PMプロの知恵コーナー
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サムライPM (023)
武道と士道の系譜 (その19)

シンクリエイト 岩下 幸功 [プロフィール] :4月号

2.武道としての武士道 (016)
⑤ 宮本武蔵 『五輪書』 (1645) (その 11)
⑤ -2. 水之巻 : (その 7)
 今号では、下記の項目について述べる。
35 : 打ち合いの利  《打あひの利の事》
36 : 一つの打ち  《一つの打と云事》
37 : 直通の位  《直通の位と云事》
38 : 水之巻の後書  《水之巻 後書》

35 : 打ち合いの利  《打あひの利の事》
   打ち合いの利とは、兵法における、太刀を用いての勝利法《勝利(かつり)》をわきまえることである。ここで詳細を書き表せるものではない。よく稽古して《勝ちどころを》知るべきである。どれもだいたい、兵法の真実の道を体現する太刀である《大かた、兵法の実の道を顕す太刀也》。(口伝)
【解説】
 打ち合いの利ということで、太刀で勝つ方法をわきまえ、兵法の真実の道を体現するとするが、その具体的な記述がない。末尾に「口伝」とあることからも、武蔵の記述ではなく、「五輪書」を授かったといわれる寺尾孫之丞の段階で、後入れされた可能性がある。

36 : 一つの打ち  《一つの打と云事》
   一つの打ちという心をもって、確実に勝つところを把握することである。兵法をよく学ばないと、これは理解できない。一つの打ち《此儀》をよく鍛練すれば、兵法は自在《心のまま》になって、思うままに勝てるようになる道である。よくよく稽古すべし。
【解説】
 これも前条と同様、具体的な記述がない。「一つの打ち」の内容はよくわからない。これも武蔵自らの記述とは思えない。前条「打あひの利の事」と次条「直通の位と云事」と共に、これらは武蔵の口頭での言葉としてはあったかもしれないが、寺尾孫之丞の段階で、後入れされたものであろうと思われる。

37 : 直通の位  《直通の位と云事》
   直通(じきづう)の心《位》は、二刀一流の真実の道《實の道》を承けて伝えるところである《直通の心、二刀一流の實の道をうけて傳ゆる所也》。よくよく鍛練して、この兵法を体現する《身をなす》ことが肝要である。(口伝)
【解説】
 これも、末尾に「口伝」とある。前二条と同じく、具体的内容は記されていない。直通とは、武蔵流兵法の道を体現した個人によって、伝承されるという意である。「承けて伝える《うけて傳ゆる所也》」というのは、「授けて伝える」とは逆の意味であるので、授ける側の武蔵の言葉ではなく、承ける側の門弟の言葉であると思われる。これも寺尾孫之丞によって挿入されたものであろう。

