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「グローバルで通用しているビジネスの常識を学ぼう」 (23)
―日本再生へのアプローチ (7) 「アベノミクス」と里山資本主義―

渡辺 貢成: 2月号

A. 先月は出だし好調のアベノミクスに対し、Cさんから質問が出た。今月はCさんの説明から出発しよう。
C. 私はアベノミクスに対し、2つの点で疑問を持っています。第一が景気浮上策に、なぜ景気阻害政策を絡ませたのか、何故消費増税を急ぐのかということです。昔の大蔵省は景気が回復し始めると、増税し、景気潰しにかかり、構造改革そのものを失敗に持ち込んでいました。今円安でガソリン、灯油が値上がりしています。20%円安となると、自動的に輸入品は20%上がります。ここで年金者は決定的な打撃を受けます。消費税が5%上がれば痛みが増加します。財布の紐を緩めた金持ち老人も、再度紐の締め直しをします。
第二の問題ですが、財政政策です。浜田教授は財政政策はいらないといっています。それなのに何故、国の金を使うのか。震災復旧対策として三陸沿岸一体に防潮堤を建設する案が出されています。防潮堤は何ら経済的効果をあげることはありません。国が50%予算を出すとしても、50%は地方自治で、なお本庁の天下りを引き受けた上に、毎年の運営費を支払うことで自治体の経営を逼迫させます。この点はどうですか。
A. この問題は私も関心がある。今月は各位からの意見をもらうことになっていた。
D. 円安と消費増税の問題はおっしゃるとおりです。年金生活者には気の毒ですが、この問題は世代間格差(若い世代は現在の年金額を受領できない)の解消に貢献します。そして景気が上向き、若い人の雇用が増えることが今の日本にとって重要なことです。国としては将来の若者を活かす方向が正しい姿だと思います。消費税に関しては景気の拡大が必要なので、段階的に税率を上げていく方式が望ましいと浜田教授は答えています。
財政政策に対し国民は「ハコモノ行政」しかアイデアのない官僚の知恵に批判的です。案の定、先日のテレビで安倍総理夫人が「三陸海岸全域に莫大な防潮堤の建設案が出されているが、私は家庭内(安倍家)野党として反対しますと」提案されていました。
E. 私がアベノミクスの財政政策を眺めますと、災害地復興関連と地域開発関連、再生医療関連となっています。災害復興と地域開発は国と地方自治が関与します。これは国と地方自治との権益の戦いの場です。ここに日本の役所の構造的欠陥があります。最初はインフラ整備が公共投資の主目的でしたが、インフラが行き渡ると公共投資が景気対策になりました。ところがその景気対策は名目で国の交付金は「選挙の票集め」と中央官僚の「天下り」に貢献し、手段が目的化しました。気が付くと既得権益者のための政策となり、景気回復に役に立たないことがわかり、国民から批判の対象になりました。そこで震災直後はハコものつくりの復興はやめようという意見が満ち満ちていました。残念ながら官僚は国の将来を考えるアイデアを出す訓練が不足しているため、全域防潮堤建設という発想しか出てきません。
A. なるほどその通りかもしれない。君に何かアイデアがありそうだな。
E. これは「問題解決の専門家」の仕事で、彼らはゼロベースの発想をします。ゼロベースに発想すると①広域の農地が津波で被害にあった。②これからの農業は補助金政策から脱皮しなければならない。③多くの農民は65歳以上となり、新しい農業を開発するには歳をとりすぎており、農業投資資本の回収ができない④若者を農業に従事させる開発案が求められている。⑤ ①~④までの要求を満足させる案を考えよう。この際ゼロベースとは実質的に農家が自分たちの子孫のことを考え、過去にこだわらず、より豊かな生活ができることを農民コミュニティ(現農民と農業希望若手)をつくり考えることが大切です。
そこで解決案は二つあります。一つはオランダが実施しているアグロエンジニアリングで通常水耕栽培農業と呼ばれているものです。これは広い農地と技術と資本が必要です。個々の農家で実施すると国際競争力を発揮できないでしょう。農家がまとまって考えれば実行できます。オランダはこのアグロエンジニアリング(農業工学)で世界第二の農業大国になっています。今、オランダは中国に進出し、生産拡大を図っています。これに後れを取ると家電製品敗北の二の前になります。この案はIT技術者の若手が農民になり、将来性のある案です。
A. 防潮堤より確実にいいアイデアだ。農民をまとめるのが大変だな。
E. ここでは農民より農水省の役人の頭の切り替えが一番難しいと思います。農地の交換や集約が現在はできません。水耕栽培を一から始めていては新農民が食べていけません。そこでオランダ企業と合弁会社をつくることになります。世の中は誰もメリットのないものに賛成しません。お役人にも頭の切り替えをしてもらいます。高偏差値で本質は有能な役人に天下りでない新事業のマネジメントし、金もうけをしてもらうのです。金という目標があるとすべての人間は生き返ります。
A. うまい方法があるのかね。
E. 農水省は他の官庁と異なり、実利的な頭の良さを発揮しています。一般に農水省は「補助金行政で農業をダメにした役所」とドラッカーや有識者から見られています。実は最も賢い戦略を駆使し、成果を上げました。簡単に言いますと、補助金の多くはJA(農協)を通じて、耕運機やその他の購入時に提供されます。耕運機のお蔭で農民は兼業農家となり、必要なものはJAから購入し、コメ、野菜をJAに売っています。JAは行き帰りで高い中間マージンをとり、農民がいなくなっても困らない組織になりました。余った金は農林中央金庫に蓄えられ、いつの間にか民間企業として活躍しています。そこでこの実利的頭脳の持ち主に、金を出してもらい、オランダと合弁会社を設立してもらいます。この合弁企業は天下りでなく、技術とマネジメント能力のある役人を送り込み、天下りより、生きがいのある仕事をしてもらいます。そして、この合弁会社で上げた実績をもとにアフリカ等の農業開発事業をおこしてもらいたいと考えています。
A. 有能な人材が天下り人事で活用できなかったのは確かに大きな損失だったな。JAが折角集めた金が農業で役に立ち、役人の再生に、日本農業の再生ができたら、一石三鳥だな。ところで第二案があると聞いたが、それは何かね。
F. 第二の案は私が説明します。Eさんの提案はアベノミクス的な提案で、その気になればすぐに実行できる案です。この状況で、別案を出すのかというお叱りを覚悟で提案します。国でも企業でも決断する時は一つを選びますが、その前に数種案を考え、その中から将来や現在の環境を考慮して一つを選びます。別案なしに政策を決定することは危険です。その点でこの提案は現在でも将来でも役に立つ提案で、Eさん案と同時並行的に実施できる案として提案します。
日本総研の藻谷浩介主任研究員が『デフレの正体』という本を出版し、「デフレの正体は人口減少が主因であるとした論調」で、わかりやすい文体がうけて50万部のベストセラーになりました。このデフレ国で日本再建は「里山資本主義」が効果的であるという本を出版しています。
まず、デフレの正体の話をします。彼は「モノが売れなくなったのは、景気が悪くなったのか」という疑問から出発し、調査を行いました。戦後は働き盛りの人の数である生産年齢人口が高度成長で急激に拡大しましたが、いまは生産年齢人口が減少したことで、日本でものが売れなくなったという論理です。この事実を認識し、アベノミクスが目指す全盛時代を再現しようとする政策には無理があるといっています。
実は日本は現在の人口減でも1%の潜在成長率が見込め、悪い状況ではありません。ただ、燃料を輸入している立場上それに見合う輸出が必要となります。マスコミに洗脳されている国民は日本経済を輸出がないと食べていけない国だときめつけています。しかし、アベノミクス以前の日本の輸出はGDPの14%程度、輸入は10%程度です。燃料等の必要物質の輸入が増えるときに、バランスよく輸出も伸びています。その意味で日本は人口が減っても問題ない経済構造ができているといえます。
高齢化社会では里山資本主義がよい理由を説明します。日本の農家は70%以上が65歳以上となります。若し農家で燃料費が削減できると、ほとんどのものが自給自足できます。健康で働けば生活に困らず90歳近くまで働けます。都会の老人より自立力があり、ピンピン感があります。事例をお話しします。

