PMプロの知恵コーナー
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ダブリンの風(51) 「余 裕 度」

高根 宏士:6月号

 前回は筆者が罹った陳旧性心筋梗塞のことを話しました。そのとき言い残した話を取り上げようと思います。当初担当の先生もカテーテルで確認するまでは狭心症と考えていました。カテーテル検査と引き続いての手術の説明で先生は、「冠動脈が75%以上詰まっていたら手術をします。75%以下だったら手術をしません。当然80%、90%、95%詰まっていたら手術です」といわれました。結果は100%詰まっている心筋梗塞でしたが。
 何故75%以下ならば手術をしないのかというと、冠動脈は当初の25%流れていれば、通常時は心臓の機能を働かせるのに十分だということでした。冠動脈は必要な血流量の4倍を流せるだけの容量を持っていることになります。冠動脈は左心室側に2本、右心室側に1本あります。左側は重要度が高いので2本になっているのかとも考えられます。これらを考慮すると心臓を動かすのに血管は非常に大きな容量を持っており、よほどの支障がなければ心臓の機能は維持されます。
 体は心臓だけでなく、それぞれ余裕を持っています。腎臓は2個あり、デュアルシステムになっています。肝臓は1個ですが、普通に使っていれば120年以上持つようになっているとのことです。しかも昔は平均余命が30歳程度だったようですから、4倍の余裕がありました。現代の人間は平均余命が延び、しかも飲みすぎ、食べ過ぎのため、平均余命以下で肝臓がダウンしていることも多いようですが。
 人間の体が持っている余裕は、効率や経済性オンリーの世界では倍以上の無駄を孕んでいるといえます。しかし人間の体は生体として40億年近く生き延びて進化してきたノウハウとしてこれだけの余裕を取っているのではないでしょうか。それは地球環境の劇的変化(これまでに数回あった。三葉虫や恐竜が絶滅したのはその例である)や外敵の攻撃からの防御などを考慮するとこの程度の余裕が必要だったのでしょう。
 我々のシステムやプロジェクト、ビジネスの世界ではどうでしょうか。40年ほど前にオンラインリアルタイムのシステム開発において、コンピュータの性能をどの程度にすべきかを検討したとき、ランダムなインプットの処理ではCPU占有率は平均では20%台がよいという結論になりました。40%を超えると危険になると考えられました。これは待ち合わせ理論を適用して計算した結果でした。この結論はあくまでもランダムを前提としたものです。現在はインターネット等のオープンなネットワークからのインプットですから、それを考慮すると、ランダムを前提にはできないようです。それは情報の浸透の速さと、情報にすぐに乗ってしまう集団的な人間の特性、自分さえ被害を受けなければどんなこともゲーム感覚化してしまう特性のため、少しの状況の変化を極端な変化へと動かしてしまうことから来ています。東証のシステムやサッカー籤販売のシステムダウンはまさにこの例です。ある公共システムでは通常の機能を果たすために必要なCPU能力の倍以上を外部からの悪意の情報攻撃の対応に使っているとのことです。したがって現在のシステム能力の余裕度は昔我々が設定した余裕度の倍以上を必要としていると考えられます。実際のシステムはそれだけの余裕度を持っていなかったようです。
 我々の業務においてもこのようなことがありそうです。例えば昔ならば顧客との会合には必ず複数のメンバーで対応したものです。最低でもベテランと新人の2名で対応しました。その過程で新人はベテランのノウハウを実践の中から肌身で感じたものです。現在は1人で間に合うものは2人行く必要はないということです。これにより新人はベテランのノウハウを習得するチャンスはなく、自分で0からノウハウを積上げていかなければならないことになります。ベテランの説教だけでは実感としてのノウハウはわかりません。そしてパターン化したセミナーが流行ります。
 低次元、浅い効率化は強いシステムや人間集団にある粘りを削ることであり、継続的維持、発展を支える土壌を破壊しているのではないかと考えられます。今こそ我々に時間的、空間的な視野の広さと視点の高さが要求されているのではないでしょうか。単なる経済的効率化が人間精神の不毛と地球環境の破壊に繋がらないようにと祈っています。

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