PM研究・研修部会
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PMBOK再考

PMAJ PM研究・研修部会員 (株)JSOL シニアコンサルタント 大泉 洋一 [プロフィール] :1月号

1. 2014年邂逅
 我々PM研究・研修部会では、2014年の1年間に世界の様々なPM標準に目を向けてきた。ちょうど1年前の2013年12月からIPMA®(International Project Management Association、国際プロジェクトマネジメント協会)が定めるICB (IPMA Competence Baseline)の翻訳を開始し、2014年9月に開催されたPMシンポジウム2014でその成果を発表した。また、英OGC(Office of Government Commerce、英国商務局)のPRINCE2® (Projects in Controlled Environments, 2nd version)、GAPPS(Global Alliance for Project Performance Standards)等をテーマに取り上げ研究し、その成果を発表する活動を行ってきた。
 一方で過去16年に亘ってPMP®試験対応講座(PMP: Project Management Professional)の実施を通し、PMBOK®ガイド (Guide to the Project Management Body of Knowledge、以下単に「PMBOK」と略)の研究・教育も継続してきている。我々の部会にとって、世界の様々なPM標準の研究とPMBOKの研究・研修活動は車の両輪となりつつあると感じている。

2. Business justificationの視点
 他の標準を学んだ中で、私が最も刺激を受けた点の一つがプロジェクトとビジネスの関係についてである。PRINCE2®では基本原則(Principles)の第一番目に「常にビジネス目的との整合性を保つ(Continued business justification)」ことを掲げている。ICBでは、プロジェクトの成功を「さまざまな利害関係者によるプロジェクトの成果に対する評価」と定義し、「スケジュール内、予算内でプロジェクトの成果物を生み出すことはプロジェクトの成功の一部に過ぎない」と述べている。
 一方でPMBOKでは、プロジェクトを有期性、独自性のある業務と定義し、定められた期間で独自の成果物を作成することを主眼として構成されている。ビジネスに視点を合わせたPRINCE2®やICBの思想は、PMBOKとは寄って立つ考え方の基本が異なるのだと感じる。

3. Baselineで形作られるプロジェクトマネジメント
 一方で、改めて期間と成果物に焦点を当てたPMBOKの枠組みを眺めてみると、そのフレームワークの堅牢さと完成度の高さを理解することができる。まず、ベースラインという考え方。周知の通りPMBOKでは、スコープ・ベースライン、スケジュール・ベースライン、コスト・ベースラインという3つのベースラインを用いて当該プロジェクトの外形を定める。そしてこのベースラインをプロジェクトマネジメントの拠り所とする。実行段階においては実績とベースラインとの差異を確認(Monitoring)し、変更が発生した場合にはその変更を管理(Control)する。即ち、プロジェクトの開始段階でベースラインを定めるところを起点とし、それを物差しに実行段階をマネジメントする体系である。
 また、段階的詳細化という概念とそれを実現する方法論が上述のベースラインによるマネジメントに現実解を与えている。WBSによりプロジェクト・スコープを構造化し明確化する手法。更にこれをアクティビティに分解し、スケジュールを定める方法論。これらのブレイクダウンを時間経過と共に段階的に実行するローリングウェーブ法の提唱。プロジェクト・スケジュールやコストを見積もる際に極めて現実的なトップダウン見積りとボトムアップ見積りの併用、等々
 現実世界のプロジェクトマネジメントにおいて、初期の計画段階での見通しの甘さに起因するプロジェクトの失敗は今も後を絶たない。これに対してPMBOKは、非常に当たり前のことながらプロジェクトの初期段階においてベースラインをしっかりと定めることの重要性を示し、これを実行する極めて現実的な手法をセットとして体系的に提供している。現実に即した実務的に非常に有用な体系であることを今更ながらに痛感するのである。

4. 車の両輪
 以上で述べたベースラインを基軸としたマネジメント手法としてのPMBOKに関する認識と実務的有用性の理解は、多くのプロジェクトマネジャーの中では極めて常識的なことなのだと思う。しかし、現実社会において未だにプロジェクト初期段階の計画の甘さに起因する失敗が後を絶たないことを思うと、その浸透は不十分なのだろう。我々はPMP試験対応講座の講師として、資格試験合格に主眼を置いた議論に終始する傾向がある。このため、ともすると実務的な観点からの議論を疎かにする恐れがある。実務で活用してこその知識体系であることを肝に銘じ、今後の部会での議論を深めていきたいと改めて思う。
 前述した、初期の計画段階での見通しの甘さ。その原因は何にあるのかと考えると、プロジェクトの目的に対する理解の浅さに起因すると感じることが多い。プロダクト・スコープから安易にプロジェクト・スコープが導出されているケースを散見する。そこには、Business justificationの視点が欠落している、もしくはその重要性に対する認識が浅い場合が多い。プロジェクトの目的をビジネスとの整合性からしっかり考え抜くこと、プロジェクト期間を通じて常に意識し続けることは、スコープ・クリープを起こさないために、仮に起こしてしまった際に早期に修復するために、必要不可欠な要素であると強く感じる。
 冒頭で紹介したPRINCE2®やICBに見られるBusiness justificationの視点。成果物と期間を定めそれを現実的にマネジメントするPMBOKの視点。当たり前のことながら、これらはプロジェクトマネジメントの車の両輪である。新年を迎え改めて思う。我々部会の活動においても、この両輪をしっかりと維持し、PM界の役に立てる活動を継続していきたいと。

以上

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