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「原発事故」 (12) 日本の技術者の訓練

仲 俊二郎/小石原 健介 [プロフィール] :12月号

18 今回の事故で日本の原子力技術者への不信感が増したのですが、いったいどんな訓練をしているのですか

 今回の事故は津波・地震による自然災害でなく、人災であるとの認識に立ち、決定的な原因である「全電源喪失」を中心にその背景にある抜本的な問題について、今年の1月からオンラインで訴えてきました。残念ながら現状は、これらの問題の解明や改善が図られないまま、なし崩しに原発再稼働が進められています。再稼働に先立ち、原子力規制委員会は、新しい規制基準を策定・公表し、考えうる対策をすべて盛り込んだ、国際的に見ても最高水準の、これ以上ない対策であると、強調している。政府も原子力規制委員会も規制基準を厳しくさえすれば、世界で一番安全な原発を実現できると思い込んでいる。ところが、いくら規制基準を厳しくしても原発を実際に運転管理する技術者やそこで働く作業員の育成なしに安全な原発の実現は達成できない。このことを肝に銘じねばなりません。
 原発に関しわが国は図表16に示す通り、原子炉保有数でも合計出力でも、アメリカ、フランスに次ぐ世界第3位の原発大国です。では日本の原発現場を担う原子力技術者はどのように育成されているのでしょうか。この点について、諸外国との比較を通じ、俯瞰したいと思います。

日本の原子力技術者育成の問題点
 わが国では原子炉主任技術者、核燃料取扱主任者、放射線取扱主任者など、いずれもスペシャリストの育成を目的とし、専門分野別縦割りに特化した人材育成を行っています。この点は原発問題の全体を通して共通する特徴です。原子力ムラで象徴されるように、原子力技術者といえば原子炉工学、核燃料、放射線被爆など、原子力そのものに特化し、その分野に偏った形で人材育成されていて、ここに大きな問題があるのです。
 原発の運転管理技術者、原子力安全委員会、原子力学会のメンバー、原子力規制委員会のどれをとっても、その傾向が強いと言わざるを得ません。このように同じ分野の者ばかりを集めた特定集団では、必然的に閉鎖的、排他的、独善的となります。今こそ原発のプラントシステム全体を理解し、原発の安全にかかわる識見を備えた人材の育成について、国を上げて取り組まなければなりません。

教育・訓練の現状と問題点
 東電ではBWR運転訓練センター(BTC)において、原子炉運転シミュレーターを利用した教育訓練と自社のシミュレーターを利用した教育・訓練や現場での操作訓練などが実施されています。しかし問題は長期間の全電源喪失(SBO)時の実技訓練が全くなされていなかったことです。
 この全電源喪失というシビアアクシデント(SA)対応の教育訓練がなされていなかったことは、次の事象から明らかであります。
SA対応の教育・訓練は中央制御室の制御が使えないという条件は対象としていなかったこと。
東電の社内訓練における格納容器ベント操作は、運転員が操作盤の前に立ち、資料にて操作の説明を受けるという内容であり、現場での手動ベント操作の訓練はされていなかったこと。
BTCにおけるSA手順書の訓練は一部の運転員(当直長、当直副長)が対象で、机上教育であった。保安監督する原子炉主任技術者がSAの訓練を受けていなかったこと。
SA時の十分な教育訓練を受けた者が少なく、現場での手動操作を実施するための訓練をうけた要員がいなかったこと。
照明、通信手段の喪失時の教育・訓練を受けた要員はいなかったと考えられること。

