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「ビジネス・イノベーションの期待」

ビジネス・イノベーションSIG 佐藤 義男 (株式会社ピーエム・アラインメント) [プロフィール] :7月号

1.はじめに
 米国アップル社の成功を機に、イノベーションの重要性が話題になっています。しかし、イノベーションには様々な定義があり、混乱しています。イノベーションは単なる技術の発明だけでなく、それまでのモノ、仕組みなどに対して、全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことを指しています。
 2012年4月にPMAJ「ビジネス・イノベーションSIG」を設立しました。本SIGの目的は、独創的発想と、それを成功させるビジネス・イノベーションのプロセスと重要スキルを研究することです。今回、SIGでの議論を踏まえ、企業を取り巻く状況とイノベーションの期待、イノベーション実現する人材像について説明します。

2.企業を取り巻く状況と期待
 企業を取り巻くビジネス環境は、「国内市場の伸び悩み」、「グローバル市場への展開」、「世界的景気後退」など厳しく、企業は収益ある成長事業の構築に必要な画期的なビジネスモデル(事業で収益を稼ぐ仕組み)構築や業務システムの改革というビジネス・イノベーションが求められています。また、「次世代高度IT人材の人材像と能力」(経済産業省)によれば、顧客やユーザーとともに、新規事業創出を主体的に担える人材が求められています。
 このためには、経営層は既存の仕組みを打ち破り、新事業を構築し実現する経営戦略が不可欠です。さらに、戦略部門や現場では変革のための新しいテーマ(新事業、ビジネスモデル開発、新商品開発、など)をプロジェクトとして立案し、「プロジェクトによる経営革新」が必須となります。図1にIT分野を例に、ライフサイクルにおけるイノベーションの位置付けを示します。源流におけるイノベーションが「ビジネスモデルの変革」であり、超上流におけるイノベーションが「業務プロセスの改革」です。

図1 ライフサイクルにおけるイノベーションの位置付け
図1 ライフサイクルにおけるイノベーションの位置付け
      出所:「ユーザー企業へのP2M活用アプローチ」、佐藤義男


3.大きなイノベーションと小さなイノベーション
 ここでは、大きなイノベーションと小さなイノベーションをクリステンセン氏の定義と関係付けて説明します。

3.1 大きなイノベーション
 クリステンセン氏の著書「イノベーションへの解」によれば、成功したビジネスモデルの有効性を破壊するような革新(破壊的イノベーション)です。図1における「ビジネスモデルの変革」がこれに相当します。技術革新やビジネスモデルの変革、その組み合わせもあります。さらにシンプルで便利な製品を商品化することが課題である状況では、新規参入者が既存企業を負かす確率が高い。クリステンセン氏は、この破壊的イノベーションは、新市場型破壊(消費のない状況であるような、新しいバリュー・ネットワークを生み出す破壊)とローエンド型破壊(主流市場のローエンドにいる、過保護にされた顧客を低コストのビジネスモデルで攻撃)があると説明しています。
  次に、破壊的イノベーションの成功例を示します。
(1) パーソナル・コンピュータ:当初の顧客が新規顧客だった新市場型破壊。
(2) ソニーの携帯用ラジオ:当初の顧客が新規顧客だった新市場型破壊。
(3) キャノンの卓上複写機:ゼロックの高速マシンに対する新市場型破壊。
(4) アマゾン・コム:伝統的な書店に対するローエンド型破壊。
(5) デル・コンピュータ:パソコンのローエンド型破壊。
(6) セールスフォース・コム:顧客関係管理ソフトの大手メーカーを破壊。
(7) オンライン旅行代理店:従来型のフルサービス代理店を破壊。
(8) ディスカウント小売業:ウォルマートやKマートは、フルサービスのデパートをローエンド型破壊。
(9) サウスウェスト航空:格安航空会社として、実績ある航空会社に対するハイブリット型破壊(新市場型破壊とローエンド型破壊の混成)。
(10) マクドナルド:ファーストフード産業のハイブリット型破壊。
(11) アップルのiPhone:スマートフォン市場に対する新市場型破壊。

