PMP試験部会
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プロジェクト・マネジャーのジレンマ

笠原 直樹 [プロフィール] :7月号

例えばあるプロジェクトがマイナスのリスクを抱えていたとする。リスクへの対策に取り組まず、たまたまリスクが発現しなかったため、プロジェクトが上手くいったとしよう。トム・デマルコは、これを「リスクをかわす」といった。

組織の面から考えてみたときの問題点は何であろうか。

それは、その組織の脆弱性である。その組織がもつ脆弱性は依然変わらない。
ふたたび、似たような状態で、同じように「リスクをかわす」ことができるであろうか。モデルを単純化して考えると、成功と失敗の2通りで、同じ確率で起こるとすると、1/2の確率となる。n回の成功の確率は(1/2)nとなり、nが増えれば増えるほど、成功する確率はどんどん小さくなっていく。(もちろん、かなり単純化した話なので、現実にはこのような簡単なモデルでは説明できない。)

したがって、現実的には、組織あるいはプロジェクト・マネジャーは、コンティンジェンシープランをあらかじめ考えておくことが求められるだろう。さらに、必要に応じ、シミュレーションを行なってその実現性や有効性などを事前に確認しておく。つまり、リスクに備える、ということになる。

リスク・マネジメントの重要性が認識されていても、現実にはうまく運用できない場合もある。

プロジェクト・マネジャーは外部からの圧力と闘わなくてはならない。組織の文化にもよるだろうが、悲観論、慎重論を唱えたとき、得てしてプロジェクト・マネジャーが臆病者という烙印を押され、現場から更迭されかねない。場合によっては、会社組織であれば、人事上での不利益を被るような場合もあるだろう。
また、逆に、失敗を許されない保守的なプロジェクトであればあるほど、上位層からのプレッシャーも大きいだろうし、それが合理的な判断を惑わす要因にもなるだろう。リスク・マネジメントへの正しい取り組みは多難である。

さらに、プロジェクト内外に正論居士という抵抗勢力がいることもある。正論居士とは、一種の(悪い意味での)評論家のようなもので、反対を唱えるだけで対案を示さない、他人事のように考え主体的に取り組まない人を指すが、プロジェクトの成功に寄与しない。
そのような傍観者の影響力が小さい場合ならまだしも、過去の成功にとらわれた上級マネジメント層であったりする場合、理解を得るのに大変な労力が費やされることになりかねない。また、結果的に「リスクをかわす」ことができた場合、リスク対策のために費やしたコストが無駄であるといった誤解に基づいた指摘や、臆病風などのレッテルを貼られるようなことになれば、それはそれでマネジメントとしておかしい話ではあるのだが、合理的に説明や説得をしなければならないという重荷が再び回ってくる。

プロジェクト単体だけではない。多くの組織ではPMOを設けていることが多いだろう。PMOの役割は多岐にわたるが、アセスメントを行なう役割であれば、第一に客観性を求められる。つまり、第三者としての立場が重要になる。よく聞かれるPMOの問題の一つで、手段の目的化がある。先ほどの言葉を用いれば、表層的な正論居士となってしまう場合があり、プロジェクトの立場からすると、役に立たない、あるいはプロジェクトの足を引っ張るだけの存在、と疎んじられる場合がある。
PMOはPMOの立場でプロジェクトには自律してほしいと願うし、プロジェクトはPMOは現場の実情を知らないで正論しか言わない、となって、両者が対立関係となる。問題解決のために外部コンサルタントを招いても、責任範囲の設定から、同様の構図になってしまう場合もあると聞く。

ある上級マネジメント層に尋ねたことがある。
「プロジェクト・マネジャーが本当に教訓を学ぶとすれば、決定的に失敗し、痛い目に遭わないとだめなのではないか。」
この問いかけに対し、その上級マネジメント氏の答えはこうであった。
「経営的観点からみればプロジェクト失敗を許容することは無理。各組織の(財務的な)体力などにもよるだろうが、お客様へのインパクトも含めて失敗はできるだけ避けたい。ただし、チャレンジングなプロジェクトは別の話だ。」

なるほど、プロジェクトによるリスク・マネジメントへの取り組みは、組織やスポンサーの理解を得ることが重要な要因であるかもしれない。正しい撤退の判断は、決して臆病によるものではなく、勇気を持った決断なのだろう。

参考文献:
戸部 良一,寺本 義也,鎌田 伸一,杉之尾 孝生,村井 友秀,野中 郁次郎,「失敗の本質」,ダイヤモンド社
トム・デマルコ,ティモシー・リスター,「熊とワルツを」,日経BP社
鈴木 博毅,「「超」入門 失敗の本質」,ダイヤモンド社

※PMP®、PMI®、PMBOK®は米国Project Management Institute, Inc.の登録商標である。記事中の表記は省略した。
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