 今回の事故対応でも分かるとおり、シビアアクシデント(SA)対応の教育・訓練がなされていなかったことは大きな反省点であります。全電源喪失時のような、SA対応の現場での教育・訓練の教育システムの構築が急がれます。
 また残念なことに、日本では原発大国アメリカ、フランス、カナダのように原発プラント全体におよぶ基礎知識や運転管理などを視野に入れ、理論と運転実習を含めた人材育成のためのカリキュラムは存在していないのです。原発先進国が「線」の教育、さらに「面」の教育とすれば、わが国は「点」に留まっているのが実情です。
 また事故発生の緊急時には間髪を入れず適切な対応が求められるのに、運転管理者に対する一種のストレステストについての厳しい国家資格が見当たりません。残念ながらわが国の安全文化は欧米に比べ低レベルであり、リスクアセスメントの何かがよく理解されていません。原子炉本体に特化した原子炉主任技術者の国家資格では原発全体の管理と運営を任せることには大きな問題があります。
 アメリカ、フランス、カナダから、原発運転員の育成に対する取り組みの実態を真摯に学ぶ必要があります。プラント運転者の役割の一つは、想定外の事故に備えることです。人間は自然現象を完全に想定することは出来ません。設計条件と自然環境を含めた外部環境の間には必ず予期しないギャップが存在します。さらに人間のやることに完全はあり得ないのです。
 実はこの人間が作った設備やシステムの不完全さを補うのがプラント運転者の重要な役割の一つであります。これらのギャップや不完全さを補うのは現場における運転者と整備技術者に依存する他に選択肢はありません。この事実を政府、学者、電力会社は肝に銘ずべきでしょう。戦後、わが国の再建には海運の発展が欠かせないとして、国は1951年船舶運航技術の訓練のため船員の教育訓練と、資格認定制度を定めた船舶職員法を制定し、教育機関での専門教科の必修取得単位、6カ月の乗船実習期間など海技免許受験資格の要件を定め、優秀な船員の育成に努めてきたのです。

現場における手動操作の十分な訓練の実施
 船舶職員法の安全規則ではさまざま事態でのシビアアクシデントの際の訓練実施義務が細部にわたり定められています。その結果世界で最も信頼できる船舶職員・運航技術者を育て、海運立国、ならびに造船技術者と運航技術者の共同により世界一の造船立国を造り上げてきました。たとえば、外航船では出入港時には必ず手動運転に切り替え、最後の手段となる手動操作の健全性を確認しています。また、定期的に航海中に電源喪失させて、ハードの健全性の確認や乗組員の教育訓練を行っているのです。

わが国では原子力の特定分野に偏った知識重視の人材育成が行われてきた。訓練や現場の技術者が担う役割の重要性についての認識が不足している

図表16 「世界の原発の原子炉の数 2010年」
(出典:グーグル2011作成)               
順位 国名 合計出力
メガワット
基数
1
2
3
4
5
6
7
7
9
10
11
12
13
14
15
16
17
17
20
20
20
20
20
20
27
27
27

アメリカ
フランス
日本
ロシア
韓国
イギリス
カナダ
インド
ドイツ
ウクライナ
中国
スウェーデン
スペイン
ベルギー
チェコ
スイス
フィンランド
スロバキア
アルゼンチン
ブラジル
ブルガリア
メキシコ
パキスタン
ルーマニア
南アフリカ
アルメニア
オランダ
スロベニア

     計
100,747
63,269
46,823
21,743
17,705
10,137
12,569
3,987
20,480
13,107
8,439
9,036
7,450
5,902
3,678
3,338
2,696
1,762
935
1,884
1,906
1,306
425
1,300
1,800
370
487
666