岡山県真庭市は岡山市から1時間半、標高1,000m級の中国山地の山間の町で、世界でも最先端のエネルギー革命を起こしています。製材業を主体とする大小30社が、出口の見えない住宅建設の低下に厳しい環境下にあった。この中で銘建工業社長の中島浩一郎氏は困難回避のために木屑による自家発電にふみ切りました。その結果売電による収益が電気代の節約分1.0億円、売電収入が0.5億円、木屑の年間廃棄物処理費2.4億円、木屑はペレット燃料として20円/Kgの収入が出る。この市は里山資本主義で健全財政を維持しています。

別な事例をお話しします。オーストリアです。2011年のデータによれば、
  人口:1,000万人 里山資本主義
国土は日本の15%で、丸太生産は日本より多少多い。
  失業率:4.2% (EU加盟国最低)
  GDP:49,000$/一人 (世界11位)日本17位
  対内直接投資額:前年比3.2倍;101億6千ユーロ
  対外直接投資額:前年比3.8倍;219億ユーロ
  EUの中で安定した国家運営をしています。

里山が豊かになると、栄養素を含む水が海中に流れ込み、プランクトンが発生し、良い漁場になります。またこの川の箕づは水養殖産業を盛んにすることができます。

A. 初めて聞く話で、日本のような工業大国に適用ができるか心配だ。アベノミクスと里山資本主義の違いは何なのか来月は誰か説明してほしい。

以上

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