グローバルフォーラム
先号   次号

「グローバルPMへの窓」(第72回)
一期一会から輪廻へ

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :9月号

 私が会社人の頃、グローバル・プロポーザルサービスという仕事の担当が長かった。十数年にわたり多くの国の多くの顧客にビジネス・プレゼンテーションを行うことを毎月繰り返していたが、属していた総合エンジニアリング企業にとって案件に向けたプレゼンテーションは一発勝負の場であり、いつも一期一会の精神で臨んでいた。実際、ほとんどの顧客の方とはそれ以後会う機会がなかったが(たとえ受注に結びついたとしても)、メイジャーオイル・カンパニーの方などとは良き関係が長年続いたこともある。

 一方、日本を代表しての国際PM交流では、会社人世界でと同じように、毎回の交流活動でギブ & テイクを貫き常に全力投球していたら、交流先と年を重ねるごとに関係が強くなったり、諸般の事情で一端関係が薄くなったと思っていても忘れた頃に強い関係が復活するという、これは少し大げさだが輪廻ではないかという経験も最近、何回かしている。

 今月は家族旅行でインドネシアのバリ島に行き、その後、客員教員としてフランスの大学院大学に出向いたが、これもご縁かとの思いを強く持った。

 バリには2歳から7歳までの4人の孫まで入れて家族総勢11人で出かけたが、すべてにおいて素晴らしく楽しかった。私はインドネシアでプロジェクト駐在1年と合弁会社出向4年を経験し、妻は新婚から4年間首都ジャカルタでの生活を送った。また、長女は当時日本人駐在員家庭ではまずなかったが、ジャカルタで生まれて1歳半まで彼の地で育った。

 バリのリゾートとしての素晴らしい景観とホテル、約40年前の私の駐在員時代とはがらりと変わった立派な街並み、インドネシアの経済発展と人々の生活レベルの向上、アジアでも評判の高い近代的なエアラインに成長したガルーダインドネシア航空・・・しかし、インドネシア人の優しさとふわーとした時の流れ方は全く変わってなかった。三女の「小さい頃感じたウチのなんとなくアヤしい雰囲気のルーツはここにあったのだ」の一言がよかった。

 昨年は、インドネシアPM協会の年次大会にお呼びがかかり(参加が決まっていたヨーロッパの世界大会とほぼ同時開催で出席を辞退したが)、以前とは異なる次元でのお付き合い復活の気配もある。幸い私のインドネシア語は旅行の一週間程度であるとほとんど通じてくれた。若い頃に英語が全く通じないボルネオ島の町で覚えた言葉は体に染み込んでいる。

 バリ島から帰国して数日して、フランスに8日間でかけた。10年前に国際教授に任命され、いまだに続けている、フランス北部リール市のSKEMA Business School 博士課程で、毎年8月恒例のEDEN World Project & Program Management Seminar (EDENはEUの博士課程支援ファンド) が開催され、教員として参加した。

 世界PM学術界で最強の強化道場である本セミナーも、世界不況の影響から (学生の参加には渡航費と参加費25万円が必要) 参加者ではリーマンショック以前のピーク時から半分の50名程度になったが、世界全域から教授と博士課程生が参加して言わば同じ釜の飯を食べながら切磋琢磨し、また交流に励んだ。一応教員として参加した私については、強化する方ではなく、学生から強化されているようなものである。

 大学では、私を登用してくれた学長は去り研究科の体制も変わったので、自分の体力が落ちてきたこともあり、2年ほど前に彼の直弟子の私も辞めるつもりでいたが、担当している学生に引き止められてなんとか努力しているうちに、また同学との繋がり月強くなってきた。

 フランス人はやはり実にユニークである。10から60までの数字の読み方は、他のロマンス語 (ラテン語由来言語) と同じであるが、70は、60+10、80は4x20、90は4x20+10と言う。フランス新幹線TGVの座席の数字の振り方はいまだに私にはよく分からない。タクシードライバーなどサービス業の人にオーダーをすると、ノン・プロブレームと答える。イイネは、悪くはないね、がその表現である。

 フランスには中国人が多く、大学都市であるリールにも中国人学生が実に多い。フランスと中国はウマが合うことは知っていたが、今年夏に東京の大学院での私の講義を受講した、フランス人と中国人の両方をよく知る社会人大学院生によると、両者のメンタリティーは実によく似ているそうだ。中華思想と哲学の国のフランス思想が相通じるところがあるのだろうか。

 一方、フランス企業と日本企業はじつによく馬が合う。日産の例は有名であるが、エネルギー分野の日仏連携プロジェクトはみな成功している。元勤務先で同僚であったフランス駐在経験がある社員によると、アングロサクソンがBlack or whiteで迫ってくるのに対して、日本人エンジニアはYes, but でフランス人エンジニアはNo, but で butから先で折り合いをつけるのだそうだ。

 今回のフランス旅行では、最初の2日はプライベート・タイムとして、パリと北部のサントメール (Saint-Omer) でフランス語の勉強を兼ねてのんびり過ごしたが、フランス語の力はまだまだ (フランス風の表現では、良いとは言えないね) で、サバイバル会話を超えた日常的な会話になると何を言っているのかさっぱり分からない。逆に政治、経済、学校用語となると聞いているだけなら何を言っているかは大体分かる (かなり語彙不足ではあるが) 。その理由はこれらの分野では、フランス語といえども表現がほとんどストレートであるからパターン認識が、まだしやすいからである。

 しかし、ある目的があって最近気合を入れてフランス語の勉強を再開したら、数年前のご縁から、それが役に立つような展開になりかけている (その話はいずれまた) 。

 9月には中国蘇州訪問とクロアチアのドブロブニックで開催のIPMA2013年世界大会に参加を予定している。  ♥♥♥♥♥


ページトップに戻る