 365,725
104
59
54
31
20
19
18
18
17
15
11
10
8
7
6
5
4
4
2
2
2
2
2
2
2
1
1
1

 431

19 原発先進国カナダやアメリカの原発人材育成は盤石だと聞きますが、どんなふうにやっていますか

カナダ原発での人材教育訓練
 カナダでの人材育成について述べてみます。新入社員は全員、会社が運営する教育機関で、原発に関する原子力理論、原子炉、放射能とその防護、ボイラー、蒸気タービン、電気工学、ポンプ、熱交換器、などの理論と運転等の教育を受けます。教育訓練は教室での座学のみならず、それに併設されている訓練用の原発における実地訓練も行われます。
 入社してから最初の1~2年間は、原発の正式な運転要員ではなく、訓練生として働くことになります。これはエンジニアだけでなく、現場の作業員や化学分析試験所で働く者も含め、原発で働くすべての部門に携わる者が対象となっています。また各科目には厳しいテストがあって、これらすべてに合格して初めて正式な原発の運転要員として認められ、各地の原発に配属されることになるのです。つまり原発要員はこの会社の訓練制度を終了した者でなければなりません。全員が正社員であり、外部会社からの作業員などは、決して原発では働くことができない仕組みになっています。
 一方わが国の原発ではどうでしょうか。発注者―元請け1下請けー孫請け……と、タテの重層下請構造となっています。マスコミ報道によると、下請けや末端にいる作業員は福島原発で、被爆線量を低く見せかけるよう、線量計に鉛のカバーをかぶせて働かされたという、あってはならない「被爆隠し」の驚くべき実態が暴露されています。カナダの安全管理は、わが国の下請け任せのそれとは著しく異なっているのです。

 加えて、現場の運転当直責任者(Shift Supervisor)に対しては、厳しい国家試験が要求されています。テストの内容もそれにふさわしく、事故時、緊急時の咄嗟の適切な対応が求められ、一種のストレステストが含まれているのです。知識や学力でいくら優秀であってもこの事故・緊急時の対応テストに合格しなければ、不適性として資格を得ることは出来ません。この国家試験は、普通、入社8~10年後に選ばれた者が受験を許されています。
 なお参考までにカナダの原発形式に触れてみましょう。カナダの原発型式はアメリカ、フランス、日本とは異なる独自のCANADUタイプを採用していて、重水(D20)をModereater(減速剤)に使用し、天然ウランを燃料としています。従って濃縮ウラン工場が不要の代わりに、重水の製造工場が必要になります。直接沸騰型でなく、ボイラーと呼ばれるHeat Exchanger(熱交換器)でSteam(蒸気)を発生させ、タービンに送っています。

アメリカ合衆国原子力規制委員会
 アメリカ合衆国原子力規制委員会(Nuclear Regulatory Commission略称NRC)はアメリカ合衆国政府の独立機関の一つであり、合衆国内における原子力安全に関する監督業務(原子力規制)を担当する機関です。
 具体的にはNRCは、原子炉の安全とセキュリティ、原子炉設置・運転免許の許認可と変更、放射性物質の安全とセキュリティ、および使用済み核燃料の管理(貯蔵、セキュリティ、再処理および廃棄)を監督します。

 NRCにも批判があります。「規制する虜(regulatory capture)」の一例だとして批判的に見る向きもあれば、また、憂慮する科学者連盟(Union of Concerned Scientists)からは、十分な役割を果たしていないと糾弾されています。NRCが監督する対象は先述の通りですが、別の言い方をすれば、その任務は、公衆の健康と安全に対する適切な防護を担保し、一般的な防衛と安全保障を促進し、環境を保護するために、民生部門における原子力副産物、原料、特別核物質の利用を規制することであります。

NRCの規制業務は次の3つの主要な分野をカバーしています。
原子炉―発電用、研究用、開発のための試作用、試験用および訓練用の商用原子炉
核物質―医学、工業、学術のための各施設、および核燃料製造施設における核物質の利用
核廃棄物―核物質および核廃棄物の輸送、貯蔵および、核施設の廃止

 現在、NRCの本部はメリーランド州ロックヴィルにあり、全米を4つの地区に別けて管理しています。これらの四つの地方局が、104の発電用原子炉と36基の非発電用原子炉の運転を監督しています。個々の監督は、次の例のように、いくつかのレベルで実行されています。
各発電用原子炉には監督官が常駐し、毎日の運転をモニターする。
様々なスペッシャリストから構成される多数の特別監査チームが、各サイトの定期的な監査を行う。
メンバーは4,2011名(2010年9月)
内部情報通報官からの通報は本部規制局が申し立て、調査部門により調査されます。

