グローバルフォーラム
先号   次号

「グローバルPMへの窓」(第70回)
イノベーションを阻む壁は?

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :7月号

 P2Mは組織体のイノベーションを推進するためのプロジェクト&プログラムマネジメント体系である、とP2Mの英文タイトルにあり、また本文中でもイノベーションへの仕組みづくりに関して多々論じている。

 これまでP2Mやその他のPMトピックスについて多くの国籍の人達に教えてきて(あるいは教えられてきて)つくづく感じるのは、イノベーションについての嗅覚、臨場感あるいは関心度は、一国の状況により、国民性により、産業分野により、そして人々の属する社会によりかなり異なる、ということである。

 ロシアとウクライナでは、知識人はイノベーションが大好きであり、科学的な研究、マネジメント体系への取り組み(たとえばP2Mへの関心度)、あるいは企業や大学のイノベーションへの取り組みの社会へのアピール度が高い。ウクライナのMykola Azarov首相・Fedir Yaroshenko財務相(執筆時)・Sergey Bushuyev教授が表した”Innovative Principles for Managing Development Programs”(ISBN 978-617-661-006-9) は、国家における官と民の開発プログラムのプログラムマネジメントを、P2Mや他の体系を基に表した名著である。著者3名は上級博士であり科学者であるが、一国の首相がイノベーションのプログラムマネジメントに関して科学書を発刊する例は他にない。ロシアでは、モスクワ国立人文大学がイノベーション専攻の修士課程を開設すべく超突貫で準備を進めている。私の4月のモスクワ訪問時に同学学長との交流で、これからの同学の差異化を考えるとイノベーション系マネジメント課程を設けたらどうか、という提案を真摯に受け止めていただき企画が始まり課程開設までたった5ヶ月でやろうとしているのである。これらは、旧ソ連のイノベーションの伝統を受け継いで国民性として知識人に染み込んでいる例である。

 ところが、同じCISのカザフスタンやウズベキスタンとなると状況が異なる。国は豊かであり、別にイノベーションを意識しなくとも全国民が食べていけるとの感覚なのか、関心がいまいちである。カザフスタンでは大統領令で ”Forced Innovation Policy Program”を実施中であるが、政府機関や企業の対応があまりよく見えてこない。かつて、中央アジアのJICA日本センターの方から、先端マネジメントや生産管理を学ばせるには、日本ではなく、日本が教えたマレーシアの関係先に訓練生を送ると、とたんに目の色が変わる、という興味深い話をうかがったことがある。同じアジアの途上国の人たちがすでにやっていると分かるとようやく臨場感がでてくるという例である。

 アジアの国では、P2Mの講義や講演をやってきて、研修生の反応がやはり国ごとに異なることを実感している。ほぼ完璧に教える側の意図を理解してくれたのがフィリピン人、理解度が高いのがベトナム人、バングラデッシュ人、インドネシア人の中堅社員・官吏であり、せっかく新しいことを学習しているのに、解釈に自分の枠組みを持ち出しがちなのが大半のインド人である。シンガポール人やマレーシア人にはP2Mはあまりピンと来ないようだ。中国人はP2Mの深さと実践力の教えこそ中国に必要だと述べてくれる人も毎講義や研修ごとにおり、教えがいがある。イラン人もP2Mや日本の生産マネジメントや品質管理を大変良く勉強する。

 産業分野についての観察では、IT産業や社会インフラプロジェクトに従事するシビルエンジニア達には、一般的にはプロジェクトを構想する、という概念が乏しい。プロジェクトとイノベーションは畑が違うと言いたげで臨場感がまるでないのである。どの国でもIT産業のプロジェクトマネジャー群とそれ以外のプロジェクトマネジャー群は全く異なるコミュニティーに属している。プロジェクトマネジャー達はかなり保守的なようだ。

 ヨーロッパで気になるのは、頭脳明晰で、イノベイティブで、そして猛烈に働く階層の人達と、9時・5時をきちんと守る多数派の人達が居て、その溝は埋まらないように見えることである。典型的な先進国病のひとつであろう。

 成功した人が保守的になるのはまだ分かる(でも普通は彼らはもっと成功しようと頑張る)としても、豊かでない人達までが守りの姿勢になる。日本でもそうであるが、この弊害による世界全体のロスはどの程度あるのか。  ♥♥♥♥♥


ページトップに戻る