理事長コーナー
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起業支援とP2M

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :10月号

 「世界価値観調査」に、「『自分は冒険やリスクを求める』のカテゴリーに自分が当てはまらないと思っている人」の国別のランキングがある。48ヶ国中で、日本は70%以上の人が同意し世界第1位である。第2位は中国でほぼ70%、米国は第23位で40数%、韓国は第39位で30%弱である。ちなみに、ブービーの第47位に、インドが20%で位置する。先進諸国は米国の前後に位置しているので、日本人は先進国の人たちに比べてずば抜けて高く、「日本人のリスクを避ける傾向は世界一」だそうである。

 P2M標準ガイドブック(以下、P2M)によると、「わが国は欧米と比較して、歴史的・文化的な背景から危険予知、危機管理対応等において、またプロジェクト管理のリスクマネジメントにおいても、遅れをとっているといわれている」(p.424)。歴史的・文化的とは、乱暴な言い方をすると、「長く続いた農耕社会の主要リスクは、天然災害など純粋リスクであり、積極的にコントロールできる対象ではなく、治水対策などを上回る天災は“仕方ない・諦める”対象であった」といえる。「農耕社会が育んだ、連座責任制であった」ため、リスク管理とは対極をなす行為であった。また、浪花商人は、堂島にて江戸幕府公認の米先物取引を世界に先駆けて創ったと云われるが、対象も限定的で関係者も希少であったために日本人全般のリスク管理能力の向上に、直接結びつかなかった。

 更に、P2Mの関連の記述内容を続ける。従来は、「リスクは、マイナス要因であり、共有するべきでない、積極的にコントロール出来ないものであり、保険でカバーする」と考えられていた。しかし、最近その意義は、「リスクは、目的達成に影響を与える不確実な要因であり、プラス要因とマイナス要因がある。また、リスクはステークホールダー間で共有し、コントロールし、マイナス要因は最小化、プラス要因は最大化する」と変遷してきた。一方、リスク対応策は、「回避、軽減、分散、転嫁」の四種類ある。まず、可能性なリスクを特定しリストアップし、影響度と発生確率を定め、リスクのインパクトを割出し、インパクトの重大なリスクから順に対策案を練る訳である。以上が方法論である。

 日本は最近まで、まじめな生き方が報われる社会と云われ、まじめに勉強し、まじめに働くことで、不満はあるにせよ程々の生活が実現できた。他人が見ていなくても、「おてんとうさま」が見ているとされ、人々は一定の規律の枠から逸脱することの少ない社会でもあった。しかし、現在は大卒の就職難や急増する非正規社員に起因する格差拡大に代表される急激な社会変化中で、まじめに生きることが必ずしも報われなくなりつつある。これを見て育つ中・高校生への影響も大きく、まじめに勉強しない学生が増え、学力低下や規律違反などの問題が報告されている。悪循環が始まっており、政治・行政からの実効性のある対策は遅れている。単に学生だけの問題でなく、各世代での各種の格差は拡大傾向にある。

 この悪循環を断つには王道しかない。その一つが、活発な起業にある。ベンチャーが次から次と出て、新らたなサービスやビジネスが生まれ、職場が増え、社会に好影響をあたえ、社会が活発化することだ。しかし、このベンチャー育成に関して政府・行政は色々な支援策を打ち出しているが、起業が活発化したという話は伝わって来ない。大学発ベンチャーの育成も芳しくない。ベンチャー育成を担当する政府要人は、支援制度も資金もある。しかし、不足しているのは“起業するやる気のある人”だと云う。現在、起業数の多いのは、女性による家業的スモールビジネスと団塊世代前後のシニア起業だそうだ。どちらも大幅な雇用を増やすビジネスには繋がっていない。若手による起業の成功確率は高いが、数は多くないそうだ。若手のリスク回避傾向への対策が課題だ。

 有名な経済学者のジョン・メイナード・ケインズがその著「雇用・利子および貨幣の一般理論」で、アニマル・スピリットの重要性を指摘し、いわば根拠のない自信が企業家に投資を行わせると云っているそうである。この「無根拠な自信」が重要だそうだ。自信過剰が、起業の参加する確率を高め、大成功の可能性をもたらす。逆に言えば、成功した人は、自信過剰である比率が高いだろう。一方で、自信過剰であることは、結果的には失敗する可能性も高める。(「競争と公平感」大竹文雄より要約)

 成功する事業投資とそのリスクマネジメントは表裏一体で、クルマの両輪である。当然、起業は投資活動であり、リスクマネジメントは必須である。しかし、ベンチャーの育成や推進に、具体的で実践的なリスクマネジメントの手法をワンセットにし、充分で積極的な教育を施しているのだろうか。現P2Mでは、この観点からの記述は不十分であり、具体性があると言えない。成功する可能性の高い“自信過剰家”の失敗回避のために、また、リスクを回避し勝ちな日本の多くの起業候補者の道案内の一助に、多方面で利活用が可能な起業支援向けのリスクマネジメント手法を用意したい。P2Mの改訂では、この視点から総合的に見直し、社会の安定や安心感に向け少しでも貢献できるP2Mにして行ければと思う。

以 上

注 :  「世界価値観調査」は、主要国の価値観の変化を1981年より過去6回調査している。日本では、文部科学省の補助を得て、東京大学と電通総研が協働で調査している。直近の「2010年」版は今年の7月に公表された。その報告書は、調査結果と考察と事後の「実証研究」とから成る。文中の情報は、前回2005年調査に基づく「実証研究-労働、幸福・リスク編(2005年~2008年)」の研究報告からの抜粋である。
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