運転要員訓練などの監督
 NRCは、1993年に制定された「訓練規則」を通して、産業界における訓練や資格認定制度を認可しています。NRCは、アメリカ原子力資格認定委員会の会合を監視し、会計監査と訓練監査を実施します。さらに同委員会の委員の人数はNRCによって推挙されるのです。
 アメリカ原子力資格認定委員会は政府機関ではなく、アメリカ原子力訓練アカデミーの関連機関です。同アカデミーは、原子力運転研究所やその他の原子力発電所における訓練への取り組みを統合し標準化する目的で1985年に設立されました。

 また最近記者がNRCの検査官を養成する技術訓練センターを取材し、現場の力量と意識の高さを痛感したと報告しています。センターでの訓練期間は七週間にわたります。必須課程として原子炉制御盤のシミュレーター操作があります。アメリカで運転中の4社の原子炉の他に次世代型もあり、運転員が平時、非常時にどんな操作を行うか頭に叩き込むのです。さらに前後1年にわたって現場で訓練を重ね、試験に合格すれば、ようやく検査官として全米の原発に駐在することになります。
 彼らの当事者意識は非常に高いものがあります。電力会社の協力を得て、検査官として原発の運転日誌や作業記録を自由に閲覧したり、会議を傍聴したり、どこでも出入りして、抜き打ち検査をします。アメリカ式の現場主義が徹底しているのです。

 一方わが国の検査官はどうでしょうか。電力会社が作る検査資料の審査にいつも追われています。積み上げると10mほどもの書類の山と格闘しなければならず、なかなか現場に出られないと聞いています。このようにカナダやアメリカの国家としての取り組みに対して、日本では経済産業省という一つの行政官庁が所掌しており、その取り組み姿勢に大きな違いが見られます。

フランス原子力従事者と特殊訓練
 1945年に設置されたフランス原子力委員会は、サクレー研究所センターに3.400人、マルクール工業センターに1300人、鉱山施設に3,000人、フォンテネ・オー・ローゼ研究所に800人、ブーシェのウラン処理工場に300人、グレノーブル研究施ターに200人、パリ、イーブリイ、チェフ、リヨンおよびストラスブールの各研究所に約1000人、合計1万人の人員を擁しています。
 原子力技術者および科学者を養成するために、多大の努力が払われているが、この目的のために「国立原子力科学技術研究所」が1957年6月に設立されました。この研究所の方式は極めて柔軟性に富んでおり、いろいろな特殊事情に応じて各種の養成コースが採用されます。研究所は他の大学と協力して原子力の科学と技術に関する高度の専門課程を用意している。期間1年間の原子力工学コースは原子炉の運転と建設に関する専門家を養成し、また外国人留学生を聴講生あるいは学生として受け入れる用意があるのです。
 国立原子力科学技術研究所は、大学、専門学校、科学研究所、民間産業、および原子力委員会と不断の協力関係を維持しています。このようにフランスらしい国を上げて多様な対応を図っています。原発先進国であるカナダ、アメリカ、フランス3カ国の人材育成については、いずれも原発を一つのプラントとして広い視野でとらえ関連する専門科目に加え、特に現場での訓練を重視しています。わが国のように経済産業省が所轄し原子炉工学、原子炉の運転に重点を置いた人材育成とは大きく相違しているのです。
 アメリカ、フランス、カナダの原発先進国では、いずれも徹底した現場主義と訓練を重視した国家レベルで原発の人材育成に当っています。残念ながらわが国の取り組みはこれらの原発先進国に比べ、あらゆる点で見劣りがしてなりません。国家レベルというより縦割行政の一省庁経済産業省が所轄していのです。文部科学省が所轄する大学教育との連携はフランスに比べ甚だ希薄です。訓練施設についても国内施設だけでは不十分でアメリペンシルベニア州・シッピングポート原発訓練課程やテネシー州・オークリッジ国立研究所原子力技術学校運転管理課程などに頼っています。わが国も自前の訓練施設を充実させアメリカ、フランス、カナダの現場主義と訓練を重視した人材育成に学ばねばなりません。

原発の人材育成は原発先進国アメリカ、フランス、カナダの現場主義と
訓練を重視下、国家レベルでの取り組みに学ばねばならない。

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