフェッショナルになるには、先ずプロフェッショナルとしての心得をシッカリ身に付けていなければならない。プロフェッショナルの語源は、Profess(告白する、職とする)から来ていて、「神に誓いを立てて、これを職とする」意味である。この神とは、医神アポロン等を指し、医聖といわれたヒポクラテスの誓いの言葉を意味していると著者はいう。だから、プロフェッショナルはこの誓いを念頭に置いて仕事に専念する必要がある。因みにこのヒポクラテスの誓いは9ヶ条あるが、その一部を紹介すると『医の実践を許された私は、全生涯を人道に捧げる。良心と威厳をもって医を実践する。患者の健康と生命を第一とする。いかなる弾圧に遭うとも、人道に反した目的のために、我が知識を悪用しない』等である。医を「仕事」に、患者を「顧客」に置き換えるとプロフェッショナルの姿が浮かび上がってくる。仕事には必ず「顧客」があり、そのため生涯を捧げる気持ちがなくては、一流のプロフェッショナルとはいえない。「失敗したくない」「誰かに怒られたくない」「辛いことや難しいことはやりたくない」「自分がかわいい」「縛られたくない」等々これらを乗り越えるためには、不断の努力(技術の向上、学び続ける、自分を律する)が不可欠である。PMが普段から求められているものは、まさしくこのプロフェッショナルのあるべき姿であり、プロセスであり、失敗のない又は失敗の少ない結果そのものである。
プロフェッショナルの条件(その1) ―― 先見する力 ――
先ずプロフェッショナル(以降ビジネス・プロフェッショナルを対象に書いている)には、何故先見する力が求められているかを述べている。この10年、パソコンとインターネットの世界的な普及で、社会的に経済的に政治的に急速な変化をしている。だから従来にもまして先見することが必要であるといっている。著者はこれを「見えざる大陸」といって、通信、インターネットによる「ボーダレス経済」、さらに「サイバー経済」へと進展して、現在はこれらが複合的に絡み合って「マルチプル経済」となっている。何故見えないのかの理由は、価値の源泉であるスケールとスピードが大幅に変化している点にある。具体的には、第三次産業の就労人口が6割以上も占め、その生産物や価値は全く見えないものへと変化している。そしてその見えないものが社会や経済を動かしている。通販や株等の売買がインターネットに徐々に移行している実態がある。更に、この見えないものと旧来の見えるものが渾然一体となってうごめいて四次元の経済空間を構成しているのが現状である。従って見えづらい社会状態となっている。だから逆に先見する力が求められるとも言える。どんなに大きく前提条件が変わっても、変化の本質を読み取り誰よりも能力を発揮するのがプロフェッショナルである。だからこそ、今プロフェッショナルが必要である。
然らばどうしたらいいのか。見ざる将来を見るヒントは、現実を冷静に直視する必要があるという。著者は、過去の経験から現在の成功事例を良く見てそこから将来の成功パターンを透視する4つの方法を述べている。@事業領域の定義が明確にされている。A現状の分析から将来の方向を推察し、その因果関係が簡潔に仮説できる。B幾つかの選択プランの中で実行したものには、相当のヒト・モノ・カネを総動員している。C基本仮定を逸脱することなく原則から外れない。これらはあくまで原則論で、その分析や判断にはそれぞれの技術と経験と感が大きな比重を占める。見えないものを見抜くには、既存の戦略や過去の成功体験に頼らず、前人未踏の世界を見ることに集中して、その資質を普段から磨くことが肝心である。そして前例主義を排して、常識を疑ってみる習慣から変化の本質を見極める力を獲得することが、プロフェッショナルの生命線であると結んでいる。そして変化と失敗を愉しむ資質、余裕、好奇心、気概も必要で「ルールブレーカー」となって変化を生み出し「ルールメーカー」となる。何かを破壊するから何かが創造されることも先見する力を養う要素となる。先見する力は、一方でリスクをとる覚悟を持つことでもある。PMは先見する力イコール予定通り完了させる見通しを立てることである。新しいものへのチャレンジとリスクテーキングが我々の技術と経験を高めてくれる。チャレンジ無くして、進歩と発展は望めない。これはPMに限ったことではなく、全てのことに共通して言える。
