今月のひとこと
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理想追求型プログラムマネジメント

オンライン編集長 岩下 幸功 [プロフィール] :6月号

 記憶に残るリーダーがいます。彼は徹底した「理想追求型プログラムマネジャ」でした。どんな場合でも、その時、考えられる最善の手立てを模索し、目標を達成しようとしていました。その最善の方法とは、ぎりぎりまで頑張り、無理して目的を達成するのではなく、「やり方を変えて達成する事」を意味していました。世の中に無い新商品を求め続けてきた情熱が、そのまま開発マネジメントにまで及んでいたように思います。ある環境下で、トップが夢を提示しながら揺さぶると、技術屋の本能と情熱がそれに応え、困難を乗り越え、新しい発明・発見を引き出し、新しいアイデアが生まれてくるものです。しかし、多くの技術屋集団とそれを支援する関連部隊に、それぞれの理想を追求させながら、全体として効率のよい活動を維持していくのは、商品アイデアの開発とは違った難しさが存在します。

 活動の手順をハッキリさせ、パート(PERT: Program Evaluation and Review Technique)図を作って管理するのが、判り易く効率的です。また、不確定要素も意思決定ツリー(Decision Tree)を利用します。予算と人材の許す範囲内で優先順位を付け、幾つかの選択肢を同時進行させれば、プロジェクトを推進できます。しかし、彼は常に新しいやり方を提案し、同時にメンバーにも従来と違ったやり方を提示するよう、強く要請していました。意思決定ツリー図を用いて戦略説明をした時、彼は面白い反応を示しました。「たとえ選択の余地があるとはいえ、前もって決まった道を歩くのは気に入らない。枝から枝に飛び回る方法を考えたい」と言いました。パート(ネットワーク)図の方にはある程度興味を示しましたが、意思決定ツリー図と同じで、先々の行動が決まっていると見えたのが、気に入らないようでした。

 一般に企画担当者は、考えられる全ての選択肢を合理的に整理分析し、そこに横たわる法則を仮定し将来を予測します。後は最適解を選ぶだけでよく、考えればそれほど難しいロジックを展開している訳ではありません。しかし、折角作った選択肢や仮説を、彼のように「予め決まったもの」として、何か新しい発想の「障害」のように受け取られては、平凡な企画担当には、とんでもない発想をするトップに見えたかも知れません。しかし、良く考えてみれば、我々を取り巻く環境は、時々刻々と変化しているので、パート図も意思決定ツリーも変わっていくのが当然なわけです。むしろ積極的に書き換え、「理想的なパート図が書けるように、活動内容を変えようと努力するのが本筋ではないか」という発想こそ、理想を追求する哲学に叶っているわけです。そこで我々は、パート図を最も楽観的な立場で書き、変化に応じて毎日のように書き換え、彼と開発グループに示すことにしました。担当マネジャ達はこれをみて、「何で最も困難で危険な道」を選ぶのかとクレームしてきました。ミニマックス(minimax)戦略から言えば、「最大ゲイン、最大リスク」ぎりぎりの戦略を提示した訳ですから、クレームするのも当然かも知れません。

 新製品開発プロジェクト全体の実行責任者であった彼は、本隊を最も楽観的な計画で目一杯に活動させ、燃えた集団としておく一方で、悲観的な見方で予備隊を動かし、本隊が行き詰った時、その問題のところだけ置き換え、全体の活動に大きな支障が起こらないように準備をしていました。この裏の活動を支えるため、意思決定ツリーとパート図を融合した問題解決用パート図が用意され、各領域の成功確率の変化をチェックしながら、代替案をスタートさせたり、中止させたりして、利用できるリソースを複雑に運営しました。この場合、予備隊を用いての保険の掛け具合の難しさもさることながら、裏方を担当する専門技術者達の使命感や情熱を、本隊と同じように維持するのが難しく、管理上の工夫もいろいろなされました。このようにして、年月かけて、彼は新しい開発マネジメント手法も創っていったのです。

 彼の開発マネジメントは、現状を否定するところから「発想の転換」を促す点で、ワークデサイン(Work Design)と呼ばれる「理想追求型問題解決手法」と、基本的に共通点が多くあります。ワークデザイン法では、特定問題を解決するために、「制約条件」を外して考え、「理想目標」を設定します。現実の可能性とのギャップを埋めるため、「発想の転換」を促し、今までと違うやり方で、可能性を拡げ、理想目標に近づこうとします。
ワークデザイン(Work Design)手法による問題解決  その手法が静的で平面的なアプローチとすれば、彼の流儀はダイナミックで立体的なアプローチといえます。環境の変化、プロジェクト進展に伴う時間的変化に対応し、理想目標そのものを揺さぶっていきます。即ち、「その時、その時の理想型」を作りながら、開発プロジェクトを動かすわけで、そこから様々な工夫も生まれました。また、それを支えるコンセプトが同時に開発され、初めて現実的な方法論になっていったのです。
「制約条件を外す」というのは、例えば、「担当者を幾らでも動員できる」「理想的な専用LSIが開発できる」「まったく新しい生産設備を平行して開発する」という種類のものです。これらを理想的にセットし、次の問題を浮かび上がらせながら、同様な手段で理想型目標を練り上げていきます。それを担当部門に分解して割当、具体的な活動計画を立てます。前提が前提だけに、ここでいろいろな問題が起こります。無理をして乗り越えられる限界を、はるかに越えた難問にぶつかります。従来のやり方や考え方を、大幅に切り換えないと解決できません。ここで「発想の転換」による解決法が誘発され、それが出来るとまったく新しい技術や商品が可能になります。何事の処理においても、このようなアプローチで可能性の領域空間を拡げようとするのが、彼の理想追求型手法なのです。

 プログラムマネジャには様々なタイプがあります。「理想追求型」、「権益保持型」、「自己保身型」、等々・・・。異次元のイノベーションが求められている今、改めて、彼のような「理想追求型プログラムマネジャ」にまみえたいと願っています。

以上

(関連サイト)
「Project & Program Dynamics Management (P2DM)」
リンクは  こちら をご参照ください。

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