38 : 水之巻の後書  《水之巻 後書》
   以上、我が流派の剣の使い方の大略を、この巻に記しておいた。
 兵法において、太刀を手に取って人に勝つところを覚えるには、まず五つの表(おもて)によって、《五方の構え》を知り、太刀の道を覚えること。そうして、全身が柔らかになり、心の働きがよくなり《心も利きが出て》、太刀の使い方の拍子《道の拍子》を知り、自然に《おのれと》太刀の使い方が冴えて、身も足も心のまま、ほどけたようになるにしたがって《ほどけたる時に随ひ》、一人に勝ち、二人に勝ち、兵法の善し悪しが分別できるようになる。
 この書の中にある教えを一ヶ条ずつ稽古して、敵と戦い、次第しだいに道の理《利》を得て、絶えずそれを心にかけて、性急な心にならず、機会があるごとに太刀に触れて、その効能《徳》を覚え、どんな人とも打ち合って、その心を知り、千里の道も一歩ずつ足を運ぶのである《千里の道も、ひと足宛はこぶ也》。焦らず気長に考えて《ゆる/\と思ひ》、この戦闘法を修行することは、武士の役目だと心得るべし。
 今日は昨日の自分に勝ち、明日は下手の者に勝ち、後には上手の者に勝つと思い《今日ハ昨日の我に勝、あすハ下手に勝、後ハ上手に勝と思ひ》、この書の通りにして、少しも脇道に気が行かないように心がけることである。たとえ、どのような敵に打ち勝っても、習ったことに背くようであれば、それは決して真実の道ではありえない。
 この理《利》が心に浮べば、一人で数十人にも勝てる心のわきまえができるのである。そうなれば、剣の技《剣術の智力》によって、戦闘の兵法《大分一分(だいぶんいちぶん)の兵法》をも得道すべし。 《千日の稽古を鍛(たん)とし、万日の稽古を練(れん)とする。》よくよく吟味あるべし。
【解説】
 水之巻を総括して語る後書きである。水之巻は、かなり初歩的な教えからはじまり、多敵の位まで進み、太刀の使い方のほぼ全容が語られる。《大分一分(だいぶんいちぶん)の兵法》というのは、大人数の戦闘《大分の兵法》と一対一の戦闘《一分の兵法》を区別なく、同列で論じる武蔵の兵法理論である。剣術(実技)がマスターできたら、次に、兵法(戦略)をマスターせよということである。PM論に直すと、プロジェクト(実技)をマスターできたら、次に、プログラム(戦略)をマスターせよという教えと同じである。
 特に、
《千里の道も、ひと足宛はこぶ也》
《今日は昨日の我に勝、あすは下手に勝、後は上手に勝と思ひ》
《千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす》
という言葉は、武蔵の金言集にも算えられる格言であるが、PM論においても然りである。

【余話】 格言(maxim)
 歴史上には、さまざまな格言(maxim)がある。 武蔵にも、『独行道』(21箇条:2015年6月号に記載)や地之巻の後書『兵法を学ぶ上での掟』(9箇条:2015年8月号に記載)など、兵法論に関する格言が残されている。兵法を学ばんと思う者は、このようなことを心にかけて、兵法の道を鍛練すべきであという教えである。
 PM論に関しても、下記のような格言がある。PMを学ばんと思う者は、このようなことを心にかけて、PMの道を鍛練すべきである、という参考である。

1. 電通「鬼十訓」(元電通社長:吉田秀雄)
一、 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
二、 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
三、 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
四、 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
五、 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
六、 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
七、 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
八、 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
九、 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
十、 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

2. ソニー『開発18か条』(元ソニー副社長:大曾根幸三)
第01条: 客の欲しがっているものではなく、客のためになるものをつくれ
第02条: 客の目線ではなく、自分の目線でモノをつくれ
第03条: サイズやコストは可能性で決めるな、必要性・必然性で決めろ
第04条: 市場は成熟しているかもしれないが、商品は成熟などしていない
第05条: できない理由はできることの証拠だ、できない理由を解決すればよい
第06条: よいものを安く、より新しいものを早く
第07条: 商品の弱点を解決すると新しい市場が生まれ、利点を改良すると今ある市場が広がる
第08条: 絞った知恵の量だけ付加価値が得られる
第09条: 企画の知恵に勝るコストダウンはない
第10条: 後発での失敗は再起不能と思え
第11条: ものが売れないのは高いか悪いのかのどちらかだ
第12条: 新しい種(商品)は育つ畑に蒔け
第13条: 他社の動きを気にし始めるのは負けの始まりだ
第14条: 可能と困難は可能のうち
第15条: 無謀はいけないが多少の無理はさせろ、無理を通せば発想が変わる
第16条: 新しい技術は必ず次の技術によって置き換わる宿命を持っている。それをまた自分の手でやってこそ技術屋冥利に尽きる。自分がやらなければ他社がやるだけのこと。商品のコストもまったく同じ
第17条: 市場は調査するものではなく創造するものだ。世界初の商品を出すのに、調査のしようがないし、調査してもあてにならない
第18条: 不幸にして意気地のない上司についたときは新しいアイデアは上司に黙って、まず、ものをつくれ

(参考文献)
「五輪書」 宮本武蔵 (著)、鎌田茂雄 (訳)、講談社学術文庫、2006年
(参照サイト)
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