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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
~多文化の環境でリーダーシップを発揮する力~

井上 多恵子 [プロフィール] :8月号

 先日慶應大学大学院ビジネススクールで、「多文化の環境でリーダーシップを発揮する力」と題した講義をする機会があった。以前日本プロジェクトマネジメント協会の理事をしておられた田中さんをアシストさせていただく形で、招待講師としてお招きいただいたのがきっかけだ。失敗を重ねながら学んだこと等を中心に、話をさせてもらった。今回は、この講義内容を中心に紹介したい。
 私は昨年今の部署に異動したのだがきちんと業務を回せるまでに、半年近くかかった。その間は、プロジェクトリーダーとは名ばかりで、メッセンジャー的な役割しか果たせず、リーダーとして多様な関係者を引っ張っていく自信もなかった。自信を持てないと、きちんと理解できていない事項があっても、それを質問により明確化することを躊躇するようになり、ネガティブスパイラルに入っていった。
 そんな私も、担当したある研修で研修生と触れあっていく中で、コミュニケーション力や異文化に対する受容性や学習力等、本来の自分の強みを思い出していくことができた。自分の業務への取り組み姿勢を冷静に振り返る余裕を持てるようになり、自分がどう行動すればいいのかも見えてきた。そこで、まず取り組んだことが、世界各地のメンバーと活度の振り返り、改善点についてのディスカッションを行うことだった。本社が一方的に決めるのではなく、メンバーの要望に耳を傾け、可能なものについて反映していった。その一つが、ベストプラクティスの共有だ。人はやはり、他人から評価されると嬉しくなるのだろう。ベストプラクティスを出してくれた人を褒めその活動を紹介し、他の人にも活用してもらう道をつくると、積極的に情報を提供してくれるようになる。そのマインドセットができると、今度は失敗から学んだことも共有してくれるようになり、チーム全体の経験値やスキルアップにつながっていった。グローバルなメンバーと接する際にはお互いの時差を考慮し、参加しやすい時間帯を設定することも大事になってくる。別の用事で出張した機会を利用し、直接会う時間を取ることもした。電話やメールで連絡を取り合っているよりも、直接会うことで、ぐっと親しみが増す。こういった工夫により、メンバーから「いい仕事をしているね。ぜひ継続して!」といったメールも届くようになった。
 こうして少しずつ信頼を勝ち得ていった後で取り組んだのが、ある仕組みについてグローバルで共通化を図ることだった。これは「総論賛成、各論反対」になりがちなパターンだ。各地域や会社で個別に行っていることは、それなりの理由があってなされていることだ。それを諦めて全体最適視点で協力してもらうことはなかなか容易ではない。しかも、「本社から言われたから嫌々やる」という形にすることはどうしても避けたい。そこで、個別に電話会議を実施し、なぜ共通化を図ることが大事なのかという全体像を示し、それをやることによる各々へのメリットは何か、ということを各地域・会社の人事の責任者にじっくりと説明することにした。短期間でやる必要があったため、朝6時に南米と、同日の夜11時にカナダと話すなど、体力勝負的なところもあった。こうして無事に関係者の賛同を得ることができ、共通化を進めることが可能となった。
 その結果等を、人事の責任者が日本に集まった際にプレゼンする機会があった。10分間のプレゼンを終えた私に、複数のアメリカ人と中国人がこんな言葉を投げかけてくれた。「あなたのプレゼンス(存在感)、熱意とエネルギーを感じました」「話に魅了されました」「リーダーシップを示してくれて、ありがとう」それまでもプレゼンに対し、外国人から「上手いね」と褒められたことはあったが、プレゼンスがあると言われたことは始めてだったので、正直とても嬉しかった。
 今回の経験から、多文化の環境でリーダーシップを発揮するためには、異文化対応力や英語力やプレゼン力を磨くことに加え、次の点を通じて信頼を得ることが必要だと感じている。
相手の要求等に耳を傾け、協調する
不明点は質問する
「知らない」ことがある場合は、恐れず「知らない」と言う
相手にとって耳が痛いことでも大事なこと、必要なことは伝える
進めたいオプションに対し、なぜそれを進めたいのかという理由を理解されるまで繰り返し伝える
フェア(公平)に接する
必要な場合は個別に話をする

 一端信頼関係ができると、仕事が随分としやすくなる。忙しくても相手が時間を割いて、話に耳を傾けてくれるようになるし、いいアドバイスをくれるようになる。私も今仕事をしていて、ハッピーだし、生産性も高まっている。ぜひ読者の皆さんも、多文化の環境でリーダーシップを発揮する力を磨き、活躍の幅を広げていって欲しいと思う。

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