プロフェッショナルの条件(その2) ―― 構想する力 ――
物事は、先見するだけでは何も出来ない。先見するのは、見えざる何か新たなるものを生み出すためのものである。従って、将来を先見したら、次に具体的な事業を構想しなければならない。この構想する力もプロフェッショナルとしては、必要不可欠な能力である。
構想を実現して成功させるためには、必要条件と十分条件を満たさなければならないと書いている。具体的な必要条件とは、世の中の基本的なニーズを満たすことである。更に、そのニーズに対して、マーケットで受け入れられて事業として成り立つ構想が描ければ、
成功の十分条件となる。先の見えざる大陸での一つの例として、eコマースのことを書いている。そのキーポイントは「ポータル」「ロジスティック」「決済」であるという。構想力を確認する意味で書いて置こう。先ず「ポータル」である。ポータルサイトで世界的に有名なのがグーグルとヤフーで、日本では、ヤフー、楽天、ライブドア等があるが、マーケットプレイスを兼ねている。ここでの問題は、ポータルサイトの広告ビジネスとマーケットプレイスとしてのネット販売の両面があるが、インターネット利用者からすると商品購入のゲートウエイと位置付けられる。次が「ロジスティック」である。インターネット上での販売を想定すると、商品配送はスピードと配送区域に掛かっている。世界的には、フェデックス(FDX)とユーピーセス(UPS)やデーエイチエル(DHL)が圧倒的なシェアーを保っているが、日本の場合は、クロネコ、ペリカン等が宅配の延長ビジネスとして頑張っている。最後が「決済」である。これは現時点では、クレジットカードが主流なのでVISAやマスターが圧倒的に強い。日本では、JCBや銀行系のカード会社と連携したものが多いが、セキュリティの問題で今後プリペイドカードやデビットカード方式に変わる可能性xがある。これらをトータルに構想して世界の標準方式(デファクトスタンダード)とする構想力が、プロフェッショナルに求められている。
プロフェッショナルの条件(その3) ―― 議論する力 ――
この議論する能力について、著者は2つの視点から書いている。文字通り議論する能力とその根幹にある議論を構成する論理思考(ロジカルシンキング)の能力の必要性を指摘している。先ず議論する力についてであるが、議論は英語でDiscussである。語源からの直訳は、反対したり反論したりしても「恨みっこなし」というのが本来の意味だそうである。同じような言葉にDebateがあるが、これも語源から「うち倒す」意味もある。しかし、議論するとは、相手を言い負かすのではなく真実を追求する手段として広く使われている。日本の社会では、昔から対等に議論する風潮が少なく「和」を尊重して、上司と対等に議論する文化に馴染んでいない。良し悪しはともかく、或る程度の議論はされるべきであり、真実や本質の議論は必要であるが、むしろ論路思考こそ、プロフェッショナルに必要な能力である。特に「ロジック」で考えることは、世界共通のプラットフォームであると著者は強調している。この論理思考の向上には、「聞く力」と「説く力」を養う方法が有効であるという。「聞く力」は「質問する力」に置き換えられる。質問するには、常に自分の価値観や将来構想等がないと相手に聞くことは出来ない。次の「説く力」は、説得する話術ではない。自分の発言の根拠を効果的に相手に提示して、お互いの新たな視点が拓ける受容性(相手の主張にも耳を傾けるゆとり)を引き出すことが重要である。スペシャリストからプロフェッショナルになるには、超えなければならない技術的、能力的、人間的な幾つかの壁がある。その中で最も越えがたい大きな壁は、自分自身の変革の壁であると著者はいっている。凡人はこの壁を越えるのではなく、壁の存在を認識して出来ることからチャレンジする必要がある。我々PMのプロフェッショナルマネジメントに終わりはない。そこで、この本から改めて「プロフェッショナル」を見直し、あくなきチャレンジを試みたい。
(以上)
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