3.2 小さなイノベーション
 これに対し、既存市場により良い製品を導入し、成功した市場地位を築く形態(持続的イノベーション)です。図1における「業務プロセスの改革」がこれに相当します。これらは、既存のプロセスやコスト構造を活用し、利益率を改善または維持します。多くの日本企業は、この小さなイノベーションが得意です。
 例えば、ERP導入プロジェクトでは、上流工程で現状(As-Is)の業務遂行の原則、業務のやり方を分析し、無駄や重複を排除することにより理想の業務のあり方(To-Be)を追求することで、業務改革基本方針を策定します。

4.今、ビジネス・プロデューサーが求められる
 イノベーション実現するには、どのような人材が必要なのであろうか。「次世代高度IT人材の人材像と能力」(経済産業省)によれば、新製品・新サービスの創出を担う人材の一人としてプロデューサーを、「試行錯誤の段階からその実現に至るまで、新製品・新サービスの創出に最終的な責任を持ち、現存しない新たな価値を社会に提供するビジネスを実現する人材」と定義している。
 「ビジネス・イノベーションSIG」では、大きなイノベーションを実現するために、新事業をプロジェクトとして立案し成功させる「ビジネス・プロデューサー」が必要としている。「ビジネス・プロデューサー」とは、新しい価値を発見し、発想し、計画~構築~運営~成功まで一貫してマネージする人です(川勝良昭氏による定義)。その重要な仕事は次の通りです。

(1) 社会に役立ちそうな「新しい価値」を持った何らかの「プロダクト」を発見し、イメージし、発想し、それが実現して成功した状況を具体的に描き(状況仮説)、且つそれによる具体的な効果も描く。
(2) 描いた仮説を具現化し、具体化する計画を創り、練り、纏め、様々な観点から検討した事業計画を完成させる。
(3) 完成した事業計画を実現させ、成功させるための「事業基盤」構築を含む全プロジェクトに関する最終的意思決定を自ら行うか、または最終意思決定者を説得して決定させる。

 さらに、真の「ビジネス・プロデューサー」は、新商品、新製品、新技術、新事業という新価値をイノベーションするための「考え方」や「方法論」を駆使できる理性的能力(左脳機能)に加え、新価値をイメージし、発想できる感性的能力(右脳機能)も不可欠です。

5.おわりに
 大きなイノベーション(破壊的イノベーション)は、毛沢東の語録「まず破り、論じ、そして立つ」と同じです。つまり、破らなければ立たない。破るためには道理を論じる必要がある。道理を論じるとは、つまり立つことだ、という意味です。
 「なぜ、日本からiPhoneのような画期的な機器が生まれないのか?」という疑問が、「ビジネス・イノベーションSIG」設立のきっかけでした。日本では、大きなイノベーションが苦手のようです。原因の一つは、異なる意見やアイデアをつぶす組織風土にあります。つまり過去のやり方で成功した時期が長いほど、過去の手法を神聖視する傾向が強化され、組織がチャンスを潰すのです。
 これまで、ソニーやキャノンは新しい技術を通して大きなイノベーションを起こしました。一方、米国企業は革新的な商品を次々に開発し、イノベーションを起こしています。アップル社の商品iPhoneは「ハードウェアとソフトウェアの擦り合わせ」で成功した、と言われるが、擦り合わせは日本が得意ではなかったのか。アップル社のiPhoneの成功は、使う人のライフスタイルをより豊かにするための「道具や仕組み」を提供すること、という戦略にあるようです。ソニーが音楽端末でアップル社に負けたのも、ビジネスモデルの戦略の違いです。今、日本企業にはビジネスモデルの変革を担い、イノベーションを実現する「ビジネス・プロデューサー」が経営戦略に欠かせない。
 「ビジネス・イノベーションSIG」は、特に大きなイノベーションである新顧客創造とビジネスモデル変革を取り上げて、研究を進めていく所存です。


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